第23話 友達から始めませんか?
「何故、そのような話をわたくしに?」
「流石にすぐにはそうですとは言ってはくれませんか」
セラス様は少し考えるようにしながら湯船で伸びをして、湯が無尽蔵に溢れ出る獅子の口元を手で触れた。
「お戯れを。わたくしを揶揄っているのかと思いましたわ。それともわたくしの錬金術に異議申し立てがあるのならば素直にそう仰られれば良いのに」
ちょっとだけ意地悪に、洗髪を再開する。
髪は短く切り揃えているが、やはり男の時より量が多いせいで時間はかかる。
男装令嬢の話は戯言程度に聞き流した。
「それにしても魔石一個で湯沸かし器完備のお風呂とか凄いなぁ。それに浴場に入るときの温風が心地よかった。あれって寒さ対策だよね? 浴室の温度を一定で保つための。まるでオール電化で羨ましいな、是非我が家にも作って欲しいくらいだ」
戯言はまだ続く。
早く出てってくんないかな?
一応性別が一緒だから同じ空間にいる事を許可してやってるが、こいつにはレズ疑惑がある。
体に触れると静電気でバチッと行くように施してるけど、それでもちょっと心配だ。
「トール様、まだ僕を警戒されていますね?」
「ええ。なんでも女性が好みと聞いております。わたくし先ほどから気が気じゃありませんの」
だからさっさと出てけや!
十分体あったまっただろ?
あとそれ以上無駄な贅肉の塊を見せつけるな。
母さん以外でおっぱい大きい女見ると無性にイライラするんだよ。察しろ!
「トール様も成長とともに大きくなりますよ。僕もそうだったし」
「気休めは結構ですわ!」
僕は胸元を隠しながら叫んだ。
うるせー、そんな気休めで騙される僕じゃねーぞ?
この体は呪われてるんだ。きっとそうに違いない!
じゃなきゃこの見た目で20越えてるとか思わないだろ?
苛立ちで頭がパーンてなってしまいそうだ。
シャワーをさっさと浴びて、さっと前髪から湯を取り払う。
体は先に洗って髪とともに流した。
関係ないけど胸から先に洗うタイプだ。
やや膨れかけたその場所は、男の時のように雑に扱ってはいけないので最初に攻略する事を義務付けられた。
ささっと肩まで湯に浸かって最速で出て行く事を誓うが、案の定こちらに寄ってくる影が一つ。
セラス様だ。
ふたつの肉の塊を湯に浮かし、じゃぶじゃぶと湯を掻き分けて前進してくる。
近寄ってきた分だけ、僕は距離を離した。
当然である。獣じみた相手に捕食宣言された眼光で見つめられたら誰だってそうするだろう。
なおかつ逃げ辛い同じ浴槽に入ったのだ。
同意と取られてもおかしくない。
上位貴族っていうのは黒くても白いといえば白いと配下は口を揃えて言わなければならない、この世の理が一切通じない世界なのである(王国基準)
「トール様」
「寄らないでくださいまし。妹に不貞を疑われますわ」
シッシとあっちに行けと手を払う。
同性と言えど、こいつは男として社交界に出ている。
ここで仲良くしてやる義理はない。
「つれないですね」
「わたくし、嘘を平気で吐く殿方は嫌いですの」
「僕はトール様の発明、好きですよ」
「皆様は口を揃えてそうおっしゃいますが、皆その利便性にばかり目をやって、誰もそれまでにかけた時間や魔法陣に目をかけてくれませんわ。本当はそこを一番に気にかけて欲しいところですのに」
本当、そう思う。
理屈はわかんなくても便利なら手放しで喜ぶ人間のなんと多いことか。
「それは申し訳ない。僕はマジックキャスターだから錬金術は専門外でね」
「あら、マジックキャスターが錬金術を扱えないだなんて誰が決めましたの? 単純にやるのが馬鹿らしいと決めつけているのではなくて?」
僕はド正論を吐いた。
はっきり言ってマジックキャスターだからこそ、錬金術をやるべきだと思う。
むしろ魔道具の開発は魔力が多ければ多いほどこの世界はもっと発展していておかしくないはずなのだ。
それを魔力の低い成り損ないに任せているからこの世界の人類は未だ電気を扱いきれない。
そういう世界だからと諦めていては人類に発展はない。
僕はそう思ってるよ。
「その言い分だとトール様はマジックキャスターなのですか? アリシア様からは魔力が多いだけで戦闘能力はあまり高くないと聞いておりますが」
「そうですわね。これを言ってしまえば貴方様の仰った妄想を認めてしまう事になりますが、全ての属性の才能がわたくしにはあります」
「魔法チート……やっぱり転生者じゃないですか」
「だから言いたくなかったのです」
あえて話は合わせてやらない。
魔法は使えるけど、マジックキャスターとして目立ちたくない。研究に没頭したいだけだから放っておいてくれと簡潔に纏めた。
「やっぱり僕は貴女が欲しい」
「体目当てですか?」
「えー、普通に前世の知識を語りたいだけですよ。あ、僕前世は男で、女の子からモテモテになりたいってお願いしたんですよ。けれど女の子に生まれてしまって、変な噂が広まってて、絶対これ転生時のトラブルだなって。まぁ生まれがアレなんで、モテると言っても肩書目当てでしか僕を見てくれないんですけど」
なんだコイツ、急に砕けた口調で語り始めたぞ?
よくわからんが警戒は緩めないでおこう。
「それは災難でしたわね。女の身で女にモテても生産性はありませんもの。わたくしは男女構わず魅了した上に、体の成長はこのままで……本当、困っていますわ」
「あ、転生者だって認めるんだ?」
「露見するのは遅かれ早かれですし。それにセラス様はわたくしが認めるまでしつこく言い寄って来られるつもりでしょう?」
「あはは、うん。それは当然だよ。だってせっかく掴んだ充実した生活だからね。是非持って帰りたいなと思うのが日本人だよ。トイレも普通にウォシュレットですごいびっくりした」
寧ろそれで、日本人だとバレた疑いがあるか。
一度味わった生活のグレードはなかなか下げられないものな。
年齢は19歳だと聞くが、それなりに苦労があったのだろう。
しかし身分ガチャでSSRを引いているので全く同情してやらないがな!
「あ、それと公爵領ではお米を栽培してて、ご飯が食べれるよ。味噌作りも始めてて、醤油はまだ開発段階。炊飯ジャーはないから釜炊きだけどおいしいよ。結構品種改良も行ってるから、チャーハンとかにも向くし。まだお寿司には挑戦してないなぁ。火を通さない食事は貴族はそもそも食べないしね」
ご飯、味噌、醤油!?
欲しい。是非それでカツ丼を食べたい!
ダシはどうとでもなる。揚げたてのカツをふわりと卵で綴じてがっつくのだ。それは絶対に堪能したい。僕の心はこの時点で結構傾いた。
どうも僕は胃袋を掴まれると弱いみたいだ。
20歳にもなって情けないなとは思う。
思うけど、食べれるとなったら絶対に食べたいと思うのが僕という女だ。
「やっぱり日本人ならご飯欲しいよね。どう? お友達から始めてくれるなら、お米送るよ?」
「是非に!」
僕の返事はとても潔いものだった。
だってご飯一つで食文化が一気に広がるからね。
しかも同じ日本人だと?
確かに手を組むとい意味ではうってつけの相手だ。
「そういえば伯爵領では普通にメンチカツがレストランで食べられててびっくりしちゃった。ハンバーグにかかってたデミグラスソースとかトール様の仕業でしょ?」
「流石に分かりますか」
「庶民の定番じゃない。僕たち食の好みも一緒なんだって嬉しくなっちゃって。ああ、これは是非仲良くなろうって」
「そうでしたのね。ですが友達からと言っても形式上はアリシアの婚約者様なのですわよね?」
そこが疑問だ。
高い地位だからこそ余計に身動きできなくなっては困るからな。
「うん。まぁ僕がこの先身を固めるのは絶望的だからね。だから家族ぐるみで結託してトール様を侯爵領に誘致しようかなと」
「誘致……つまりわたくしの名は表に出ないのでございますね?」
「表向きはアリシア様との婚約だからね。世継ぎは生まれないけど、伯爵家と深い繋がりができれば公爵家も万々歳なんだ。ほら、兄さんは病気が治っても魔力低いから錬金術ぐらいしか取り柄ないし。そこで今一番優れた錬金術の技術を持つ伯爵家と繋がりが持てれば安泰でしょ? ただそこでいくつか箔付けの為に兄様に作品を提供して欲しいんだけどいいかな?」
要は公爵家を活かすための措置がアリシアに向いたって訳か。
しかし自分では作らず、僕の力を借りて地位を安泰させるってズルじゃないのか?
「その件につきましては許容できませんわ」
「じゃあ一から手解きして貰う事は? 兄様も後がなくてさ、直ぐに家督を受け継ぐにも実績が少ないから厳しいんだ」
「そういう事でしたら構いません。わたくし、他人の努力をまるで自分の努力のように謳うお方が大っ嫌いですの!」
「錬金術師ってそう見られてきたからね。どうしても立場が弱くなっちゃう」
「そう、そうなのですわ! わたくし、それが腹立たしくて仕方ないのです!」
スッカリと長風呂してしまった。
同じ転生者と認めてからはご飯トークに花を咲かせ、そして錬金術の立場の低さを憂いた。
今までは伯爵家という地位で商品は認められても、錬金術師の立ち位置は変わらなかった。
そこら辺のトークも完全一致。
仲良くお風呂から出て行く事を複数のメイドさんたちも見られたし、もしかして僕は転生者トークに浮かれて取り返しのつかない事をしてしまったんじゃないだろうか?
自室で布団にくるまりながら、そんな事を考えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。