第22話 妹の婚約者
その日、一人の来客があった。
話を聞くに、例の婚約者だそうだ。妹は話を聞いただけで嫌がっていたのに、なんだか仲睦まじい。
どこで気持ちを切り替えたのだろうか?
少し見ぬ間に大人びて見えてちょっと悔しい僕である。
「お初にお目にかかります、トール様。僕はアリシア様の婚約者をさせていただいているセラスと申します。以後お見知り置きを」
「こちらこそ、仲睦まじい姿を見て安心しております。どうぞ妹を大事になさってくださいね」
当てつけられた気分になって少しだけ胸の奥がズキリとした。
妹に嫉妬するなんて最低だ。
異性に対して勝手に距離を置いたのは僕の方なのに。
「聞いてください姉様、セラス様は姉様の魔道具に大変興味を示しており、今日お越しいただいたのも半分以上はそれ目当てですのよ?」
あ、この感じは覚えがあるぞ。
つまりこの婚約者、同類だな?
「そうだったのね。どうぞ、つまらないものですけど堪能なさって下さい。わたくしは先に失礼しますわ」
流石に自分をベタ褒めされる空間には居づらいのでそそくさとフェードアウトする。
もうね、僕の崇拝者はアリシアだけでお腹いっぱいなの。
どんな話をしてるか知らないけど、僕を巻き込まないでほしいな。
自室でゴロゴロしてても落ち着かないので、弟の顔でも見ようと母さんの自室をノックした。
「あらお姉ちゃん。お客様のご案内は良かったの?」
「せっかく仲良さそうにしているのにわたくしが入っていったらお邪魔だわ」
「あら、それは残念ね。セラス様の目的はお姉ちゃんの方だったのに」
「へ?」
なにを言われていたのか分からなかった。
そして次に母さんから聞いた言葉を理解できずに聞き返した。
「あの方、最初からお姉ちゃん狙いよ。アリシアと仲良くしてるのは外堀を埋めるためね。だからアリシアとは便宜上婚約者としてウチに来る理由づけにしたの」
「な、なんで?」
意味がわからない。
だって、僕は表に、社交会に顔出ししてないのに。
「あの方のお母様とわたくしは学園の同級生でね、保水パックとダイエットポーションのやり取りで久しぶりにお話ししたのよ。公爵家に嫁入りして大変ご苦労されてると聞いていたからあまり連絡は取りつけなかったのだけどね、久しぶりなんで話したら肝が強くなられていたわ。今では旦那様をすっかり尻に敷いているんですって」
つまりこの人経由で僕のことがバレたのか。
「そうしたら出来た娘さんねぇとすっかりその気になっちゃって、次男坊をよこして来たのよ。でも公式には伯爵家の令嬢として発表してないお姉ちゃんをどうやって婚約と結ぼうかで悩んでいてね?」
「それでアリシアに白羽の矢が刺さったと?」
「そうなのよ。ちなみにセラス様は女性よ」
「はい?」
「男装の麗人っているのね。お姉ちゃんもそういう気があるからきっと仲良くなれると思うわ」
「えっ?」
あれ? 母さんはさっき次男坊って言ったよな?
つまり貴族名鑑に男として登録したのか?
それって経歴詐称じゃねーの?
帝国……王国よりぶっ飛んでるじゃねーか!
「事情があったのよ。今でこそご長男は健康体だけど、当時はご病気で余命幾ばくもない状態だったのは知ってるかしら?」
「つまりセラス様は後継人だったのですね?」
「ええ、幸いマジックキャスターの素質を持ってて、そういう趣味のお方でしょ? どうも男性嫌いなようで女性にモテたいから男装してるらしいのよ」
僕以上の問題児じゃねーか、そいつ。
「その上顔もいいでしょ? 令嬢達が放っておいてくれなくて」
公爵家の次男坊ってだけで優良物件だからな。
そりゃ顔以外でも飛びつく奴は多いか。
しっかし中身が女じゃ望んだ子は生まれない。
令嬢達は弱みを握って公爵家に陳情し放題。
だからって僕だけが被害を被るのはおかしくないか?
「でもアリシアが懐いてるのとはどうしてです?」
「あの方、敬虔なトール教徒なのよ。良かったじゃない、貴族からもモテモテで」
つまりグルって言うわけですね?
母さんもアリシアも。
僕の味方は弟だけだ。
生粋のレズなんかに僕の貞操は渡さないんだからな!
「うわーーん」
僕は咽び泣きながら母さんの寝室から出た。
背後からは弟の無邪気な鳴き声が聞こえてきた。
なんかもう全てが虚しくなってきたな。
お風呂でも入ってさっぱりするか。
「お嬢様、いけません!」
途中、何故かメイドが止めてきたが、構わず浴槽の扉をガラッと開けた。そこには……
「やぁ、トール様。お先にお湯をいただいているよ」
そりゃメイドが止めるわけだよ。
男としてきてる客が入っていたら止めて当たり前だ。
しかしこいつ、僕より胸が大きいな。
なに食えばそんな育つんだ?
僕は男女の体をマジマジと見つめた。
「その、なんだ。あまり同性から見られ慣れてないので、その辺にしておいてくれると助かる」
初心かよ。レズ疑惑はどこに行った。
「アリシアはどうされたのです?」
「ご用意するものがあるとだけ伝えられ、先にお湯を頂いていたんだ。そこへトール様が来るもんだから心臓が止まるかと思ったよ」
「はぁ」
「トール様は驚かれないんですね、僕の体が女である事に」
「お母様からお聞きしましたので。戸籍上も男として生活しているらしいですね?」
「ああ、うん。僕は兄様の代わりだったからね。それに兄様が受け取るはずだった素質を僕が引き継いでしまった。兄様は身体が弱くてね」
「それも聞きましたわ。わたくしの手製のポーションが完治させたことも。あなたが引き継ぐ筈だった公爵家から解放して差し上げたことも、全て聞いております」
「そう、なのですね」
セラスはお湯に口元を浸しながら、ぶくぶくと泡を吐いた。
僕は気にせず髪を洗う。シャワー様々だ。
お陰で単独で風呂に入れるってものだ。
どれだけそうしていただろう、いつのまにかセラスさんが僕に話しかけていた。
僕は特に返事もせず聞いているだけだ。
最初こそは言い訳がましい否定から。
でも次第に視点が変わっていき、僕はその言葉に対して無視できない焦りを感じていた。
「この空間は不思議だ。エアコンに洗濯機。その上シャワーまであるなんて、これが偶然であるものか。トール様、君は前世を持つ転生者だね?」
確信したような声色。
浴室では僕の手元から落ちたシャワーが、床のタイルに強く叩きつけられる音だけが響いた。
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