最終話

 2021年1月。


 年も開け、正月も過ぎて仕事始め。さて、今年もがんばりますかっ、て悠長なことは言ってられない。

 まだ世界的にも感染症がまだ収まるどころか増加傾向を辿っている。

 マスク、手指消毒、換気は欠かせない。返された本も一冊ずつ消毒をし、中には借りる前に本を消毒してからもって帰る人も多くなった。


 相変わらず常にマスクだからメイクもBBクリームをぬり、また眉毛だけはバッチリメイク。慣れたものである。


 そんな最中ではあれど、図書館ではお正月本みくじも好評。でもその後はすぐにバレンタインの装飾企画を練らなくてはならないし、その前には受験、節分、終わればお雛様、卒業、入学など行事は山積み。

 子供図書館ならでは行事を大切さを子供たちに伝えるために必死なのだ。


 実のところ昨年のクリスマス企画のツリーの片付けは半分も終わらず倉庫に押し込めている。


 そして産休を取っていた社員がなんと四月から復帰するとのこと。わかりやすいように引き継ぎの準備を今からする。


 何故今からするかって?


 なんと大阪の方で児童書を担当する司書の募集を常田くんが見つけてくれたのだ。そしてとんとん拍子に今度の四月から働けることに。

 住む家もこれから探さなきゃだし、やることがいっぱいなのよ。ツリーは最悪誰かやるでしょ。


 常田くんと一緒に過ごせる……と思いつつもわたしの心中は穏やかではないのだ。


「東雲さん、来週のこの日とこの日を代わっていただけたら……」

 同僚のかなえ。30歳で独身だが、年上の彼氏がおり、大抵シフト変更のお願いは彼氏との都合のためなのだ。

「んー、いいよ。記入しておいてね」

「ありがとうございますー」

 とても嬉しそうに微笑んでいる。デートだろうが毎回仕事の帰りに迎えにきてもらってるくせに。


「あ。ついでといっちゃーなんですけどぉ、かなえさんーこっちとこっち変われる?」

「えっとぉ……うーん、は、はーい」

 ともう一人の同僚の詠美さんが割り込んでくる。


 詠美さんは26歳で一番若い子だけど落ち着いてて老けて見える。

 が、彼女も恋愛をしていて……なんと不倫である。

 話は色々聞いていたものの、昼ドラよりもドロドロしていて彼女のハマりっぷりにこっちは勝手に楽しんでいる。


 ああ、独身だからまだ恋愛を楽しめるのね。羨ましい。わたしはふと左手の薬指を見る。指輪。ダメダメ、うつつぬかしちゃ。


「そういえば仙台先生からまた電話あったんですけど……」

 ……わたしが子供図書館に移転したことをいいことに定期的に来ては学校で使う本だからとわたしに本を選ばせて借りていくっていうことをしている仙台さん。

 本当にしつこい、けどもそれもいいかと付き合ってはあげている。いい加減別の人に当たったら、と思う。

 ってまた電話か。

「かなえさん、今度あなたに仙台先生の件を任せたいから代わりに電話しておいて」

「は、はい……」

 まぁ特にここを辞めることは伝えなくてもいいか。正直なところ仙台さんに出しては塩対応しつつもイケメンな彼と会えるドキドキは楽しんでたりもするのよね。またいつかどこかでキスをされるんじゃないかって言う妄想も膨らむし。

 きっとわたしが辞めるって知ったら引き止めに来そうだしぃ、もう嫌だーっ。


「あ、あのすいません……」

「は、はい!」

 しまった、カウンターにいる時は妄想スイッチを切らなくてはいけないのに。ついマスクをしてるから油断してしまったわたしがいけない。


 ふと見るとスラっとしてて……カジュアル系ファッションの彼。登録を見ると27歳。家族登録なし、独身の可能性あり。

 少し前から子供図書館だけどもやってくる。平日休みのようね。いつも借りる本はインテリアの本やライトノベル。この図書館は他の図書館とは違った蔵書が多いため大人も利用することもあるのだ。


 夏くらいから彼は来ていて、たびたび気にはしていた。そして彼を見るたびに指輪のある左手を隠してこっそり指輪を外す。

「東雲さん、予約していた本の連絡ありがとうございます……取りに来ました」

 彼はわたしと目を合わせると顔を真っ赤にしながら辿々しく話をする。他の司書とはちがってわたしの時はこうである。かなえと詠美さんからもあの人はわたしに気があるのよ、と噂をしていた。


「あ、はい……持ってきますね」

 と本を用意して渡して貸し出し業務をする。そしてその本を受けとった彼はわたしに一枚の紙を渡してきた。


「で、では」

 と去っていく。わたしは休憩時間にこっそりその紙を見た。


『今日は勇気を持ってメアドを渡します。

 今の時期アレですが、オープンカーあるので密にならないデートをしませんか?』


 ……!


 ほら、やっぱり。しかもデートまでも誘われてしまった!どうしよう。

 相変わらずモテ期は止まらない。実はこういうことは今に始まったものでもない。今の時期だからかグイグイくるものはなかったけど。

 にしてもメアドもらって返さないのもアレだしなぁ。うーむ。



「東雲さん、さっきなにか貰ってたのを見ましたよー」

 詠美さんが後ろからやってきた。


「な、なんでもないわよー」


 わたしだってもっと恋愛楽しみたいもん! 法律上結婚してないんだし、常田くんのところに行く前にもう一回キュン! ってしたいんだもーん。



 わたしの妄想はまだまだ続くのだ。




 終わり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

シノノメナギの恋わずらい 麻木香豆 @hacchi3dayo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ