1章えぴろーぐ:狼男爵と白い背広の男

 アルドード男爵は、自分が中々に返事が書けないことを心苦しくは思いつつも、定期的に送られてくる息子のジャンバからの手紙を楽しみにしていた。

 新入生対抗戦で優勝したり、上級生を含む寮生とも仲良くやっている様子が綴られた手紙を見る度に、どこに出しても恥ずかしくない息子だと誇らし気に思っていた。

 だから、毎日のように部下たちに自慢話として聞かせていた。今日もか……とウンザリする部下たちの表情もなんのその、まるで気にせず話題に出し続ける日々だ。

「俺が男爵だから、息子のジャンバは弐番寮だ。なのに、新入生対抗戦で優勝したんだ。俺の時代からずっと壱番寮が一位だったのに、それを覆した。歴史に残る快挙だ」

「今日もそれですか……。まぁ確かに凄いっすけど、でも、壱番寮以外が勝ったことも歴史を遡れば一回か二回くらいはありますよ。半世紀前とか一世紀前とか、まぁそれぐらいの昔にはなりますけど」

「それぐらい俺も知っている。だから、過去に一回か二回しかない珍しい結果を出したんだから、凄いだろって話だ」

 溜め息混じりの部下たちの表情を見ながらも、アルドード男爵はにこにこと笑顔のままである。

 息子の活躍が嬉しくて嬉しくて仕方がないというのが、溢れんばかりだ。

「俺はジャンバに魔術を何一つ教えなかった。それなのに、入学してすぐに結果を出した。これはもう天才かもわからん」

「教えてなかったって、それ本当ですか? うそですよね? 魔術を全く知らないまま入学してすぐの対抗戦に選ばれるのもおかしいすけど、それ以上に壱番寮に勝つのが無理じゃないすか。あいつら財力と権力にもの言わせて高い補助具持ってきますし、絶対勝てない勝負ですよ」

「本当に教えていない。だから天才かもわからんと言っている」

「信じられないなぁ……」

「隊長の息子自慢は放っとけ。聞き流しとけばそのうち飽きる。まぁまた次の日に始まるんだが……」

 24時間体制の国境警戒国防業務という中にあって、時折の休憩はいつものこのような会話で消費されていくのがアルドード男爵率いる”神狼部隊”の常である。

 きな臭さを感じる動きが国境周辺で最近活発になってきているが、それらが表立っての衝突や外交問題に発展することはなく、一種の均衡が未だ保たれていた。

 ゆえに――その日もいつもと同じように時が過ぎると思われていた。

 アルドード男爵が深夜に異変に気付いたのは、”獣神化”という特殊な変身魔術を多用し続けたことで獲得した鼻のよさのお陰であった。

 地平線の遥か彼方から、尋常ではない移動速度の集団が国境を目指して一直線に駆けているのを捉えた。

「――総員戦闘準備をしろ。南南西十里先に不審な連中がいる。異様に早い。何かしらの移動に特化した魔術を使っているか、俺の”獣神化”のような魔術で強化している可能性が高い。尋問を行う。……暴れるようであれば容赦なく殺す」

 アルドード男爵が低く真剣な声音でそう伝えると、部下たちの表情が変わり、あっという間に準備を終えた。

「総員準備完了! いつでも出撃可能です!」

「行くぞ」

「あいあいさー!」

 軍服を着たおよそ二十数名の屈強な男たちが、隊列を成して夜闇の下を駆け抜ける。複数の探知魔術等を併用したこともあって、不審な集団とはすぐに邂逅を果たした。

 白い背広を着た男が、腰のひどく曲がった翁と、仮面をつけた不気味な雰囲気の者が何名かを引き連れている異様な集団だった。

「止まれ。何者だ」

 アルドード男爵が問うと、白い背広を着た男が立ち止まりくすくすと笑った。

「おや、おやおや? 一般兵よりもどう見ても屈強な男たちと一糸乱れぬ隊列、そしてそれをまとめ上げる狼のような顔の男……もしかすると、かの有名な狼男爵ではありませんか?」

「ひっひっ、これぇぃは大物とぉ出くわぁしましたなぁ……」

 アルドード男爵は嫌な気配をこの集団から感じとり、即座に部下たちに陣形を取らせ、いつでも殲滅が可能な体制を取った。

 一触即発な緊張感が場を支配し始めると同時に、ふいに雲間が割け、その隙間から注ぐ明りが暗闇を照らし出した。

 頭上にぽっかりと浮かんでいたそれは、綺麗な丸を描く満月だった。

「妙な真似をすれば殺す。尋問を受けるのならば、その間だけは生かしておいてやる」

「怖いですねぇ。そのように殺気を向けられる謂れはないのですが……まぁしかし、狼男爵との遭遇は僥倖。鹵獲したくてたまりません。”獣神化”魔術――それを扱える魔術士は片手で数えるほど世界におりませんから、私の研究にも非常に役に立つ」

「ひっひ。お戯れぃを」

「こいつら舐めてんな俺たちのこと」

「隊長だけが強ぇわけじゃねぇ。なぜ俺たちが神狼”部隊”と呼ばれているのか、身を持って知りてぇらしいな」

 最前線に於いて、最強とも謡われることがあるのが”神狼部隊”であった。戦歴に負けも引き分けもただの一度もなく、その歴史にあるのは”勝利”の二文字のみであり、名実ともに最強の一角とされているのだ。

 それほどの実力がある部隊であるからこそ、誰もが予想できなかった。神狼部隊壊滅し、アルドード男爵の全員が殺害され、唯一生き残ったアルドード男爵も身柄を拘束され囚われの身になるなど……。


 保たれていた世界の平和は――徐々にその姿を失いつつあった。様々な思惑が交差し交錯する時代がすぐそこまで近づいていた。

 人の身である限り、その大きなうねりから逃れる術はなく、唯一例外として在れるのは”魔法”くらいなものだ。

 それはつまり――”魔法”そのものである赤ずきんに愛される傍らで、自らもまた”人”と”魔法”の間の夕闇通りを歩き続けるジャンバ・アルドードのみが持つ可能性を示してもいた。

 少しだけえっちに溺れやすいけれどもお人よしな、そんなジャンバが世界の命運を握ることになるわけだが……その続きはあまりに長くなってしまうのだから、一度ここで幕を閉じるべきだろう。

 続きは断片ごとに、機会がある度に、その都度ごとにジャンバの視点から紡がれていくのである。

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元底辺が魔専学校でがんばるお話 陸奥こはる @khbr_ttt

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