悪魔の和食

林海

第1話 悪魔の和食

「総理、長らく中華を好まれていたあの方たちなのですが、ついに……、ついに久しぶりに和食を食べたいという申し入れが……」

「……なんということだ」

「無作為かつ、大量に喰われてしまうよりはマシです」

「なぜ今で……、今でなくてはならないというのか?」

 総理の血を吐くような問い掛けは、ただただ、沈黙をもって応えられた。



 ◇ ◇ ◆


 6時間目。

 これが終われば、久しぶりに舞奈まいなとデートだ。

 部活の強化練習も、上級生たちのチームが大会で負けて終わりになった。

 付き合わされるなんて言っちゃいけないけど、でも心のなかにそんな感情もあるにはあるよ。


 で、そんなそぞろな気持ち、いきなりの校内放送で吹き飛ばされた。

 火災の避難訓練でもないのに、授業中の放送なんてな。

 今まで経験がない。


「緊急連絡、緊急連絡。

 警察から連絡がありました。校外ではありますが、刃物を持った不審者がいる模様です。すでに被害者がでたという未確認情報もあるようです。

 現在、警官がこちらに急行しています。

 生徒のみなさんは、絶対校舎から外には出ないでください。

 追って放送があるまで、そのまま待機をお願いします。また、犯人を刺激しないよう、過度に騒ぐのと、ベランダに出るのは禁止です」

 何人かが、ベランダから外を見ようとしていたんだけど、そう機先を制せられて自分の机に戻る。


 放送は続いた。

 「携帯を持っている生徒は、この放送が終わったら保護者への連絡をお願いします。また、携帯を持っていない生徒は、持っている生徒から借りてください。

 なお、連絡の際には、以下の点をきちんと伝えてください。

 保護者が迎えに来て校門前が混雑しますと、警官の動きを阻害して犯人を取り逃がすおそれがあります。また、保護者が刺されるなどの被害を受けるおそれもあります。なので、厳にそのようなことがないように、あくまで連絡に留めてください。

 安全が確保され次第、きちんとした情報提供を行いますので、その旨も伝えて待機をお願いしてください」

 校内放送は、言うだけ言って沈黙した。

 で、誰の声だ、今の。


 このとき、俺はまだ、「デートの予定が流れて残念」と思うぐらいの考えしかなかったんだ。



 それから数分後、大量のパトカーがやってきた。

 学校の周りを取り囲み、校門の外の住宅街まで警官が入り込んでいる。

 本当に厳戒態勢だな。

 ま、俺たち、守られているわけだ。

 授業をしていた先生は職員室に帰り、クラス担任の先生が代わりに来た。


 校舎の外には出られないし、部活に行けるはずもない。

 結局は暇。

 しかたなく、教室の中で、いつものメンバーと話す。


「どんな奴が犯人だと思う?」

 聞いたのは、幸成こうせいだ。

 どんな奴かと言えば、バカ。何も足さない、何も引かない。この一言だけで、十分にコイツを説明しきれている。


「材料がないのに、推測するだけ無駄」

 そう斬り捨てたのが、俺の彼女の舞奈。

 言うことはまともなんだけど、正論しか認めないんだよな、コイツ。

 だいたい俺と喧嘩になるときは、その辺りが原因になる。

 でも、俺が言うのもなんだけど、それでも許せるほど綺麗なんだよなー。


「でも、これだけ警官が来ているってことは、ヨボヨボの年寄りが必死で包丁を構えているって感じじゃないかもね。

 活きのいい犯人だとしたら、長引くかも……」

 これは、あや。コイツが一番頭がいい。観察力もあるし、チームプレイの指揮もできる。長い髪が綺麗だけど、欠点として目付きは怖い。まぁ、だから怖くて、みんなが彩の言うことを聞くってのはある。


「そうだとしても、徒歩の犯人ならば時間の問題ではあるよ。車を使う犯人なら、どっか行けば逆に俺たちは安全になるし。

 今日はもう腹が減ったよ」

 そう愚痴るのががく

 柔道部だけあって、ガタイはやたらといい。そりゃあ腹も減るだろうさ。


 

「さてさて、どうしたもんだか……」

 俺が呟くのに幸成が答える。

「待ってりゃいいんじゃね?」

「待つ前提の上でだ。当たり前だろ。

 ただ、ぼーっと待ってりゃいいのか、せめて逃げ道ぐらいは考えておいた方がいいのか」

「学校に袋小路はない。

 犯人が来たのと反対の方向に逃げればいいだけ」

 と、舞奈。

 それに対して、彩がなにかを言い出そうとしたところに、再度の校内放送が被った。


 「連絡します。

 未だ犯人の発見には至りませんが、このまま待機を続けるわけにもいかないので、バスを2台確保しました。至近の●●駅までピストン輸送しますので、生徒は担任の先生の指示に従ってください。

 各担任の先生は、バスが到着したら、一年一組から学年ごとに誘導をお願いします。一台のバスに一クラスが乗れます」

 そか。

 俺たち、最初の便の2台目だ。一年二組だもん。

 早く開放されてよかった。

 舞奈とのデートの予定、リカバリが間に合うかも。



 彩はなんか納得していない顔していたけど、俺たちは担任に誘導されて、バスに乗り込んだ。担任は、まだ学校で対応があるっていうことで、バスには乗らなかった。

 そして、走り出したバスに乗っていた俺たちは、校門を出て、いつもの帰り道を辿り出してすぐに意識を失っていた。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−


ニュース速報

 ○月×日。▲▲県●●市の県道で、高校生を乗せたバスが擁壁に衝突、炎上しました。この事故で、運転していた△△さん(56)を含む、高校生42人の全員が焼死しました。

 このニュースにつきましては、詳細が判り次第お伝えいたします。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−



 ◇ ◆ ◇


 目が覚めたとき……。

 そこは、鉄格子の中だった。

 俺を起こしたのは舞奈。

 鉄格子の檻は全部で6基。

 その中に男女分けられて8人ずつ閉じ込められており、俺と舞奈は余り2人で1つの檻だ。


 一体なにが起きているんだ……。

 鉄格子は言葉は悪いけど、虫籠みたいだった。なんでそんな気がしたかと言えば……。

 天井まで鉄格子で、その遥か上に天井が見えるからだ。天井からは、たくさんの照明がぶら下がっていて、天井までの距離の遠さをカバーするようにまばゆい光を放っていた。


 他の檻でも、目覚めている奴が、まだ寝ている奴を揺り起こしている。

 同時に、泣き声や、怒りの声も聞こえてくる。そして、怒りの声から俺も気がついた。

 スマホは取り上げられていた。


 なんでこんな事になっているんだろうって思っていたら、舞奈がトイレに行きたいと言い出した。

 そもそも、どれほど眠らされていたのかは判らない。空腹は極まった感じだし、俺も下腹部に圧迫感を覚えていた。

 で……、鉄格子の中に、洋式トイレの便器と水栓だけはあったんだよ。ただ、この状態じゃ、女の子には無理かも。遮蔽物が、まったくなんにもないからだ。

 一瞬悩んだけど、自分の制服の上を脱いで、舞奈に渡す。

 制服はスカートだから、俺の制服と組み合わせれば、かなり下半身は隠せるはずだ。


 「あまり他の奴が起き出さないうちに……」

 そう、言葉を足す。

 舞奈は諦めの表情になった。

 俺は、トイレに背を向ける。

 終わったら、俺も済ませよう。



 そこからさらに半日。

 俺たち全員、放っておかれた。

 水を飲むのとトイレ以外に、できることはない。

 岳は鉄格子と格闘したけど、まったく歯が立たなかったようだ。

 彩とは檻越しになんとか話したけど、「ここで大声でやり取りすると、監視している側に聞かれてしまう」って黙り込んでしまった。

 ただ、さすがは彩だ。事態に対する何らかの考えはあるのだろう。


 怒りだの、絶望だのを超えて、空腹と退屈が俺たちを支配し始めたころ……。

 不意に、ずるずると、ごごごごを足して2で割ったような音がしだした。



 ◇ ◆ ◆


 私は、いつもの7人のお客様のために、8人分の料理を用意する。1人、暴食を旨とし、2人前を食べる方がいるのだ。

 今日のリクエストは和食なので、素材の味と見た目を活かした料理としよう。素材は、すでに提供されていて、泥抜きも済ませてある。


 また、お客様は肉食を好み、小さく纏まった料理を嫌う。今回はお茶の席でもないので、略式でもボリューム感のある会席料理にしてしまうつもりだ。

 その辺りの心遣いは、セオリーを外しても喜ばれこそすれ、未だ不興を買ったことはない。


 まずは前菜。先付さきづけと呼ばれるものだ。

 食欲を満たすより、コリコリとした歯ざわりを楽しんでもらって、次の料理に繋げよう。

 そのため、1人あたり10本の、素材の前肢の先の突起を湯がき、千に切った野菜とともに、三杯酢で和える。

 お客様からすれば、ただの一口ではあろうけれど、豊富なコラーゲンがコクを感じさせ、見た目も華やかな料理になるので、前菜にはぴったりだろう。



 次は、お刺身だ。向付むこうづけと呼ばれている。

 1人あたり、1人を活造りにする。

 これは、臭みの少ない雌が向いている。雌の中から体毛の長いのを選び、皿の上で流れるように盛り付けるのだ。

 活造りは、思いきりが良くないとできない。

 急所を外しながらも手早く身を削がないと、お客様の前に運ばれる前に死んでしまう。これでは意味がない。

 醤油が掛かったときの、叫びと藻搔きが新鮮さを演出するのだ。

 また、肉に血が回ると味が落ちる。このあたりも包丁の冴えが必要だ。

 特に、私の美学としては、お造りのツマが血で汚れるのは避けたい。活けでも出血はさせない、そのあたりも腕の見せ所だ。

 なお、食べていただいたあと、頭とワタと骨は無傷で残るので、次の料理に使う。素材は大切に使い、無駄を出さぬように使い切るのは和食の考え方だし、そういう基本は、いくらセオリーを外すにしてもやはり守るべきことだ。そうでなければ、無国籍料理になってしまう。


 その次は、煮物だ。椀物わんものと呼ばれている。

 これも、お客様1人あたり、1人を使う。

 全身をよく叩き混ぜて2つの団子にする。この料理は、肉の香りの強い雄が良い。それにより、野趣を演出できるのだ。

 毛だけは処理しないと口当たりが悪くなるので、最初に軽く炙って焼き落としてしまう。そのあと、ハラワタだけを抜き、あとは出刃で骨まで気長に叩いて、口当たりをなめらかにする。

 付け合せに煮る野菜は、香りの強いものを選ぶ。

 それを炊き合わせて平椀に盛る。

 大ぶりの2つの肉団子が、お客様に満足感を与えるはずだ。


 

 そして焼き物。鉢肴はちざかな だ。

 これは生きたまま串を打って、一気に強火で焼き上げる。

 この際に、嫌な匂いとなる髪は一気に燃やしてしまう一方で、前肢の先の突起等は焼け落ちてしまわないよう、化粧塩をしっかり利かせる。これが料理人としての腕の見せ場でもあるので、この料理に使う素材だけは、前菜の前肢の先の突起は切り落としてはいない。

 なお、活きの良さを演出するために、躍動感ある走っている姿になるように焼きあげる。これには長年の経験が物を言う。

 最低でも500は焼いていないと、形を美しく、きちんと整えた仕上がりにはできないものなのだ。


 ご飯は、さきほどのお造りで残されたワタから肝を取り出し一緒に炊き込む。

 この段階に至っても、ほぼ全てが皿の上でまだ活きており、まだまだ元気に泣き声を上げているのもいる。

 この声を聞くと、私は自分の料理の腕に満足感を覚える。試してみたことはないが、3日ぐらいは生き続けて泣いているかも知れない。

 取り出した肝は軽く炙って、香ばしさを出してから炊き込むと、より美味になる。

 なお、この際に、最期まで残っている2人も生きたまま加える。

 釜の蓋には、2つの穴が開けてある。

 炊く際の熱さに耐えかねて、素材はそこから首を出すが、肩がつかえるので出ることはできない。そこを構わず炊き上げ、最後に首を持って引き抜くと、骨は外に引き出され、肉は釜の中に残る。

 これは客様の前で行う。ア・ラ・ミニュットで、ライブ感を楽しんでもらうのだ。

 炊けた後は、ざっくりと混ぜ合わせて肝の味とご飯の味が重なるのを楽しんでもらう。なお、これには、有馬山椒を天盛りにする。


 香の物(漬物)を切り、添える。

 炊き込みご飯の濃厚な味わいには、すっきりした香の物が口直しに欠かせない。


 止め椀の味噌汁は、先ほど肝を取り出した残りの骨と頭からじっくりと出汁をひく。

 頭は旨味が多いので、出汁を取るには最適なのだ。

 炊き込みご飯の濃厚な味わいに合わせるので、こちらはあっさりとした野菜だけのシンプルな具としよう。


 あとは、水菓子と呼ばれる果物を飾り切りして、お茶を出し、コースは終わりだ。


 孔雀 狼、蛇、牛、烏、蝿、山羊のお客様が到着したらしい。

 さて、取り掛かろうか。



 ◆ ◇ ◇



 巨大な手が、天井の鉄格子を引き上げ、幸成たちをつまみ上げた。

 泣き叫ぶ幸成たちの上に、巨大な包丁が……。

 断末魔の悲鳴は、一瞬だった。

 悲鳴のあとも、どかんどかんという、なにかを叩きつける音が長く続く。

「もう、やめて!」

 あまりの音量に、女子たちからそんな悲鳴もあがったけど、まったく頓着されていない。



 巨大な手が、次の鉄格子を開き、絶望の眼差しとなった彩たちをつまみ上げる。あのいつも冷静で、目付きの悪い彩が、放心状態になっている。

 恐ろしく巨大で長い包丁が……。

 なぜか、泣き声と悲鳴は、いつまでもいつまでも止まなかった。



 舞奈は、両手で耳をふさいで、うずくまっている。幼児に退行してしまっているのかもしれない。

 小さく、「なぜ……」とつぶやく声も聞こえるけど、俺に答えられる言葉はない。



 巨大な手が、さらに次の鉄格子を開き、涙で顔をべしょべしょにした岳たちをつまみ上げた。柔道なんて、まったく役に立たないんだなって思った。蟻がいくら格闘技を極めても、人間とは戦えないもんな。

 恐ろしく巨大で長い串が……。

 悲鳴は、一瞬だった。



 ついに、俺たちのいる鉄格子が開いた。

 もう舞奈は抵抗すらしない。

 俺はその手をかいくぐり続けはしたものの、結局は檻の隅に追いやられつまみ上げられた。

 そのまま、鉄の容器に放り込まれる。

 足元には、大量の肝臓が転がっていた。

 それが見えていたのも一瞬で、頭の上に覆いが被される。

 穴が2つ開いていて、そこから光が射している。

 その穴から外の様子をうかがうことはできそうだけど、怖くてそんな気にはなれない。

 ただ、その光を頼りに舞奈の位置を掴み、抱き寄せる。

 舞奈の目は、もう焦点が合っていない。がくがくと震えていると思ったら、それは俺もだった。


 ……だんだんと蒸し暑くなってきた。

 あまりの暑さに耐えられなくなった俺と舞奈は、仕方なく穴から顔を出す。

 「舞奈」

 「椋」

 互いに名を呼び合う。

 ますます温度は上がり、俺はもう、何も判らなくなった。



 ◆ ◇ ◆


「総理、あの方たちからなのですが……。

 久しぶりの和食は素晴らしかった。是非、もう一度食べたいという申し入れが……」

「あ、アンコールだと!?

 ふざけるな!

 なにか、なにか手はないのかっ!?」

 総理の血を吐くような問い掛けは、ただただ、沈黙をもって応えられた。

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悪魔の和食 林海 @komirin

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