後編

俺は、困惑していた。

「なぜ家電の受け取り場所が服屋なのか」

しかも女性向けの、アパレルショップというのだろうか?若い女性やカップルが、そこら中で服を見比べ、試着していた。そしてなんだかいいにおいがする。

そんな中、飾り気のない半袖野郎が一人、棒立ち。

「つっら……」

今までのメンテは自分で家に帰ってきたのに、なぜ今回に限ってこんな仕打ちを受けなければならないのか。指定された受け取り場所の確認(3回目)をしようとしたとき、後ろから聞きなれた呼び声がした。振り返り――絶句。


目の前にいるのが何なのか、数秒の時間を要した。

「お前、マジか……!?」

“それ”、改め“彼女”は口を開き、「お待たせ致しました」と涼やかな声で応じた。


優美なくびれを描く腹部。露出の多い服から伸びる、すらりとした肢体。鉄面皮は相変わらずだが、目の覚めるような美貌。背中まで伸びる黒髪に、青みがかった天使の輪が浮かんでいる。

もはや元の姿が思い出せないほど、変貌した姿でそこに立っていた。


少し気後れするが、とりあえず話しかけてみる。

「あー、その、体は大丈夫か?違和感とかはないか?」

“彼女”は自分の体をためつすがめつ、

「はい、問題ありません。全身にアイカメラを増設したような感覚です」

俺は少し安心してしまった。この変な言い回し、中身は俺の知っている“それ”だ。


「それより」と、“彼女”は切れ長の目を俺に向けた。「この体はいかがですか?大事にする気になれましたか?」

「普段から大事にしてるつもりなんだが。いや、まあ、そう、綺麗だ」

と言うと、“彼女”は少し目を見開いた、ガキン、と金属音が鳴る。


おかしい、注文のときに伝えたはずだったのだが。

「それ、直ってないのか!?」思わず聞くと、“彼女”は両手をさっと後ろに隠した。頬が少し色づいている。

「私の場合、精神パラメータが大きく変動……人間でいう、動揺するとこうなるようです。何度も、調整したのですが……」などと言い、視線を逸らされる。いまさらだが、これは“彼女”にとって恥ずかしいことだったらしい。

“彼女”があからさまに感情を出すのは初めて見る。これだけでも人工皮膚を買った甲斐があった。


などと考えていると、“彼女”が後ろに回していた腕を、ゆっくりとこちらに差し出してきた。人工皮膚を割って、見覚えのある突起が突き出している。

「お手数ですが、お願いできますか?」

「いや、この前は何となく触ってみたかっただけだから」と言おうとした。気が付くと、その手を取っていた。


きめ細かい肌に触れる。ピクリと“彼女”の指が動いた。こちらの手に吸い付くような感触に、思わず動きが止まる。

このままだと手が離せなくなる。内心少し動揺しつつ、パワーリミッターを雑に指で押し込んだ。勢い余って、指まで少し埋まってしまう。指先が、人工皮膚に、つぷりと埋まる感触――

「あっ、ごめん!」反射的に手を離した。手から“彼女”の感触が消えていく。

正直に、本音を言うと、もう少し触っていたかった。落ち着け、戻ってきた家電を確認するのは当然だ。帰ってゆっくりやればいい。いや何をだ。


そのまま黙ったまま混乱していると、今度は“彼女”が動いた。

何やら手をニギニギしていたが、目をキリリとさせて俺に向き直った。

「手を触らせていただけますか?」

「え、いや、今?」

「お願いします」

「お、おう」

あまりに真剣な顔で迫られ、今度は俺が手を差し出した。そこにゆっくりと、ほっそりとしたなめらかな指が絡みつく。壊れ物を扱うように、“彼女”は俺の手を持ち上げる。“彼女”の柔らかな指先は、少し冷たかった。


腕の筋に指を這わせて、目を輝かせる。手首を軽く握りこんで、少し瞳を揺らす。自分の手首を握り、何事か考え込む。いわゆる恋人つなぎで互いの指を絡ませる。俺の腕を抱きしめて、俺を見つめてくる。


さすがに気恥ずかしくなり、俺は目をそらしてしまった。

目をそらしたので、“彼女”への対処が遅れた。

顔に手を添えられ、思わず視線を戻すと、“彼女”の顔が視界いっぱいに広がった。

初めて感じる柔らかい感触と、かすかにゴムのにおい。何かを思う間もなく、それらはすぐに離れていった。

「なっ……ばっ……!?」

二の句が告げずにいる俺に、“彼女”は目を細め、微笑んだ。

「“まんねり”状態の改善を確認しました。やはりこれで正しかったようです」


そこでやっと再起動した俺は、つかまれたままの手首を何とか振り払った。が、すぐに手を繋がれる。じいっと見つめられ、俺の方が折れてしまった。“彼女”自身が気付いているかは分からないが、眉尻を下げた不安そうな顔を見せられると、さすがに再度振り払う気にはなれなかった。

諦めて、手を握る。少し間があって、“彼女”が握り返してきた。

「あー、くそ!ほら行くぞ。俺は服は分らんから、自分で何とかしてくれ」

さっきよりも、“彼女”の手を冷たく感じる。それが余計に恥ずかしかった。

「分かりました。よろしければ、重曹も購入したいのですが」

「じゅうそう?」

「はい。人工皮膚の継続的な消臭に効果がある、とのことです」

「なるほど。なら」一瞬、言うかどうか迷った。「後で香水も買うか」

「……隣が香水ショップの様です。お手数ですが、後ほどお好きなものを選んで頂けますか?」と、耳元でささやき声。

香水ショップがなんでこんな近くに、などと考える余裕は、俺にはもうなかった。

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彼と家電の指遊び ふがふが @fugafuga

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