私とじいばあと。心の備忘録

天野ひかり

落日と東の月

これは、普段あまり建設的な話がしづらい故に、伝えきれていない私の思いを書いた、じいばあへの手紙である。


 覚えているかな?


 私たち史上最長のドライブで、旅の最終日だったあの日、帳の降りた基山から、高速を伝って家まで250km、爺ちゃんはただの一台も、追い越すことは出来なかった。少し前まで、120km/hをしばしば指していたメーターは70km/hを指したまま、高速を下りるまで動くことはなく、タコメーターもずっと1700を指していた。その間に私たちの右側では、無数の光が通り越していった。結局家に帰ったのは、基山を出てから実に3時間半近くたった後だった。そして、家を出るときからのトリップメーターの数字は九州6県を周回して1406.2だった。


 あのとき爺ちゃんが3回、確か太宰府と王司の間で漏れ出るように紡いだ「くそう」という言葉と、アクセルやブレーキ、ハンドリング、それに車の動きや爺ちゃんの姿のすべてが、もう旅の終わりが近いと悟っているようだったよね。あれから一年、世界は激動を始めて、もはや1年前とは別世界のようになった。それでも一番変わったのは、爺婆だと思う。私にくれる愛や心、目線は何ら変わらない。それでももう変わった。調理できる量が半分になって、たまる野菜や混沌とする冷凍庫。何度も繰り返される同じ会話と、それに合わせて奮闘する爺ちゃんも、もう残された体力はない。歩く速度も落ちた。見えることも狭くなったし、「もう最近気力がわかん。本ももう読めなくなった。今にすれば、あのときなぜあんなに走れたか謎だよ」そう言っていたね。

 それに2人とも、もう自分が何をしようとしているのか、分からないことが多い。それでも、愛は変わらない。まるで共依存かに見えるほど、2人はこの世界の片隅で助け合う。そうして、何とかして、私を立派にしようと愛を注ぐ。でもその愛を実行したくても、その体力はもうない。それでももがく。それでも私に、何かしてくれる。たとえできていなかったとしても。

 

 ある私の尊敬する人は言った。「葬式で泣くのは、その人が生きているときに後悔したことがあるからだ」と。その通りだと思う。私は、じいばあに愛を返せていますか?何もわからなくとも、どんな時でも、どんなに苦しくても、わたしのご飯を作ってくれて、家をきれいにしてくれて、わたしがわがままを言っても、怒りながら受け止めてくれて。最近も、アケビを取りに行きましたね。ドライブには最近私は参加できてないけど、紅葉がきれいだったと聞いて、少しうれしかったです。そして、私の書いた文書は、どんなに難しい文章でも、いつも真っ先に読んでくれて、改善点をいくつも伝えてくれていますね。

 その大きな愛の重さを、私は少しでも背負えていますか?

 私には、2人の苦しさはまだわからないけれど、これだけは言わせて。


 もう、16歳になったんだよ。まだ未熟だけど、じいちゃんが言うには、大人になったよ。だから、無理しなくても大丈夫!自分でできることは、自分でやるから。でもきっと63年後の自分も、同じことをすると思うから、無理に考えを変えなくてもいいよ。でもどうにもきつかったら、私にその愛を持たせてよ。

 時にぶつかることもあるけど、感謝は忘れていないつもりです。うまく表現は出来てないと思うけど。

 それと、63年後の自分がどうなっているかなんてわからない。でも、きっと爺婆みたいになってると思う。でも、私はこわい。これまで分かっていたことや、見えていたこと、出来ていたことが、自分から消えていく。それがどれ程の苦しさを伴うか。それでも、爺婆は生きてる。そんななかで、

 「わしはばあちゃんを何としても見送る。そうでないとあれは生きていけない。それが最後のミッションだ」

 そういえること、それほど心で通じ会えること。それがどれだけすごいか。それがわかるからこそこわい。でも、きっと爺婆みたいな、もがきながら支えあって、失敗してもすぐ忘れて、リビングでテレビつけて口開けて寝てても、たまに笑顔な年寄りになるから!

 

 最後になったけど、いつもありがとう!


 じいちゃん、またカローラで、エデンの東を聴こうね!


 ばあちゃん、またコロッケとばあちゃんオリジナル餃子を作ってよ!


 これからも、まだまだよろしくお願いします。旅の最後まで、どこまで回り道して、景色を見せてくれますか?エンドロールなんて、作りたくないよ。

 でももし、作るしかないんなら、まだまだ一緒に居させてね。


  令和二年十一月二日早暁


         ひかりより。

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