とある小説投稿サイトに仕掛けられた時限爆弾と、その応用

人生

 きみのことが好きです。




 ぼくは今日、同じ文芸部に所属する野咲のざきさんに告白するつもりだ。


 ……成功するかはともかく、告白は決行される。


 たとえ僕の身に、何があったとしても――その時が来たら。




                  ■




 きっかけを待っていては、いつまでも関係は進展しない。

 自らアクションを起こすのだ。きっかけは自分でつくるものだ……と。


 ……そう先輩に焚きつけられ、ぼくはその日、一念発起したのである。



「おーい、やるんだよね? 君、今日告白するんだよね?」



「ぼくはやりますよ……やってやりますよ――」



「じゃあ部室行こうよ。いつまでも机にしがみついてないで」



 文学少年みたいな風貌のくせして思いのほか腕力の強い先輩に引っ張られながら、僕は教室を出ることになった。


「くっ……どうして先輩はこのぼくに告白などさせようとするんですか……」


「それはもちろん、僕たち三年が受験に専念するためだよ」


「何がもちろんなのか意味不明なんですけど……」


 同じ部活内で片思いなどしている後輩のことが気になって勉強に手がつかないということだろうか。


「それに君、もうやることやったんでしょ? ならもう躊躇わずアクション起こしなよ」


「なんだか誤解を招きそうな表現ですが――やることやったのであとはもう流れに任せるというのもいいんじゃないかという気がしてます」


「それはあくまで保険なんだから――、ちょっと君、子どもじゃないんだから壁にしがみつかないの」


 再び先輩に引っ張られるも――不意に、その力が緩んだ。

 何かと思って振り返れば、ぼくを罠にかけようだとかそういう謀略ではなく、先輩はスマホを取り出すところだった。通知でも来たらしい。スマホの画面がぼくの目に入るようかたむける。


 スマホの通知欄には――〝新着『とある少年の観察記録』が投稿されました〟――と、表示されていた。


 小説投稿サイトからの、新着小説を告げる通知である。


「野咲さんの課題かな。観察されてたの君?」


「……たぶんそうなんじゃないですか……」


 異能バトルものみたいなタイトルだが、たぶんその内容はぼくに関してあることないこと面白おかしく書かれたゴシップみたいなお話だろう。


 それはぼくたち一年生に出された文芸部内の課題で、ぼくは野咲さんを、野咲さんはぼくをモチーフに簡単な短編を書く、というものだ。

 当初はその内容を先輩たちに評価してもらうだけだったのだが……野咲さんの提案で、書いた短編を小説投稿サイトにアップしてどちらがより読者PV数を得られるかを競おうという話になった。大人しそうな見た目をして負けず嫌いな野咲さんである。未だに中学の作文コンクールでぼくが入選したことを根に持っているらしい。


「読まないの?」


「ラスボス戦前に中ボスに挑む勇者がいますか?」


「ふつう、ラスボス戦前に必ず当たると思うけど」


「でもいったん回復してからラスボスに挑みますよね? ぼく回復する間もないじゃないですか」


 まったく嫌なタイミングだ。たぶん時間を指定して投稿する予約機能を使い、放課後になって学生がスマホをさわりだす頃合いを狙った投稿だろう。その方がサイトを利用する学生からのPVを集めやすい……はずだ。


 まあそんな策謀があってもなくても、これから面と向かおうという相手がぼくのことをどう思っているかを書かれた小説を読むなんて正気じゃない。少なくともぼくの豆腐より繊細なメンタルではちょっと厳しい。


「というか、スマホ家に置いてきたので」


「用意周到だね」


「意味あってます……?」


「じゃあもう後戻りできないわけだ」


「ええ、だから……なるべく夢と希望を持っていきたいんです」


 自分についてぼろくそ書かれているのを読んだ上で告白するなんて――いやまあ、実際彼女がぼくのことをどう思っていて、どんなものを書いているかは分からないのだが――ともかく、もう後戻りできないのだ。


「お、行きたいって言ったね。はい、言質」


「……う」


「さあ行こう今すぐ行こう。どうせ進むしかないんだから。もう野咲さんも来てるよ待ってるよ」


「先輩も同席しますよね? 嫌ですよ、野咲さんと部室で二人きりとか」


「いや二人きりの方が告白しやすいでしょ。僕居ても気まずさ増すばかり。僕は部室の外で誰も来ないよう見張っておくから」


「そう言って盗み聞きする気だ……」


「君が逃げないように出口を塞ぐんだよ」


 なんて先輩だろう……。


 しかし、まあ……この人だけじゃなく、他の三年生もこの件に絡んでそうだし、それくらい先輩たちにとって部室でのぼくの心情は丸わかりで、受験に専念するにも気がかりとなるのだろう。


「ほらほら、早くしないともっと気まずいことになるぞー」


 ……くそうこの先輩め。美人かわいい部長の口車に乗せられたぼくもぼくだが。


「ところで……先輩はこれでうまくいったんですか?」


「見ての通り」


 ……くそうリア充め。


「追い込まれることで人は真価を発揮するんだよ。これぞ文芸部の伝統」


「……さっさと引退しないかなこの人たち……」


「そのためにも、だよ。心置きなく卒業させてくれ、後輩」


 先輩たちの期待というか娯楽というかを背負っているわけだ。もはや罰ゲームのような気もしなくもないが――ともあれ。


「……いってきます」


 ぼくは先輩に背を押され、部室のドアに手をかけた。


 ――さっと廊下に隠れる先輩を尻目に、ぼくは野咲さんの待ち受ける部室に足を踏み入れる。


 こじんまりとした部室には案の定、野咲さんが一人で文庫本を広げていた。

 パイプ椅子の腰かけ、空間のほとんどを占めるテーブルに肘をついて読書中の様子。


「…………」


 手元の小説に視線を落とすその横顔に、ぼくは思わず息を呑む。

 こうして見ると、野咲さんはお淑やかで大人しそうなイメージがあるのだが――ぼくに気付き顔を上げると、彼女は両目を吊り上げ口元を軽くゆがめた勝気な表情で僕を睨む。


 ……犬だったらきっと吠えてるんだろうな。

 でもこの態度は部内だけのもので、教室なんかでは見た目通り大人しい女の子なもんだから、そのギャップにぼくはちょっとあれなのである。


「見た?」


 噛みつきそうな勢いの野咲さんである。

 ぼくは逃げるように顔を背け、部室の時計を確認する。もうすぐ16時か。時間がない。手のひらが汗ばんできた。


「読んだ?」


「……何が?」


 まあ分かってるんだけど。

 自分の書いたものに相当自信があるのだろうか。それとも何かぼくに見られては困るミスでもあったのか。読書中だったみたいだし特に修正していた様子もないが。

 ちなみに、彼女のスマホはテーブルの上、画面には小説投稿ページ。PVのチェックでもしていたのだろう。まったく貪欲な野咲さんである。ぼくの視線に気付いたのか、野咲さんはそれとなくスマホの画面を文庫本で隠した。


「課題ですけど課題。わたしさっき上げた」


 いや知ってるけどさ……。というかさっき上げたばかりなんだよね、すぐに読めるわけないじゃないですか。

 それにしても、いったい僕をモチーフに何を書いたからこんなに自信満々なんだ。でもまあ、そういう無根拠に強気なところ、いいと思うよ。うん。


「……何? 通知切ってんの?」


「というかスマホ、うちに忘れてきたんだよね……」


 何気ない、いつも通りの会話を心掛けながら、ぼくは油の切れた機械みたいなぎこちない動きで野咲さんの向かいの席に座る。良かった、事前に先輩と話してて。


「え? ……はあ? 春臣はるおみくん、やる気あるの?」


 急に名前を呼ばれ、ぼくは心臓が止まるかと思った。なんだか久々に聞いたというか、あるいは今日はじめて自分の名前をひとの口から聞いたかもしれない。そう考えると今度は思い出したかのように鼓動が早まった。爆発しそう。応える声も上ずる。


「あ、あるよ、ありますよ、やる気じゅうぶんもはや背水の陣だよぼくは」


「……まだ書いてないの? 締切、今夜までだけど? それとも何? わたしのことなんか一時間あれば書けるって?」


 ……三時間くらい、かな。


「いやあ、その……あれだよね」


 何も思い浮かばない。頭の中が真っ白だ。いろいろシミュレーションはしたけれど、実際面と向かうとどうやって告白に話を繋げていいのか分からない。

 脈絡とかをきちんとしたい、そんな文芸部魂が疼いていたりいなかったり。


「もうちょっとリサーチが必要かなぁ、とか……」


 そういうわけでお話しませんか、と続けたかったのだが。


「ん?」


 そんな猶予はなかったらしく。


「っ」


 野咲さんのスマホが振動する。会話の途絶えた静かな部屋にその音はやたら大きく響いて、ぼくの心臓は今度こそ止まるかと思った。いやもう暴発しそうだ。


 野咲さんがスマホに手を伸ばす。

 そこには小説の投稿を告げる新着通知。


 目の前のぼくはたぶん、今すぐにでもこの部室から逃げ出したい衝動に駆られているのだろうけど――生憎と、部屋の外には先輩がいるはずで。


 きみはたぶん、訳が分からず顔を上げるのだろう。

 きょとんとしたあの可愛らしい表情で、答えを求めてぼくを見る。


 ぼくはきっと、恥ずかしさでいっぱいいっぱい、何も言えないまま結末を迎えるのだ。




                  ■




 ――つまり、この小説というわけです。



 どうですか、野咲さん。感想へんじ、待ってます。



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