第2話 思いも寄らぬ
光が顔を打っていく。
影の黒と光の白が飽和する。
綺麗で規則正しいフィクションみたいな世界の中でも、違和感は存在していて。
それを発端として、現実への穴が広がることも、十分起こり得ることだ。
初川琳はとあるビルの前で立ち尽くしていた。
「…は?」
その声は段々自身を追い詰める材料となる。
「すみませんねぇ」
ペコペコと前にいるスーツを着た男が頭を下げる。
社会人なんだから頭安売りすんなよ、お前は赤べこかっつーの、と心内で怒る。本当にこれは、馬鹿みたいだ。
「いやー、社長がねぇ、夜逃げしてしまいまして…」
一瞬、声が出なくなった。
は?
社長?ここの会社…だよな、それしかないよな。夜逃げ?
急に何を言っているのか、このサラリーマンは。
「…は?」
「すみませんねぇ、私も今連絡が入ったのですが、実は上の人がここ最近妙に見かけないって話になって、問い詰めたら荷物をまとめて海外へ行ったとのことで…全く、その金はあったのかよって感じですよね、何やってんだかねぇ」
どうやらこいつが話すことは本当のようだ。
男は更に付け加えた。
「ちなみに、社員の半分が捜索班として国外行っちゃったようで。
ったく、俺も呼べって思うんだけどねぇ…」
待て、と言い聞かせる。
でも、そうしたら俺は、働き場が無いということか。
この俺が?
父に姉に喜んでもらい、盃を傾けたのに、あれは何だったのか。
無力さに打ちひしがれてそうになっていた時、後ろから、筋のような声が聞こえた。
「それ、どういうことなんですか」
二人して振り返ると、そこにはパンツスーツを着た女性が立っていた。
瑠璃色の髪をひっつめ、艶やかに光るパンプスが視界に映る。
猫目が一瞬こちらを見、鋭く流れた。
「入社できないということですか?」
大きな瞳がサラリーマンを捉える。
男は小さく頷き、俺にしたような説明をした。
女は黙って聞いていたが、刹那、瞳孔が大きく開く。
終わるとすぐ踵を返した。
「じゃあ、もう良いです。さようなら」
まるで別れ話だな、と思った。
ぼーっとどうしようかな、などと考える。俺なんもできねーや、金もねぇし。
その時、近くからひゅっと手を掴まれた。間もなくそれが先程の女性だとわかる。
ぎゅっと掴まれ、引き寄せた。
「貴方は、どこへ行くの?」
初めてしっかり目と目が合う。碧く澄んだ瞳だった。
同時に、小さく震えていることがわかる。そうか、こいつも怖いのか。
俺と同じで、無力なのか。
「…そういうお前は?」
口から出た言葉に自分でも驚く。お前、怖がってる女子になんて口聞いてんだ。
女は案の定口を尖らせた。しばらく目を伏せ、顔を上げると今度は腕を掴まれた。
「では、お昼時ですし食事に行きましょう。お話したいことがあります。
あ、お会計はよろしくおねがいしますね」
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