第6話 不朽の愛

「じゃあ、説明するね。」

小汚い居酒屋を進んでいくと、妙に手入れの効いてある畳の部屋があった。

狭いが居酒屋の雰囲気をすべて消していて、居心地が良さげな部屋だ。

通され、緑茶と茶菓子が運ばれてくる。啜っていると、楪が口を開いた。


「まず私とキョウちゃんは、とある仕事についているの。それがこのパンフレットに書いてある内容だよ。」

覗くと、

『株式会社 アガペエ』

と記されていた。

アガペエ…もといアガペーとはキリスト教の概念で、罪人に対して神が自己を犠牲にして愛を注ぐことだ。所謂「無償の愛」。昔、誰かから教わった。誰からかは憶えていないが。

「重要なところは仕事内容。これは口伝だからよーく、聞いてね」

楪はそう言うなり、声のボリュームを下げる。

俺と高麗川は耳を澄ませた。


「私達がするのは慈善活動、有償依頼及び何でも屋、一部の復讐代行サービス」

予想外の内容に面食らう。

一番に思ってしまったのは、給料やすそう、なんてこと。

言葉を出すことが出来ない俺に代わって高麗川が挙手した。


「いくつか聞きたいことがあるんだけれど」

なになに、と応える楪に一つ目、と一本指を折って問う。

「お給料はいくら?」


…おい、いくら何でもお前、それはがめつい。

一つ目の質問にそれは、がめついが過ぎる。

「うーん、私は高校生だし、お手伝いみたいな感じだからよくわかんないの。

キョウちゃんに聞けば分かるよ、後で聞こう」

「了解。二つ目」

うん、と頷く。


「慈善活動と復讐代行って、相反してないかしら?

私はそういうの、あまり明るくないけど」

「違うんだなぁ」

にこにこ…にやにやと、楪は笑う。

それは俺も思ったことだ。慈善活動がはゴミ拾いとか老人ホームでの読み聞かせとか、ボランティア性に特化したものだと思う。

それと有償依頼、況してや復讐代行とは。

「多分ね、私から説明してもよく分かんないと思うんだ。私も上手く説明できないっていうか…キョウちゃんもあの口下手じゃない、伝わらないよね。

でもここで働く可能性が少しでもあるなら知って欲しいんだ、私達の概念」


「おいお前ら、練り切り、いるか」

楪の話に刺すように声が飛んでくる。大男の声は練り切り、いるか、と聞こえた。

「キョウちゃん、今私が話してるんだけど、邪魔しないでもらえる?」

「んな堅ぇ話するんだったら茶菓子追加必要だろ。

飽きられて『すみません、もう帰っても…』がオチだろ」

この人、凄い声真似が上手い。今のは絶対俺の声だ。


「お前ら、黙ってねぇでさっさと答えろ。落雁もあるぞ」

…なんでそんなに菓子類があるんだよ。怖ぇよ。

お前が落雁食べてるの似合わなすぎだろ。…失礼だったな、ごめん。


「じゃあ、頂きます」「おうよ」

高麗川がすっと手をのばす。楊枝に刺された葛餅をパクっと口に入れた。

「おいお前、がっつくなって」

「…美味ひい」

「でしょでしょ!?蓮ちゃん見る目あるなぁ、うちの実家御用達なんだから!」

そして、楪は高麗川の耳元で囁く。


アガペエうちに入ったら、毎日食べれるよ?」


え、といった表情をする高麗川。俺は汚い、と思ってしまった。

こいつ、高麗川につけこんだ上、自分たちの財力をチラつかせている…!


「入…、り、」

「ちょ、ちょっと待てよお前」

俺は焦って高麗川に声をかける。

すると、口にきなこ餅を突っ込まれた。粉っぽいものが喉に広がる。むせた。


「入ればいいじゃねぇかよ、まだ若いんだから」

大男…キョウチャンが俺にヘッドロックする。離せ。

「だって、こんな怪しいところ、行くわけ無いじゃないですか…痛っ」

小突かれる。

大男は俺を見て笑った。


「ここ入ったらモテんぜ?」


俺たちは血印を押した。契約完了、ここで正式に働くことになる。

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Catharsis Chronicle. 水依凪音 @nao_mizuki16

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