第4話 新しい風

先程からずっと歩いている。

何も言わずに一列に並び、高麗川の後ろをついて歩いている。

かれこれ数十分。何もしないでただただ外を回っている。

一体なにをするのだろう。そんな期待や希望も失せ、やっとこいつは策がなくて暗中模索なことに気がついた。声をかける。

「ねぇお前、どこ行くか決めてんの」「…いや」


やっぱり、とため息をつく。かと言って俺も最善策は分からず、歩みは止めない。公園を抜け、路地裏へ回る。

「…散歩かよ」「うるっさいなぁ、ちょっと黙っててよ」

…あれ、こいつこんなに口悪いんだっけ。


少し薄暗い小道に入る。

寂れた居酒屋が一軒。リードに繋がれた柴犬が一匹。


「なぁ、高麗川」「はい?」

「疲れねぇ?食べたあとすぐに運動したら気持ち悪くなるって言うじゃん」

高麗川は口を噤む。しばらくして「仕方ないでしょう」と目を逸らした。


「別に貴方だって暇じゃない。職に就けなかったから全部終わり、お先真っ暗な私とは違って余裕綽々なのはわかってるけれど、協力くらいしてよね」

それは違う。うちの家だって別に裕福な家ではない。

リーマンの父と母似の姉、俺の3人家族。シングルファーザーだ。男手一つで育ててきた父は贅沢しているようには見えず、ただただ黙々とキーを叩いていることが印象に残っている。…実は、逆に父の仕事といえばそれしか覚えていない。


後ろから足音が聞こえてくる。

振り返ると大柄の男がこちらを向いて立っていた。

「誰だよ、お前ら」

はじめから、お前ら、かよ。愚痴を呟きながら瞬きせずに目を見る。

誰だろうか、ここの居酒屋から出てきたのだろうか。


脇から名刺が差し出される。

「すみません、『株式会社YASURAGI』の高麗川と申します。貴方は?」

急いで横から言った高麗川にぎょっとする。


まず、見ず知らずの人間に名前、言うかよ。

個人情報ダダ漏れだぞ、プライバシー大丈夫かよ。

あと株式会社YASURAGIってなんだよ。お前、内定無いんじゃなかったのかよ、何だよその良さそうな会社。お前、俺と一緒なんだよな。今更嘘とか、言わないよな。さっきの台詞、全部嘘だったってわけか?


男は顎を撫でながら名刺を眺め回す。無機質な明朝体を見た。

見直してみると、意外と精悍な体つきをしていた。若かりし頃はきっとモテていたんだろうな、などと考えてしまう。あまりじろじろ見るのも悪い気はするが。


「んー、聞いたことねぇな。そっちの坊主は?」

坊主ってなんだよ、俺髪剃ってねぇし修行もしてねぇよ。

思わず言う所を高麗川に制される。

思い切り足を踏みつけられ、顔が歪んだ。

…痛ぇ。


「僕は、初川と申します。」「会社は?」

俺と高麗川は顔を見合わせる。言って良いのか、これ。

「彼は会社が潰れてしまったんです。知り合いの私に連絡してきて、私と一緒に新たな仕事を探しているんですけど、中々無くって」


…おい、俺を可哀想な失業者っぽい感じで言うな、お前も同レベだろうが。

お前に連絡するほど頭悪くねーよ、話を盛るな。


「そりゃ、ここいらにはバイトの張り紙一つねぇもんなぁ。ご愁傷さま」

やめろ、二人揃って憐憫の目で見るな。


「ちょっと、初川落ち着いて。他の地区も行ってみようよ」

…こいつ、楽しんでやがる。

覚えてろ、と思いながらそっぽを向く。


「まぁまぁお二人さん方。ここで良い話が入ってるぜ」

機嫌を良くした男が声を潜める。

「ちょっと待ってな、イイ話持ってきてやるからよ」

そう言って居酒屋へと消えていく。

その背中をじっと見ながら、さあどうするか、と思う。

この怪しげな男についていくか、逃げて自分の手で仕事を見つけるか。


その前に、高麗川に真実を聞かないと。

「高麗川、さっきの会社、なんなんだよ。嘘?」

振り向いた高麗川はしっ、と唇に人差し指を当てる。

「嘘っていうか、ペーパーカンパニーなんだけどね。知り合いに使っていいよって言われて、困ったら出しときなって。こんな時に自分の名前言うのもどうかと思ったけど、ま、そこらへんはアバウトってことで。」


すると、居酒屋から人が出てきた。

あの男ではない。小さな女子だった。

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