カサネアワセ
冬の寒さと、五年分の寂しさを押し潰すように僕達は固く抱き合った。
背丈が同じくらいだからか、星良の擬似心臓は僕の心臓の位置とちょうどだ。お互いに鼓動が早い。きっとこんなときでも、異性と抱き合うことに子供みたいな緊張を感じているのだろう。彼女の鼓動を知って、僕の鼓動も早まる。それに呼応するように彼女の鼓動も加速する。お互いの波形が重ね合わさったような星良の波形は、電波は疎か東京中の電気をも吸収し始める。そうやって彼女のときめきが東京の街を覆い尽くした末、気づけば辺り一帯には真っ暗な闇が広がっていた。はは参ったな、これじゃ電気泥棒に格上げだ。
「ねえ、上見てよ」
彼女が嬉しそうに空を見上げる。そこには、東京の空とは思えないほどくっきりとした銀河が広がっていた。僕達は舌を巻いて、いつもと違う空をひたすらに眺める。
「東京でも、こんなに星は輝けるんだな」
「......ここから出たことがなかったから、知らなかった」
「そっか」
少し前のことを思い出した。
まだ父が東京に研究所を持つ前の頃、家族で田舎に住んでいた。僕は家の前の田んぼから見える満天の星空が大好きだった。東京に移り住んでからも、あの夢のような景色を忘れることなどない。この場所でもあの輝きを見れる日が来ると信じていたから。
希望の象徴として、逃亡場所にここを選んだんだ。彼女と運命を共にするための、出発点として十分だろう。
「このまま逃げきれたらさ、沢山星を見よう。もっと綺麗な場所を知ってるんだ。僕が前に住んでたところ」
「うんうん!見せてよ、八草くん」
嬉しそうに頷く彼女を見て、またいっそう愛おしくなる。
「私の星良って名前も、きっとその景色からとったんでしょう」
「ああ。なんなら僕が付けたんだ」
「そうなの!?」
彼女は驚いた表情でこちらを見つめる。僕は得意気に説明してあげた。
「広い世界で生きて欲しかったからね」
そう言うと、星良はさらに僕をきつく抱きしめた。ありがと、ありがと、なんて涙声で訴えながら。俺も一瞬だけギュッと力を入れて、すぐに解放してあげた。
星良の気持ちが落ち着いたからだろうか、周囲の明かりがぽつぽつと戻り始めた。
そこには、さっきまで聞こえなかったサイレンの音、赤く照らす光、銃声なども含まれる。
「八草くん、本当にありがとう。でも、魔法の時間はもう終わりみたい」
消え入るような涙声で、決心したように彼女は告げる。
「これで終わりになったとしてもね、どうってことないんだ。だって、こんなに自分を思ってくれる人がいたんだから。その思い出だけで、私はもう十分だよ」
僕は何も言えないまま、彼女は真っ直ぐにこちらを見つめて続ける。
「電波泥棒さん、あなたのことが大好きです。だから最後に、思い出を下さい」
サイレンが鳴り響く中、そんなものまるで関係ないかのように、二人は夢中で唇を重ね合わせた。その瞬間再び明かりが消えてくれたおかげで、星空の祝福のもとキスを交わすことができた。その偶然にお互い笑い合いながら、逃げ切れなかった僕達はもう一度愛を確かめる。
「さよなら」
耳元で聞こえたその言葉を、僕は聞かなかったことにした。
電波泥棒の夜。
──ときめきの波が東京を覆い尽くした夜のこと。
東京に似合わない満天の星空のもとで、僕はアンドロイドだった女の子に、恋をした。
電波泥棒の夜 名取 雨霧 @Ryu3SuiSo73um
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