第4話


「エリカ、恋でもしているの?」とナオミが聞くので、お茶会の参加者たちはみな、息をのんだ。


「今日はハレの月が誰だかわからないわ。」そう言って、ナオミがいたずらっぽく笑う。ナオミはときどきこのように砕けた話し方をする。貴族女性には、やや無作法にも思えるほどはっきりと、エリカがナオミよりも美しいと示唆しさしたのだ。みな、平静をよそおっているが、驚きのあまり次の言葉がでない。


 貴族の女の恋の相手は、貴族の女しかありえない。エリカは、そのような恋愛ごとには、今までまるで興味がなかった。


(でも。)ふとエリカは思った。


(ナオミの完璧に整った顔がゆがんでしまうようなことを、寝台の上でやったら、どんなに気持ちがいいだろう。)


「今日のように、一点の曇りもないハレの月は、間違いなくこのお屋敷の上だけを照らしているでしょう。」とエリカは言って、ナオミを見つめた。一番美しいのは、もちろん、この屋敷の主であるナオミだ。そうエリカは伝えた。エリカがこのように賛辞のことばをささげることは、初めてのことだった。


 ナオミは満足げにほほえむと、視線をそらした。



 エリカは妊娠した。成人して三年もの間、子どもに恵まれなかったので、子が生めない体なのだと、エリカはとうにあきらめていた。半年毎に従者が殺処分されることに胸を痛め、いつか社交界を追放され、仕える者はみな殺されてしまうのだと、確信していた。


「アラン。お前と、もう少し長くいられるのね。」とエリカが言うと、アランは満面の笑みを浮かべた。その顔を見て、(アランを、処刑になんてさせない。きっと私の手で殺してやろう。)とエリカは決心した。



 臨月間近のある夜、いつものように、エリカはアランを寝所に呼んだ。


(もう、潮時かもしれない。)とエリカは思った。子は、いつ生まれてもおかしくない。時期を逃せば、アランは処刑されてしまう。


「ねえ、アラン。私は、今日、お前を殺そうと思うの。」


 寝台に二人で横たわり、エリカがそう言うと、アランの顔がパッと輝いた。そのあとすぐに、哀しみに満ちた顔になり、アランはゆっくり首を横にふった。


「エリカ様のお腹のお子にさわります。」


「いいえ、アラン。この子が男でも女でも、どうせ幸せにはならないんですもの。」とエリカが言うと、アランの顔が蒼白になる。


「そのようなこと。」忠言をしそうになった従者の口を、エリカはふさいだ。


 アランがしゃべらなくなったことを確認してから、エリカはアランの上にまたがった。そっと首に手をかける。力をこめても、苦しくない。痛さも感じない。多幸感で声をあげてしまいそうだ。


 アランの呼吸がだんだん静かになっていくのを、エリカはよろこびにふるえながら感じる。この時間を、できるだけ引き伸ばしてあげたいと思う。


(愛する人から殺されるなんて、アランはなんて幸運なんだろう。)とエリカは思った。アランの痛みを自分の痛みとして感じることができるのと同じに、アランを殺すことで、自分も死ねたらどんなにいいか。


 そこまで考えて、エリカは衝動的に手に力をこめた。アランの首がミシリと音を立てて折れる。自分の寝台の中で息絶えてしまった男を見て、エリカは眉根まゆねをよせた。


(この男と一緒に死ぬですって? なにをバカなことを。)エリカにはもう、アランに恋をしていた自分がまったく思い出せなかった。


 召使いたちを呼んで、部屋を片付けさせる。湯浴みをして、着替えることにした。


 湯浴みのあと、エリカの髪をととのえていた召使いの女が、鏡ごしにエリカを見ている。エリカは不機嫌な顔でその女をにらむ。


「申し訳ございません。ご主人様が、あまりに美しかったものですから、つい見とれてしまったのでございます。」と召使いはびた。


 家中の者を、厳しくしつけ直さなければならないと、エリカはうんざりしながら思う。しかし、鏡に映る自分を見て思い直した。召使いの女が見とれるのも無理はない。ぞっとするほど美しい女がそこに映っていた。


 鏡の中のエリカは、ナオミと同じ顔をしていた。


(終)

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【完結】愛することと、死ぬことは同じ かしこまりこ @onestory

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