第4話
「エリカ、恋でもしているの?」とナオミが聞くので、お茶会の参加者たちはみな、息をのんだ。
「今日はハレの月が誰だかわからないわ。」そう言って、ナオミがいたずらっぽく笑う。ナオミはときどきこのように砕けた話し方をする。貴族女性には、やや無作法にも思えるほどはっきりと、エリカがナオミよりも美しいと
貴族の女の恋の相手は、貴族の女しかありえない。エリカは、そのような恋愛ごとには、今までまるで興味がなかった。
(でも。)ふとエリカは思った。
(ナオミの完璧に整った顔が
「今日のように、一点の曇りもないハレの月は、間違いなくこのお屋敷の上だけを照らしているでしょう。」とエリカは言って、ナオミを見つめた。一番美しいのは、もちろん、この屋敷の主であるナオミだ。そうエリカは伝えた。エリカがこのように賛辞のことばを
ナオミは満足げにほほえむと、視線をそらした。
*
エリカは妊娠した。成人して三年もの間、子どもに恵まれなかったので、子が生めない体なのだと、エリカはとうにあきらめていた。半年毎に従者が殺処分されることに胸を痛め、いつか社交界を追放され、仕える者はみな殺されてしまうのだと、確信していた。
「アラン。お前と、もう少し長くいられるのね。」とエリカが言うと、アランは満面の笑みを浮かべた。その顔を見て、(アランを、処刑になんてさせない。きっと私の手で殺してやろう。)とエリカは決心した。
*
臨月間近のある夜、いつものように、エリカはアランを寝所に呼んだ。
(もう、潮時かもしれない。)とエリカは思った。子は、いつ生まれてもおかしくない。時期を逃せば、アランは処刑されてしまう。
「ねえ、アラン。私は、今日、お前を殺そうと思うの。」
寝台に二人で横たわり、エリカがそう言うと、アランの顔がパッと輝いた。そのあとすぐに、哀しみに満ちた顔になり、アランはゆっくり首を横にふった。
「エリカ様のお腹のお子にさわります。」
「いいえ、アラン。この子が男でも女でも、どうせ幸せにはならないんですもの。」とエリカが言うと、アランの顔が蒼白になる。
「そのようなこと。」忠言をしそうになった従者の口を、エリカはふさいだ。
アランがしゃべらなくなったことを確認してから、エリカはアランの上にまたがった。そっと首に手をかける。力をこめても、苦しくない。痛さも感じない。多幸感で声をあげてしまいそうだ。
アランの呼吸がだんだん静かになっていくのを、エリカは
(愛する人から殺されるなんて、アランはなんて幸運なんだろう。)とエリカは思った。アランの痛みを自分の痛みとして感じることができるのと同じに、アランを殺すことで、自分も死ねたらどんなにいいか。
そこまで考えて、エリカは衝動的に手に力をこめた。アランの首がミシリと音を立てて折れる。自分の寝台の中で息絶えてしまった男を見て、エリカは
(この男と一緒に死ぬですって? なにをバカなことを。)エリカにはもう、アランに恋をしていた自分がまったく思い出せなかった。
召使いたちを呼んで、部屋を片付けさせる。湯浴みをして、着替えることにした。
湯浴みのあと、エリカの髪をととのえていた召使いの女が、鏡ごしにエリカを見ている。エリカは不機嫌な顔でその女をにらむ。
「申し訳ございません。ご主人様が、あまりに美しかったものですから、つい見とれてしまったのでございます。」と召使いは
家中の者を、厳しくしつけ直さなければならないと、エリカはうんざりしながら思う。しかし、鏡に映る自分を見て思い直した。召使いの女が見とれるのも無理はない。ぞっとするほど美しい女がそこに映っていた。
鏡の中のエリカは、ナオミと同じ顔をしていた。
(終)
【完結】愛することと、死ぬことは同じ かしこまりこ @onestory
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