04 推論は根拠に勝る?

 あれから、俺と白澤は古道の父親について知恵の木を駆使して、徹底的に調べ上げ、一つの結論を導き出した。同時に、古道の心境がどのように変化しているのか確認する為、再び古道宅に足を運ぶこととなった。


「あれ?今日はあの女の子はいないの?」

「今回はちょっと別行動なんです」

「ふーん」


 白澤がいないことを気にする古道。もしかして、案外白澤のことが気に入ってるのでは?そんなことを思いながら話に入る。


「まず初めに、心境はどうでしょうか?」

「うーん、転生なんて初めてだから、まだ悩んでる。ただ、7対3くらいで転生してみたいとは思っているかな。この世界での転職活動が厳しいことと、両親も恋人もいないし、独り身だから転生するメリットはある。異世界で新しく人生を始めてみたい」


「急ぎませんのでごゆっくり検討ください。念の為、転生についてご案内します。転生する場合、転生準備のため、1か月ほどお時間を頂きます。その間は、この世界をどうぞお楽しみください。また、私たち2人も転生に同行し、向こうの転生エージェントまでご案内いたしましたら、私たちはそこまでです。その後の転職活動につきましても、向こうのエージェントがしっかりサポートしてくれるようになっております」


「ちなみに、転生先の住む場所とかはどうなってるの?」

「その点も、初めのうちは転生者施設にて居住が可能です。ただし、居住条件としまして、転職活動をしっかり行っているかが重要です。もし、転職活動を行っていない場合は、恐れ入りますが、居住は出来ません。また、居住期間も1年以内となっているため、1年以内には職を見つけていただきます」

「失業保険みたいだな」

「それと、転生にかかるお支払いですが、転生される時点の全財産を頂く形となっております」

「その点は、ちょっと腰が引けるなー」

「転生という非常に珍しい仕事を扱っているもので。その代わり、転生後の生活面につきましては、勿論サポートいたしますので心配はございません」

「まぁ、そういうことなら」


「その他注意事項ですが、転生は何度もできるものではございません。基本的には今後の転生は受け付けられません。さらに、情報漏洩を避けるため、就職先が決まった際には、転生エージェントについての記憶は消させていただきます」

「それはパンフレットに書かれていたから大丈夫。記憶を消す魔法が掛かった薬を飲むんでしょ?」

「そうですね。それと念のため、転生は私物を異世界に持ち込むことは一切できませんので、その点ご了承ください」

「…………」


 しばし沈黙が訪れる。


「大丈夫ですか?」

「えっ?あーいえ、なんでもありません」

「一応お話ししますが、転生とは新たな生を授かる訳ですから、当然こちらの世界では死亡扱いです。私物は責任をもって転生エージェントが廃棄しますが、何か持っていきたいものでもありましたか?」

「そっ、それは……まぁ、出来ればの話」

「残念ながらそれは難しいです。転生できるのは魂の宿った肉体だけですから」

「そっ、そう……そうだよなー」


 心底残念そうに俯く古道に対して、俺は唐突な話しを切り出してみた。


「そういえば、転生とは関係ありませんが、一つ教えてほしいことがあるんですが、お聞きしても?」

「何かな?」

「古道さんは音楽がお好きなんですよね?何故転職先に音楽系の企業を選ばなかったんですか?」

「え?」


 何の脈絡もない素朴な質問のだが、古道の顔色が明らかに変わった。


「……別に、意味はない」

「本当でしょうか?」

「趣味の範疇で音楽が好きなだけだ。仕事と趣味は切り離したいし……」

「んー」

「言いたいことがあるならはっきり言えよ」

「音楽系の仕事に挑戦する気はないですか?」

「は?」

「実は、こんな話が届いておりまして、1社ほど古道さんに興味を持たれている企業があるんです。会社名は株式会社ミュージックアワーというんですが」

「なに!?」


これまでにない大声に一瞬驚いてしまったが、すぐに平静を取り戻す。


「その会社って……俺の親父が勤めていた会社じゃないか」

「ええ、実は先日訪問いたしまして、いろいろお話を聞いてきたんです。そしたら、古道さんと是非お話したいと仰っておりまして」


 白々しいセリフを吐く俺を、古道は動揺した様子で一切見ようとしない。


「単刀直入にお聞きします。もしかして古道さんは、敢えて音楽関連の仕事を避けているのでは?」

「!?」

「例えば、お父様が亡くなられたことが理由とか?」

「っ、あんな奴関係ない!」


 あんな奴。この言葉使いからも、間違いなく古道は父親を良く思っていない。もう少しつっかけてみよう。


「先日、古道さんが幼い時、よく訪れたというギター専門店に行きまして、店主さんからお聞きしましたよ。父親の敏彦さんに憧れて、音楽系の仕事をしたいと」

「憧れ?ギターを捨てたあんな奴のこと、憧れるわけがないだろ!」

「それは興味深い話ですね」

「あっ……」

「ギターを捨てたとは?」

「…………」


 沈黙が続く。どれくらい時間がたっただろう。俯いたままの古道は、何かを言おうとしてはやめてを繰り返すばかりで、一向に話さない。対して、俺は古道から目線を逸らさず、彼自身が話すことを待っていた。そうして、ようやく震える口が開いた。


「……父は、株式会社ミュージックアワーで働いていた。主にライブの設営や販売グッズの発注まで、アーティストを支える仕事をしていたと思う。ただ、父はギターが上手かったから、たまにステージに呼ばれて助っ人のギター弾きもやっていて、楽しそうに仕事をしていたことをよく覚えているよ」


 ゆっくりと言葉を選ぶように語る古道は、常に険しい表情を浮かべながらも、どこか懐かしむような口調で語り出した。


「父は、ギターを愛していた。それも超がつくくらい。家じゃ、毎日毎日暇を見つけては、初めて父が買ったっていう思い出のアコースティックギターを弾いていたな。僕も母も父のギターを聴くことが好きでね、正直かっこよかった。あれ、僕の父さんなんだぜって自慢したくなるくらい上手くてさ、そんな父さんにギターを教わってることが嬉しくてさ、ギターを始めるきっかけになったんだ。でも、ある時から、ステージに立たなくなった。助っ人だってことは分かってる。けれど、極端に僕をライブに連れて行くことを拒み始めたんだ。理由を聞いても、父さんは何も教えてくれなくて、あの頃から仕事の話をしなくなった。ギターも以前ほど弾かなくなって、僕も母もずっと心配していた。それでさ、僕が小4くらいの時かな?右でギターを弾いてる父を家で見たんだ。当然、どうして右で弾いてるのか聞くじゃん?そしたら、『これからは右だ!右の時代だ』なんて言うから、呆れてしまって『左じゃない父さんなんてカッコよくない』って、言っちまったんだ。何でかな?言った後、言っちゃいけない言葉のような気がしてさ、幼かった僕には、何故か悲しそうな父の顔を見つめることしかできなかったんだ。あれから、父は僕と母さんを置いて自殺してしまった。何で?どうして?そんなことしか考えられなくて、頭の中ぐちゃぐちゃだよ。葬式が終わる頃には涙も枯れて、いろんな人が話しに来てくれたけど、何を言っているのか一切聞こえなかった。分からない。分からないことだらけだ。何で、僕と母さんをこんなに泣かせるんだよ!ふざけるな!いつしか、そんな感情ばかりが募って、父さんを恨むようになってしまったんだ」


 俺はようやく理解した。古道が転職を諦めない理由。どんなに辛くても哀れでも、這いつくばって生き抜いてきた本当の理由。古道は……


「ギターを捨て、家族を捨て、母を悲しませたあいつのように、自ら命を絶つことだけはしたくなかった」


 どんなに仕事が合わなくても、生きることが難しくても、耐えて耐えて諦めなかった。それならば、俺が言ってやれることはひとつだ。


「でも、あなたは今逃げようとしています」

「っ………」

「転職の兆しが無いと決めつけて、逃げることを肯定しようとしていませんか?」

「そっ、そんなことは無い!」

「じゃあ、この案件をお受けしますよね?」

「そ、れは……」

「喉から手が出るほど欲しかった転職先が、今、目の前にぶら下がっていると言うのに、何故拒むんです?」

「怖いんだよ!!なぁ、教えてくれよ!何でも知ってるんだろ?父さんは何で自殺したんだ?母さんの言う通り、仕事が原因なのか?本当にギターが嫌いになっちまったのか?僕も……父さんみたいにギターが嫌いになってしまうのかな?僕は、音楽を労働としてやっていけるのかな?」

「それが、拒んでいた理由ですか?」

「何度も思ったよ!音楽関係の仕事なら続けられるんじゃないかって。でも、一度失ってしまった憧れを取り戻すことは出来なかった……笑ってくれよ、逃げてばかりだなって」


 彼の人生には、父親の死が常に付き纏っていて、趣味と仕事は別物として切り離すべきという、強く悪いイメージが彼の中にこびりついてしまったのだと思う。だからこそ話してあげなければならない。


「……古道さん、私はあなたのお父さんが何故亡くなってしまったのか、一つの結論を出しました。ですが、今からお話しすることが真実とは限りません。それでも、お話を聞いていただけますでしょうか?」

「?」

「その前に一つだけ。敏彦さんが亡くなる直前、病院に通われていませんでしたか?」

「病院?」

「ええ」

「……たっ、たしかに、そこまで頻度は無かったけど、月に何回かは。でも、ギター仲間のお見舞いだって……」

「敏彦さんは、あなたのお父さんは、ある病気を患っていた可能性があります」

「は?」

「局所性ジストニア。古道さんならわかりますよね?自分の意志に反して体が動いたり、思ったように動かせなかったり。ギターを弾くことが大好きだった敏彦さんには、かなり苦しい病気です」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。ジストニア?父さんが?何を根拠に」

「本当にジストニアだったかどうかは、現在白澤が調べています。私が聞いたのは人伝なんですが、株式会社ミュージックアワーに訪れたとお話ししましたよね?色々当時のことを聞きましたよ。敏彦さんと同僚だった方が、それはもう嬉しそうに話してくれましたのでね―――」


 

 時間は数日遡る。


「お忙しいところ、突然ご連絡してしまい申し訳ございません。私、転生エージェントの四島と申します」

「いえいえ、別に構いませんよ。申し遅れました。私、稲葉と言います。敏彦君について聞きたいことがあると聞いておりますが?」


 株式会社ミュージックアワーの現人事部長である稲葉は、何とも朗らかな笑顔が特徴的な男性である。古道敏彦とは、仕事の関係とは言え、プライベートでもよく会うほど仲が良かったという。


「ええ、実は古道さんの息子さんと私は古くからの友人でして……」

「もしかして晶哉君?懐かしいね!よくお父さんに連れられて来ていたよ。ギターもお父さん並みにセンスがあったな~」

「それで、仕事柄晶哉君の転職活動をサポートしているんですが、彼には音楽関係の仕事が向いていると考えているんです。そこで、敏彦さんが勤務されていた御社とお話ししたく、今回はお伺いに参りました」

「なるほど、そういうことでしたら是非前向きに検討したいです。近々定年退職を迎える社員がおりまして、実は人員の補充をしたいと思っていたところなんです」

「ただ、転職に対する恐怖心を抱えていて、なかなか踏み出す勇気が出ないみたいなんです」

「それはまた……理由をお聞きしても?」

「どうやら、敏彦さんのことで思うところがあるようで」

「なるほどね。私なんかの話が役に立てばいいですが……」

「ありがとうございます。それでは1つ目に、敏彦さんが亡くなられる前、何か変わったことはありませんでしたか?」

「そうだなぁ~あったといえばあったかな?彼はレフティだったんだけど、ある日を境に右でギターを弾くようになったんだよ」

「それはそれは、またおかしな話ですね。野球でいうスイッチヒッターみたいな?」

「そうそう!そんな感じ!」

「実は、晶哉君からも似たようなことをお聞きしましたが、そんなことが可能なんですか?」

「不可能ではないでしょ。難しいとは思うけど、練習次第では出来る人もいる」

「でも、何故そんなことを始めたのでしょうか?」

「それは……四島さんは、ジストニアって知っているかい?」

「ええ……一応」

「ギターを弾く人にとっては結構致命的な病気なんだ。意志に反して勝手に指が動いたり、逆に動かなくなったりする。右利きに変えた理由をしつこく聞いたら教えてくれたよ。指先が時々思うように動かなくなるって。右に変更してからも、笑ってごまかしていたけど、何かと辛かっただろうな」

「つまり、敏彦さんはジストニアを発症してしまい、左でギターを弾けなくなった。右利きに変更してみたものの、思うように弾くことが出来ず、精神的に追い込まれ、自殺の道を辿ってしまったと?」

「今の話を聞いたら、そう思われても仕方がないかもね。でも、その考えは大きな間違いだ」

「えっ?」

「敏彦君は、諦めていなかった。絶対ステージに戻ってやると毎日息巻いていた。私が知っている敏彦君がその程度の障害でギターを諦めるはずがない。徐々に右でも弾けるようになってきていたし、あんなに努力していた人が自殺なんておかしいよ」

「なるほど」

「彼は決めたことは必ず実現させないと気が済まないタイプだったし、酒の席でも常にギターの話ばかりでさ、『諦めない!これからは右の時代だ!』っていつも聞かされていたくらいだ」

「それでも晶哉君は、敏彦さんが自殺したと思い込み、恨んでいます。何故そんな大切な話を晶哉君に伝えなかったんですか?お葬式とか伝える機会は沢山あったでしょう」

「……そうか、そうだね。言ってあげるべきだった。当時の私は、ものすごくショックを受けていて、冷静に受け止めることが出来なかった。あり得ないなんて思っていても、実際に敏彦君が何を思っていたのかは分からない。だから、ご家族に伝える勇気が……私にはなかった。本当にすまないと思っているよ―――」



「父さんは、自殺じゃなかった?」

「敏彦さんは、右で弾けるように相当練習していたそうです。右利き用のギターがこの家に増えていったのも、それが理由ではないかと考えられます」

「じゃあ、電車に轢かれたって言うのは?」


 確かに、そこが一番の問題点だ。自殺を否定するための根拠が足りない。何度か知恵の木で確認してみたり、佐伯リーダーと話し合ってみたが、死因は相変わらず事故死と主張された。いくら知恵の木が結論を示していたとしても、古道敏彦の感情も、そこに行きつくまでの過程が分からない。所詮推論では、古道晶哉の気持ちを動かせない。何か、何か見落としていないか?頭をどう捻っても根拠が遠い。ダメだ……精神論だけでは、この辺が潮時か……


「諦めるのは早いよ、先輩!」

「え?」


 顔を上げると、別行動をとっていたはずの白澤が、当たり前のように古道宅に上がり込んでいた。思ったよりも早くて驚いたが……何その自信に満ち溢れた表情。あるのか?根拠が。ついに根拠を見つけたのか!


「白澤!お前……まさか、こんk―――」

「根拠なんてクソくらえ!」

「…………………は?」

「根拠なんてないよ!でもそんなことはどうだっていい!必要なのは、敏彦さんを信じる気持ちよ」

「お前さぁ……」


 白澤渾身の一言は、俺を放心させるには十分だった。今の流れは根拠がある流れだっただろ!それをぶち壊しやがってぇぇぇぇぇ!


「とりあえず聞けい!先輩に言われた通り、敏彦さんが病院に通っていたかどうか調べてみたんだけど、結論から言えばビンゴ。ご丁寧に診察を受けていた医師の情報も載っていたから、突貫して当時の話を聞いてきたよ!ねぇ、聞きたい?聞きたいでしょ?聞きたいって顔してるわ~」


 意気揚々と話す白澤を呆れながら見つめる。


「とはいっても、重要な所は先輩が全部言っちゃったわけで、同じようなことを医師の方に口酸っぱく言っていたみたい。ただ、実際のところ、あなたのお父さんがどう思っていたのかはわからないし、自殺を否定する根拠はない。ミュージックアワーの話を全て鵜呑みにするのも、都合のいい解釈をしたいだけかも。それでも、私は敏彦さんの言葉を否定したくない!」

「……」

「ここにあるギター達は、あなたにとって思い出のギターなんでしょ?捨ててしまっていいの?」

「っ…………」


「私、あなたにずっと謝りたかった。何の事情も知らないのに説教じみたことを言ってしまって本当にごめんなさい。でもこれだけは言わせてください。折角やってみたいと思える仕事があるんですから、経験する前に諦めるのは勿体ないです。それに、お父さんがやっていた仕事を晶哉さん自身が体験して、晶哉さんなりに答えを見つけてみるというのはどうでしょうか?」

「でも、もし逃げ出したくなったら?大好きなギターが嫌いになったら?」


「そしたら、またご相談ください!転生するもいいですし、別の好きなことを見つけるもよし。何度でも私たちエージェントはサポートしますから!でも、これだけは言える。好きなものを嫌いになるのは、一生懸命悩むから。好きだから悩むし、好きじゃなきゃ苦しまないよ。私は、好きなものというのは嫌いになって初めて好きななものとして確立するんだと思う!そんなに悩むくらい音楽が好きなら、きっと大丈夫!」


 根拠なんてクソくらえ!清々しいまでの白澤の表情は、何故か頼もしく見えた。結局のところ古道敏彦という男が亡くなった理由は分からない。事故死だったのか、それとも自殺だったのか。ただ、そんな事実よりも重要なのは古道晶哉が今後の人生をどう生きるかである。


「ああ、そうだ。最後に、渡したいものがあるんです。白澤、持ってきてるか?」

「勿論!じゃじゃーん!」

「それって!?父さんが良く弾いて見せてくれたアコースティックギターじゃないか!捨てたって言っていたのに……どこでそれを?」

「ギター専門店ですよ。亡くなる前、敏彦さんが店主さんに渡しに来たそうです。大切に弾いてくれる人に渡してほしいと」

「そうだったんだ……」

「ただ、店主さんが、私に譲ってくれたんですが、どうもこのギターを幸せにしてやれる自信が私には無くて……よかったらもらってくれませんか?」

「っ!?でっ、でも……」

「でもじゃないの!ここは受け取る流れなんだから、ほら!ちゃんと受け取る」


 白澤が強引に古道にアコースティックギターを手渡す。渋々アコースティックギターを受け取る古道だったが、受け取ってすぐ表情が柔らかくなった。


「懐かしい重さだ。ここの傷、俺がつけちゃって、父さんめちゃ怒ってさ……おかえり、父さん。酷いこと沢山言ってごめん……ありがとう」


 古道は笑っていた。ギターを抱きしめながら、嬉しそうに。その日の夕方、とある一戸建ての家に、アコースティックギターの優しい音色が鳴り響くのであった。


 

 話し合いから数日、古道から『一度、挑戦してみる』との返事を受けた。すでに株式会社ミュージックアワーと面接も行っているみたいで、まず間違いなく内定をもらえるだろう。


「あーあ、転生させられなかったね~」

「お前がそれ言うなよ。転生させようと思えばさせられたのにな~」

「先輩こそ、途中からノリノリで阻止してたじゃない」

「方針を決めた以上、やれることはやるよ。はぁ……お前といると疲れる」

「もう、素直じゃないんだから。あっ、一つ教えてほしいことがあるんだけど」

「ん?なに?」

「敏彦さんが、あのアコギだけ店主に渡したのは何で?他のギターのように、古道に渡せばよかったのに」

「あー、それはな———」



「おやおや?急いで戻ってきてどうしたんだい?」

「聞きたいことがありまして……」

「?」

「店主さんはさっき、敏彦さんが何も言わないままいなくなったと言っていましたが、それは本当ですか?」

「それはどういう意味かな?」

「敏彦さんがこのギターを渡しに来た時、少なくとも何か話されたのでは?」

「たいしたことは話してないよ」

「質問を変えます。もしかして敏彦さんは右利き用のギターをこの店で購入していたのでは?」

「それがどうかしたのかね?」

「古くから親しい間柄なら、敏彦さんがギターを渡しに来たことも、右利き用のギターを購入することにも疑問を持ち、なおかつ聞き出すこともできたのでは?何か知っていることがあるならば、教えてくれませんか?」

「……それを知って、君はどうするつもりかな?」

「晶哉君を後悔させないため、ただそれだけです」

「……分かった。質問に答えよう。ただ、君の話を先に聞きたい。君はどう思っているんだい?」


「晶哉君の家には、右利き用のギターが、いくつか置いてあります。親子揃ってレフティなのに、なぜ右利き用のギターがあるのか、晶哉君に聞いてみたんです。なんでも『時代は右だ!』って敏彦さんが突然言い出したらしいですが、右を練習する必要性が僕にはわからなかった。どうしても違和感が抜けないんです。それに、病気で左右を変えるとか意味深な事を言っていましたよね?……何故あんな事を言ったのだろう?これは私の勝手な推測ですが……」



「なるほど。よくそれだけの情報でここまでたどり着いたね」

「えっと、つまり?」

「少しあやふやだが、だいたい君の推測通りということだよ。実のところを言うと、あいつが左で弾けないことは、あいつ本人から聞いていた。露骨なものだから聞いてみたんだよ。そしたら、苦笑いしながら局所性ジストニアだって言ったんだ」

「それは、病気か何かですか?」

「敏彦の場合、指が思うように動かなくなったり、勝手に動いたりする病気なんだ」

「それで、弾けなくなったこのアコースティックギターを渡しに来たと?」

「まあ、そうだね。このアコースティックギターはあいつが初めて買ったギターだし、晶哉君との思い出が詰まったギターだから、手放すのは相当辛そうだったけど」

「でも、そんなに大切なギターを手放すには、理由が弱いと思いますが」


「左で弾けない未練を断ち切りたかったから。あいつにとってレフティとは、大好きな晶哉君との共通点だからな。左で弾くことにちゃんと意味を持っていたんだ。他のギターならまだしも、このギターがそばにあると、左で弾けないことを悔やんでしまうから……寂しそうに笑っていたよ」


「これまでの話を踏まえてお聞きいたします。店主さんは、敏彦さんは自殺ではないと思っていますか?」

「当り前さ!あいつは自殺なんてしない。敏彦にはギターよりも好きなものがあったからな!」

「と、言いますと?」

「家族だよ。あいつはギターが大好きだけど、晶哉君や由美子さんとの時間が何よりも大好きだったから。だから、家族を置いて、あいつが自殺するわけがないんだ」

「それが聞けて良かった……あの、最後に、何故このギターを俺に?」


「本当は……晶哉君が来店した時にでも返そうと思っていた。でも、私が渡したいのは、ギターを弾いてくれる晶哉君なんだ。残念ながら、あれから晶哉君がこの店にも来ることはなかったし、ギターを弾いているのかすら分からない。その上、君から晶哉君がギターを弾かなくなったと聞いて、今の晶哉君にこのギターを渡すことは、敏彦との約束に反してしまうからね。けれど不思議なことに、君なら晶哉君を変えてくれるかもしれないとすぐに直感した」

「私はそこまでお人好しではないですよ」

「昔から、結構人を見る目はあると思っているんだかね」

「……とりあえず、やれることはやってみますよ」



「そんな話をしていたんだ」

「まあな」

「でも、あの店主もそんな大事な話を何で隠していたのかな?」

「そりゃあ、見ず知らずの俺たちに、べらべら詳しく話す方がおかしいだろ」

「それもそっか。それにしても、いきなり電車降りて行ったときは驚いちゃった。あの先輩が一生懸命走っていくのが面白すぎてw」

「笑うな!」

「だって、めんどくさがり屋の先輩がwそんなことします?wしかもわざわざ走ってw」

「お前だって古道に謝ってた時、いつものタメ口どこ行ったよw」

「なっ!?私だって謝る時くらい敬語になるの!」

「まったく、少しはそういうところ直せよ」

「私はこれでいいの!そんなことより、先輩が協力してくれて私は嬉しかったよ?私ひとりじゃ、今回のことは解決できなかったと思うから……その、ありがと///」


「感謝なんて必要ない。少しは参考になった」

「はい?」

「今回の案件、何で俺はお前に任せたと思う?」

「それは、私たちの評判が悪くなることを避けたかったからでしょ?」

「表向きはな?本当の理由は、白澤のように誰かのために働いて、何が得られるのか知りたかったからだ。どんな気持ちになるのかなって。でもさ?やっぱり何も感じられなかったよ」

「うーん、私から見れば、先輩めちゃくちゃ頑張っていたように見えたけどな~あれこれ走り回って、ちゃんとエージェントしてたと思うけど?電車から降りて走っていった先輩は偽物なの?」

「ああするのが正解なんだろうなって思った」

「どういうこと?」

「良心を持った人ならこうするだろうなって思っただけなんだ。でも心の底では、どうでもいいと思ってしまっている。仕事だからな。やらなければならないことはやるさ。けれど、これが仕事じゃなかったとしたら、俺はきっと見て見ぬふりして終わるんだろうな」

「……」

「お前はすごいよ」

「え?」

「心のまま、まっすぐに取り繕うことなく行動できる。俺にはないものだ」

「……嘘ばっかり」

「は?」

「さっきから先輩の言うことは嘘ばっかり!何で嘘つくかな?」

「嘘をついた覚えはないんだが……」

「いいえ!そもそも、今の先輩自体が偽物よ!」

「酷い言われようだ」

「先輩がどんなに冷たく取り繕ったとしても無駄よ!私の目はごまかせないんだから!」

「お前、さっきから何が言いたいn―――」

「決めたわ!!」

「……なっ、何を決められたのでしょうか?」

「こんな先輩を放ってはおけない!明日から私は、面倒くさがり屋で、へそ曲がりで、大嘘つきな先輩を矯正することにやりがいを感じることにするわ!この私から逃げられると思うなよ!」


 白澤は、そう言い放った途端、走ってオフィスを出て行ってしまった。そして、誰もいないオフィスに一人取り残された俺は率直に思った。


『やっぱ白澤って分かんねぇわ』と―――


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転生エージェント 星の影 @cozmic1115

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