03 仕事は基本面倒だ
「それで?何かいい方法は見つかったのか?」
古道との話し合いから数日、白澤から『話をしよう』と声をかけられたので、近くのカフェで話し合うこととなった。
転生エージェントは、土曜日は出勤日のため、日曜日と月曜日が休日となる。あの日から、日月を挟んだことで、互いに考える時間を少しばかり得た。考えはしたものの、結局俺の考えは変わらない。いや、嘘をついた。大変申し訳ないが、勤務時間外に仕事のことを考えることはあり得ないので、殆ど考えていない。
「先輩を説得する口実を用意してきたよ!」
「……聞こうか」
「まず、私の考えは変わりません。今の彼を転生させることに断固反対します」
「話を整理するために聞くぞ?何故転生に反対する?」
「古道の根っこが変わらない以上、世界を変えても意味がないと思うから」
「転生をサポートすることが俺たちの仕事だ。にも関わらず、転生させないという矛盾は?」
「転生させることだけが、エージェントの仕事ではないから」
「なら、転生を否定して、俺たちに何の利益がある?」
「達成感とやりがいを得られる」
「俺には必要のないメリットだ」
話は開口一番から平行線で、どちらも考えを曲げない。
「自分のメリットより、他人のメリットを優先するのが普通でしょ!」
「逆だね。自分のメリットのために働く」
「そう……あくまで考え方を変えないと?」
俺は首を縦に振る。
「ならば、転生させることで、私たちにデメリットがあるとしたらどうよ?」
「デメリット?」
「私たちが手掛けた転生者が、まったく使い物にならないとなれば、私たちの評価は落ちる。転生させるだけさせて、後のことは他人事。無責任エージェントのレッテルを張られることになるけれど、それでもいいの?」
「そう来たか……」
確かにこれはあまりよろしくない。俺自身はどう思われようと構わないが、それで仕事を受注できなくなったり、エージェントリーダーに呼び出されるのも非常に面倒だ。だがしかし、俺は考える。正直、古道がどうなろうがどっちでもいいのだ。転生をするというのであれば応援するし、しないのであれば頑張ってくださいと手を振るだけ。俺はあっさり物事が進むようにしたいだけなのである。
「やっぱり無理だわ。あの人、相当面倒くさいし、いちいち関わっていたら時間の無駄だ。それに、その後の他人の人生に責任を持てという方が無理な話だ」
「くっ、手強い……ならば、時間をかけずに彼の考え方を変えられれば文句ないよね?」
「そんな素敵な話があるとは思えないが」
「これから探すの!」
「無理だと思うがな~」
「なら!先輩が折れてくれたら、何でも言うことを聞くわ!これならどうよ!」
「はぁ……またそれか」
「へ?」
「何で自分を犠牲にしてまで、他人の為を想う?」
「それは、だって、エージェントだからよ。私はこの仕事に誇りとやりがいを持っているつもり。苦しむ人の支えになってあげたい!転生という私たちにしかできない方法で、一人でも多くの人を支えてあげたいと思うから……」
「仕事場に感情なんていらない。所詮仕事の関係だろ。転生候補者もそうだし、自分の上司とも自分が困らないようにある程度の距離感を保つことが、働く上で大切なことだと俺は思うけどな」
「……なら、私と先輩もそういう関係なの?」
今にも泣きだしそうに俯く彼女を見て、俺は言葉を止めた。白澤は異世界の人である。日本のストレス社会にはあまり馴染みがない。ベスティアという世界にも、勿論労働はあるし、あっちはあっちの不満や問題があるのかも知れない。ただ、俺が見たベスティアは、人と人の繋がりを重んじる、やさしさであふれた世界だった。どうしてそこまで親切なのか不思議なくらい、まるで魔法にかかっているかのような温かい時間が流れている。そんな世界で育った彼女だからこそ、こうした日本社会に蔓延る悲しい現実を受け入れたくないのだろう。
「あー、まあ、その~……俺たちは何だろうな?とりあえず先輩後輩の関係にしておくか」
「結局仕事の関係じゃない!」
「なんだ?嫌なのか?」
「嫌よ!」
「まぁ、お前はそのままでいてくれ」
「どういう意味よ?」
「俺みたいにねじ曲がらず、優しいままでいてくれということだ。ただ、誰かのことを慮りすぎて、ヒートアップする癖は直せ」
「うっ……はい……」
今は魔法で見えていないが、きっと耳をしぼませているのだろう。さて、どうしようか?転生させるメリットは、面倒ごとを省けるということ。デメリットは若干の信頼を失うこと。メリットとデメリットを天秤にかけ、出した答えは……
「分かった。今回は白澤に譲るよ」
「ほっ、本当に!?」
「面倒だが、俺達の印象が悪くなることは極力避けたい。それに、俺が何を言ってもお前は譲る気ないだろ?」
「先輩って……いつも思うけど、押しに弱いよね?」
「俺が弱いわけではない。お前の意志が強すぎるだけです」
「強すぎません。正しいと思ったことをしているまでです~」
「それじゃあ、あとよろしく」
「ん?」
俺は席を立ちあがり、右手で白澤に敬礼する。
「頑張れよ。俺は後ろで見ていてやるから、安心して古道とぶつかってこい」
「おい、まてこら。何帰ろうとしているの?」
「白澤の意志で古道を助けたいんだろ?なら、俺は温かい目で見守ろうじゃないか。説得は全面的にお任せ致します」
そう言って振り返るとすぐ、白澤の手が俺の服を思いっきり引っ張る。
「先輩?エージェントは二人一組で協力し合うのが鉄則だよ?私の方針に賛成したのなら、それは先輩も手伝うということになるわけで」
「仕事の関係というのは、ある程度の距離感を保つべきです。ソーシャルディスタンス大事!」
「私を一人にしないでください~おいていかないでぇぇぇ」
「バカ!お前、公衆の面前で大きな声を出すな!」
はたから見れば、俺は女の子を泣かせているような構図になっている。決して白澤は泣いていないが、顔を背中に押し付けるようにして、泣いている風をわざと演じてやがる。しがみつく力を増しながら不敵な笑みを浮かべていることだろう。先程の会話がよみがえる。
『先輩って……いつも思うけど、押しに弱いよね?』
どうやら俺は、押しに弱かったらしい―――
押しに弱いことを認めた俺は、あの後、白澤に引きずられるような形でカフェを後にした。一度会社に戻り、古道の情報をおさらいしながら考えることになったが、あまり進捗は芳しくない。古道は、労働は嫌いだが、生活のために働かなければならないという、ごくありきたりで、そして誰もが一度は思うことに頭を悩ませている。馬鹿馬鹿しいと笑う人もいるかもしれないが、単純に労働は俺も嫌いである。古道の気持ちも理解できるし、白澤の言葉に至ってはごもっともだ。先日の感触から、古道は8割ぐらい転生に気持ちが傾いていると思う。これは……
「やっぱり厳しくないか?」
「諦めはやっ!?」
「もうこれで良くね?3年以上必ず働く条件で誓約書を書かせるとか」
「無意味だと理解した上で言ってる?それに、強制的に縛り付けても転職癖は治らないよ」
「今だけ民法が邪魔すぎる。あっ!異世界に日本のルールは適応されないからいける!」
「言っておくけど、ベスティアでもその系統の誓約書は意味を成さないので」
「こうなったら、正論エージェントこと白澤さんに論破してもらうしかないね」
「真剣に考えなさい!」
心底面倒くさい気持ちを隠さない俺を、白澤が怒る無限ループ。気晴らしに知恵の木に記載されている趣味欄を流し見してみた。
「趣味は、音楽を聴くこと。好きなアーティストは、MASTER CHILDREN」
「MASTER CHILDRENってマスチルのことよね?あの超人気バンドの」
「そうみたいだな。古道の家にはギターが結構あったし、相当好きなんだろう」
「あんなにギターを買っているから、生活苦しくなるのでは?」
「あれは、殆ど亡くなった父親の遺品だって言ってたぞ?それから、趣味については言ってやるな。お前だってこの間、アプリゲームに3万くらい貢いでいただろ?」
「……人のこと言えないかも。3万も課金したのに……爆死……」
嫌なことを思い出してしまったようだ。今はそっとしておいてやろう。
「しかし、なんか腑に落ちないよな」
「?」
「音楽が好きなら、音楽関係の仕事を目指しそうなものだけど、面接を受けた企業はほぼ無関係。自分の理想の職場を追い求めているんだろ?」
「仕事と趣味は別物って言うじゃない。好きなことも、仕事になると嫌いになるとか」
勿論それはわかる。だが、これだけ転職を繰り返していたら、一つや二つ音楽系の面接を受けていてもおかしくはない。逆に、音楽系は絶対受けないという強い意志まで感じるほど不自然だ。
「もしかして気になる?」
「……いや、別に」
「調べよう!」
白澤の興味をひいてしまった。こうなると、白澤は逃がしてくれない。
「もしかしたら何かいい案が見つかるかもしれないし、何より先輩が珍しく気になったことはよく当たるからね。もはや能力」
「能力でも何でもない。ただの感だ」
「それでもいいの!ここで話していても何も起きないし、ほら、早く」
またもや白澤に引きずられる形で会社を出る。果たして俺たちのやっていることは、正しいのだろうか?
「ここは?」
白澤に連れられてたどり着いたのは、藤沢にある古道がよく訪れるというギター専門店。色とりどりのギターが並んでいるが、素人なので違いがよくわからない。
「ここの店主さんは、古道の父親と古くからの友人らしく、幼い頃から父親とよく遊びに来ていたらしいの。古道も父親もレフティだから、レフティモデルを多めに取り扱っていることから、重宝したみたい」
「レフティね……」
「どうかしたの?」
「いや……何でもない」
「とりあえず店主さんに話を聞いてみましょう」
店の奥まで突き進むと、レジと思しき場所にちょこんとおじさんが座っている。向こうもこちらに気付いたようで、立ち上がりつつ、軽く会釈をする。
「あの?こちらの店主の方でしょうか?」
「ええ、そうですが、私に何か御用かな?」
「少しお話を伺いたいことがありまして……」
「晶哉君ね!何年か前まではよく来ていたよ。敏彦……じゃなくて、お父さんとよくやってきて、嬉しそうな顔でギター眺めていたっけな」
「晶哉さんは幼い頃から、音楽がお好きだったんですか?」
「それはもう大好きさ。お母さんの由美子さんと3人でやってきて、よく自慢げに弾いて見せていたっけ。将来は敏彦みたいに音楽関連の仕事をやるんだって会うたびに言っていた」
「え?」
白澤から小さな声がこぼれる。
「全然見かけないけど、元気でやっているのかな?敏彦が死んで、由美子さんも亡くなって……大分落ち込んだだろうな。晶哉君、2人のこと大好きだったからさ」
「失礼ですが、ご両親が亡くなられた経緯はご存じですか?」
「ん?敏彦は自殺。由美子さんは病気だったかな?」
「は?」
知恵の木で確認した父親の死因は、不慮の事故。どういう経緯で亡くなったのかは分からないが、電車に轢かれて死亡したはずだ。もう一度情報を確認してみるが、間違いなくエージェント自慢の知恵の木には、自殺ではなく不慮の事故と示していた。あの時、古道が言った言葉、『家族を置いて逝った』と言うのは、そう言う意味だったのか?
「あの……失礼ですが、敏彦さんは不慮の事故で亡くなられたのでは?」
「敏彦は自殺じゃないのかい?地下鉄に飛び込んだって聞いているけど。まぁ、本当かどうかは知らないけど」
「そんな……」
知恵の木は事実の象徴であり、これまでに誤った情報を提示した事例はない。あまりにも予想外な話に言葉を詰まらせる。面倒事とサボって、候補者である古道のことしか詳しく調べてなかったことが、ここに来て仇となったか。
「敏彦は、ギターが大好きでね。職場でもギター、家でもギターってくらい、いつも弾いていたっけな。仕事も大好きでよく自慢話していたから、正直自殺なんて信じられなかったよ」
「となると、自殺の原因は何だったのでしょうね……」
「さぁね。その辺は俺には分からないね」
「そうですか……」
「それより、どうしてそんなことを聞くのかな?」
「えっ?あー実は晶哉君の友人でして、以前、彼からこのお店のことを聞いたので来てみたんですよ。近くを通ったものですから、ふと思い出しまして。あははは」
突然、店主から疑問を投げかけられ、少々動揺したが、不意に思いついた嘘で取り繕う。
「そうか、晶哉君は今もギターを続けているのかな?」
「最近はあまり弾かなくなったみたいです。今は色々と塞ぎ込んでしまってまして、私としては、何とかしてあげたいなと思っているんですが」
「そうかい……君はギターが好きかい?」
「え?まぁ、始めてみたいな〜と少しばかり思っていますけど」
「ならば、このアコースティックギターとかどうかな?」
そう言って、店主は1本のアコースティックギターを持ってきた。少し年季が入ってそうだが、丁寧に扱われていることが分かる。
「こいつは敏彦が持っていたアコースティックギターでね、あいつが自殺する数日前にもらったものなんだ。初心者向けのギターだしちょうどいいだろ」
「ちょうどいいって……敏彦さんから譲り受けた大事なギターなんじゃないの?簡単に売ってしまうのはいかがなものかと」
白澤が店主に向けて疑問を投げかける。言葉に少し棘を感じるのは、大切なものを簡単に渡そうとする店主に少しばかり物申したいからだろう。
「ギターは飾るものじゃない。誰かに使われて、大切にされてこそのギターなんだ。そもそも、このギターを商品として売る気はないんだ。この店で使われることなく置かれるくらいなら、ちゃんと使ってくれて、大切にしてくれる人に渡したい。その方がいいに決まっているだろ?」
「いや~だからって……俺、右利きなんですが」
「ノープロブレム。指が動かないわけじゃないだろ?病気で左右を変える人だっているわけだし、若者なら何事も挑戦すべきだ!それに、レフティの方がかっこいいぞ〜」
「いやいや。健康そのものなのに、無理して変える必要性はないと思うのですが?……」
「あいつが初めて買ったギターだから、よろしくな?」
「えっと、人の話を……」
「晶哉君によろしくな!」
そう言って、強引に俺たちを外まで見送ると、再び店の奥へと消えていったのであった。
「先輩、それどうするつもり?」
アコギをタダでもらってしまった俺は、ギターを持ちながら電車に揺られていた。目の前の席には、先ほど颯爽と俺から席を奪いやがった白澤が俺を見上げ、話しかけてきたのだが、考え事をしていたため、言葉が入ってこない。
「無視とはいただけないな~席を奪い取ったことはこの通り謝るから、会話はちゃんとしようよ〜」
「なぁ?あの店主は何故俺にこいつを渡したんだろうな?俺右利きなんだけど」
「さぁ?この際だから左利きになってみては?」
「無理だろ。素人の上に右から左に変更だなんて……」
「先輩?」
「あの店主、何であんなこと言ったんだろうな?」
「あんなこと?」
「病気でもなければ何ちゃらかんちゃらって」
「言われてみれば確かに。でも、年配の方ってよく言うじゃない。若いんだからどうのこうのって」
「んーそれにしては唐突すぎるような気がするけど……それに、古道の父親は自殺だった。将来は父のように音楽関連の仕事をしたかった。でも、いまだ音楽関連の仕事への転職活動はしていない。今回の件、やっぱりおかしいと思う」
「……知恵の木も完全ではないということじゃない?音楽の仕事については、きっと月日が流れて、夢が変わったとか。子供の頃の夢が別のものに変わったりすることはよくあるし」
「本当にそれだけなのか?」
「変にこだわるね」
「引っかかるんだよな〜古道の父親が何故右で練習を始めたのか。意味が全く分からん」
「んー単純に弾けなくなったから?」
「え?」
「物凄く突飛な考えだけど、前に先輩の家で読んだ野球漫画で、右肩壊して左投に変更した主人公がいたじゃん?もしかしたらそんな感じだったりして。まぁ、漫画なんて当てにならな……って先輩どこ行くんですか?」
「白澤は古道の父親について調べてくれ!特に病院に通っていたかどうかを入念に!」
「へ?」
やるべきことは明確だ。古道の父親について知恵の木と自分の足で調べ尽くすことが必要だ。その前に、確認しなければならないことがある。気づいたときには電車を降りて、柄にもなく走っていた。何でこんなことしているんだろうな?アコギ重いわ……
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