02 新たな道

「帰ってくれ」

「……まぁ、そうなりますよねー」


『この2人組は何を言っているのだろう?異世界?それって最近ライトノベルで流行っている異世界転生ってこと?バカバカしい。勝手に家に上がり込んできて、いきなり転生してみませんか?頭おかしいだろ!』とでも言いたげな顔をしている古道は、俺達を追い出そうと躍起になっている。


「信じられませんか?」

「ふざけんな。異世界?転生?そんな非現実的なことがあるわけないだろ?中二病をいつまでこじらせているんだ?それとも何かの宗教団体か?その手の勧誘ならお断りなんで、今すぐ帰ってくれ」

「そうおっしゃるのも無理はない。現実離れした話ですから、お気持ちは分かります。それでも信じてもらいたいんです。まぁ、信じざるを得ないのですが」

「話すことはもうない。早急にお引き取りを」

「えーと、古道晶哉。小学校4年生の夏、父親と横浜トリトンズの野球を観戦中にホームランボールが後頭部に直撃。その後、記録では野球観戦は一度も行っていないとか」

「え?」


 当然ではあるが、白澤が突然語りだした内容に、古道は驚きを隠せず動揺している。


「中学校2年生の春、1年生の時に同じクラスだった女の子と隣同士に……ある日、あなたの友人が、その女の子に対して『あいつ、君のことが好きなんだよね~』と軽いノリでばらし、もらった回答もあえなく撃沈。記録によれば、それ以来、その友人とは疎遠となっているとか」

「ちょっ、ちょっと待って」

「高校1年生の冬、裏ルートで借りたエロゲーでオナニーをする。おかずは当時エロゲ界隈で大人気となった『桃色パレット』。PC画面に吸い付き、キスをしながら『尊いが止まないぃぃぃぃぃぃ』と連呼したところを母親に……」

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


「いいじゃないですか!恥じることはありません。実は私も『ももパレ』大好きです!」

「先輩、素直にキモい」

「馬鹿野郎!エロゲーには何物にも代えがたい素晴らしさが詰まっている。泣きゲーとして名高いk〇yも、昔はエロゲーだったんだ。ストーリーよし。声優さんの演技力もよし。何といってもキャラが皆可愛い。プレイし終わったとき、皆が思うはずだ!もう一度記憶を消してプレイしたいと……」

「はぁ……この人は放っておくとして……私たちはあなたのあんなことやこんなことを全て知っている。それはもうあなたが生まれた時からこれまでの人生すべてを」

「……何でそんなことまで知っているんだ?見ず知らずのあなた達が、そんなことまで知っているのはおかしい!どういうことだ!」

「私たち転生エージェントには、知恵の木という超とんでもないシステムがあって、あなたの情報はすべて筒抜ってわけ!そ・れ・に~その反応を見ると、どうやら図星のように見えるけどw」

「インチキだ!デタラメなこと言ってんじゃねぇよ!信じられるか!」

「じゃあ、もっと続けようかな〜他にもあなたが持つ恥ずかしい過去をここで曝け出してもいいんだけどね」

「ごめんなさい。許してください」


 白澤の奴、容赦ねぇな……そろそろ古道に助け舟を出してやるか。


「まぁ、無理に信じろとは言いません。ですが、一度我々の話を聞いてもらえませんか?」

「………分かった」


 勢い良く立ち上がったはずの古道が、額に汗をかきながら渋々腰を下ろす。いまだに動揺を隠せないのか、お茶を飲み干してからようやく向き直る。


「改めまして、転生エージェントの四島と申します。こっちは同じく白澤と言います」

「よろしく!」

「本日お伺いした理由ですが、あなたに転生というもう一つの道を示しに来ました」

「転生って……にわかには信じがたいが……」

「しかし、異世界があることは事実です。今からその証拠をお見せいたしましょう。白澤、いつものよろしく」

「魔法解くところ見られるの、地味に恥ずかしいんだけど……仕方ないか〜」


 そう言って、白澤は勢い良く立ち上がり、目を閉じる。直後、お決まりの得体のしれない言語で呪文を唱え始める。側から見ると、あれ?痛い子なのかな?と思ってしまいがちだが、瞬く間に白い光が彼女を包みだすと、古道の表情が明らかに変わっていく。


「は?」


 古道は、彼女の頭とお尻に生えた可愛らしい耳と尻尾に目を点にして驚いている。


「…………何これ?一体何が?」

「ふっふっふ。そう!何を隠そう!私がその異世界人というわけよ!」

「はあぁぁぁぁぁぁああああ!?」


 このやり取りも、もはやお決まりだよな〜と眺めていると、白澤が不敵に笑いながら、さらにたたみ掛けていく。

「疑われるのもあれなので、触ってみる?そこらのコスプレとは全然違い、ちゃんと耳も尻尾もこの通り!それと、耳はよく聞こえるほうだから、居留守は私に通用しないよ?」

「しっ、信じられない……こんなことが」

「ちなみに、普段はこうして耳や尻尾を魔法で隠しているみたいです」

「魔法?」


「彼女は、ベスティアという異世界に存在する種族、ウォルフ族と人間のハーフらしいです。向こうの世界には、ウォルフ族以外に様々な種族がいまして、ここ日本と同じような社会を築いています。ちょっとした魔法もありまして、うまい具合に科学と魔法が混じった面白い世界なんですよ。ただ、日本に比べて、科学技術はそこまで発展しておらず、少しばかり魔法に頼っているところがある世界なので、互いの世界の発展を目的としたスカウトを行っているというわけです」


「つまり、あなた方は僕をスカウトしに来たということ?」

「はい。古道さんは様々な仕事を経験し、歳も28歳とまだお若い。向こうの世界では引く手数多ですよ」

「しかし、あなた達なら知っていると思うが、何度も転職を繰り返した。こんな僕を雇ってくれる企業なんて、異世界にすらないかも……」

「そんなことはございません。我々が担当するベスティアの支店に確認しましたが、是非ともお話を伺いたいそうです。それにはっきり言いましょう。今現在の転職活動はあまり芳しくないですよね?」

「そっ、それはそうだけど……」

「熱心に転職活動を続けられているところを見ると、社会復帰を強く望んでいらっしゃるわけですよね?その意欲があればベスティアは歓迎してくれますよ?」

「そりゃあ、社会復帰を目指してるさ。だけど、何度面接を受けても弾かれてしまう。最近では履歴書の段階で落ちてしまうようにもなっちまった。受かる自信だってこれっぽっちもないよ……それに、いきなり転生してみませんか?なんて言われても考えが纏まらねぇよ」

「知恵の木情報によりますと、100戦中100お祈りですか。苦しいですね」

「ぐっ……」


 すると、唐突に白澤が一つの疑問を投げかけた。


「何故転職をこれほどまで繰り返したのかな?」

「そっ、それは……仕事が合わなかったから……」

「いくら合わないとは言え、7回はさすがに多すぎると思うなー」


「だっ、だって……仕方がないだろ?僕だって好きで転職しているわけじゃない。人間関係とか仕事量とか色んな事がストレスになって押し寄せてくるし、辛いことばかりだ。自分が立派な社会不適合者であると自覚はしているさ。でもさ!生きるためと頭では分かっていても、会社に向かう足がどんどん止まってしまうんだよ」


「分かる。本当に分かりますよ。起きた瞬間もう帰りたいって思いますよね?家にいるのに」

「先輩は少し黙ってて!」

「あっ、はい」


 心なしか白澤の冷たい言葉に若干落ち込んでしまう。白澤は、そんな俺に気遣うこともなく話を続ける。


「合わないからといって、簡単に見切りをつけるのはあまりよろしくないと思うけど」

「これでも、ちゃんと自分なりに考えて退職しているさ。それに、これまで出会ってきた上司も会社の連中も、ろくなやつがいなかった。僕が全部悪いわけではない!」

「そうやってどんどん転職癖が身についていったと」

 あれ?これはまずい展開ですかね?会話を黙って聞いていた俺は、白澤に変なスイッチが入ってしまったことを確信した。

「僕だってやれることをやってきたつもりだ!何だよさっきから気に障ることばかり言いやがって!あと、お客様に対してタメ口なんて教育がなってないんじゃないの?」


「話をはぐらかさないで。はっきり言うけど、結局は甘えているだけじゃない?皆が皆、生きるために必死になって働いているわけで、働くことが出来るだけでも幸せなことなのよ?それを簡単に手放して、挙句誰かのせいにするなんて、私から言わせればただの我儘ね」


「うっ、うるさい!あんたこそ!見たところ僕よりずっと若そうだが、社会の厳しさも知らない奴に、僕の何が分かる?誰だって働きたくない気持ちを抱えて日常を過ごしているんだよ!」

「そんなに働くことが嫌なら、転職なんてしなければいい。自力で生きるのが辛いって喚いている子供じゃない!」

「働きたくて働いているわけじゃない。金の為さ!でも、嫌いなことをずっと続けなければいけない地獄から逃げたくなるのは仕方がないことだろ?」

「それでも、諦めずにしがみついている人だっている。あなたのように職を失い、すべて他人のせいにするような人よりずっと立派よ」

「立派?はいはい、立派ね。それで?何が得られるの?」

「え?」

「立派という肩書を得たところで何かいいことあるの?嫌いだね。働いている=立派という風潮。世間や親戚の目を気にして働き続けた結末が自殺だったらとんだ笑いものさ。いたよ?身近に死んでいったやつ」

「そっ、それは極少数のことで……」

「少数だったら無視していいの?多数こそが正義ですか?この世界は、いつ誰が電車に飛び込んでもおかしくないストレス社会だ。僕は思ったね。死ぬ思いまでして労働とは尊いものなのかと。僕が望むのは、自分にとって働きやすい職場だ!それを追い求めて何が悪い?」

「あー古道さん、いったん落ち着きましょう。白澤も!俺たちは転生をお勧めに来たわけで、喧嘩しに来たわけじゃないだろ?」

「……はい」

「古道さんのお言葉は良く伝わりました。伝わったからこそ、是非とも転生をお勧めしたい」

「……それはどういう意味かな?」


 古道が話に乗ってきた。このチャンスを逃すまいと、ここぞとばかりに俺のターンを始めた。


「異世界には、きっとこの世界にはない、勿論古道さんも知らない職場が沢山ございます。正直今の日本には、似たような職場環境しかございません。ならば、世界ごと切り替えて新鮮な職場を探し求めた方が、効率がいいと思うんです」

「確かに……転生という道が増えたことで、この世界で転職活動を続ける必要はない。望み薄なこの世界よりも、期待のできる世界ということか……」


「もしよろしければ、スマホアプリから転生エージェントをご登録いただけますと、今後のことについてスムーズにご対応できますので、是非ご登録を」

「まぁ、そうだな。ちょっと興味が湧いてきたし、登録だけならいいかな。どうすればいい?」

「ありがとうございます。それでは、こちらのアプリをインストールしていただいて……あれ?古道さんは左利きなんですか?」

「そうだけど、それが何か?」

「ああ、えっと、珍しいな~と思いまして。それに、お邪魔させていただいた時から気になっていたんですが、ギターも左で弾かれるんですか?」

「え?」

「ギターが多いので、好きなのかなと……」

「昔はね。今はあまり弾かなくなったよ。その辺にあるのは、殆どは父の遺品を僕がもらった感じだ」

「でも、私は手先が不器用なので、弾ける人が羨ましいです。しかもレフティなんて尚カッコいい」

「僕は上手くないよ。父は上手だったけどね……」

「となると、お父様もレフティですか?」

「ああ」

「親子そろってレフティとは珍しいですね」

「良く言われた」

「あれ?右利き用もあるみたいですけど」

「ああ、右利き用のギターも父のだよ。ある時期から、時代は右だ!右でも弾けるように練習するとか意味不明なこと言って買いだしたんだ」

「両利きなんてすごいですね」

「別に凄くない。家族を置いて逝くような父親なんて最低だよ」

「あー、すみません。話が脱線してしまいました。ちょうどご登録も終わったようですし、転生について一度じっくりお考え下さい。念のため、ベスティアのパンフレットをお渡しいたします。参考程度にどうぞ」


 家族を置いていくという言葉に若干違和感があったが、踏み込んだら面倒な気がしたので強引に話を終わらせ、不満そうな白澤の背中を押すような形で、古道の家を後にした。



「納得できない!」


 帰り道、白澤の不満が爆発していた。どうやら、俺が早々に転生させようとしたことが不服だったらしい。まぁ、俺からすれば不満を言われた所で何とも思わないのだが。


「先輩はいつもそうだよね。あんなやり方、パートナーとして認められない!」

「それはこっちのセリフだ。お前さ……少しは冷静になれよ。感情任せに語ってターゲットと喧嘩していたら仕事にならないだろ?」

「うっ……それは、はい、ごめんなさい……でも、私の言っていることって間違ってないでしょ?」

「正論だよ。でもさ?正論を振りかざせばいいわけじゃないだろ?あんな喧嘩腰に言われたら、誰だって頭に来るさ」

「私だってあんなこと言うつもりなかったよ。でも、たとえ転生しても、このままこの世界にいたとしても、あの人はきっと転職を繰り返す。だから、彼のことを思うなら簡単に転生させるべきではないと私は思ったの!」

「それで?白澤エージェントはどうするおつもりで?」

「……考え方から変えさせる必要があると思う」

「それは難しい話だな」

「難しくてもやるの!」

「拒む必要ないだろ。最後の方とか殆ど転生に傾きかけていたわけだし」

「そういうところ!」

「はい?」

「先輩はいつも冷たい!もっとこう彼の為にとか考えないの?」

「それを考えたところで俺に何のメリットがある?」

「はい、出ました、メリット。本当に変わらないね。自分のことしか考えないところ」

「目の前に転生候補がいる。彼の為になるかは知らないが、俺の為になるならそれでいい。あと正直面倒くさいからさっさと済ませたい」

「転生をあなたの道具にしないでよ」


 まっすぐに俺を突き抜けて行く言葉と視線に、思わず口ごもる。


「……そういう仕事だろ」

「ずるい言い方」

「とにかく、結局決めるのは彼だ。俺は1つの道を示しただけ。彼が決めたことを尊重するだけだ。」

「そんなの、絶対間違ってるよ。元パートナーの先輩が聞いたら絶対怒るよ!」

「おい」

「……とっ、とにかく。私は先輩の考え方を否定するので!」


 足早に立ち去っていく白澤の背中を見つめながら思う。自分は確かに最低だと。それでも、俺は自分のやり方を変えるつもりはない。無駄は省くし、面倒ごとには首を突っ込まない。それに、誰かの為に自分が苦労することは、最も愚かな行為だから。助け合い?絆?繋がり?そんなもの……今のうちに捨ててしまえ。

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