エピソード2

01 いざ鎌倉

 青い空、白い雲、流れる風景。そして……超満員の江ノ電。何故俺は、超満員の江ノ電に揺られ、次々乗り込んでくる観光客とおしくらまんじゅうしているのだろう?


「江ノ電最高!先輩先輩!海だよ海!」

「この状況で、お前は何でそんな上機嫌でいられるんだよ……」


 話は数時間前に遡る―――


 「今日は土曜日だというのに何故転生エージェントは仕事をしなければならないのだろう?」

「いきなりどうしたの?」

「ターゲットと接触しやすい休日に働くのは分かるよ?でもさ?世の社畜たちが穏やかなホリデーを満喫しているのに、俺が働いている現実が許せない!」

「ものすごいこと言っている自覚ある?」

「世の社畜たちが最も好きな曜日は土曜日らしい。土曜日を迎えた社畜はある程度無敵になるらしいんだ。何故だと思う?」

「知らないよそんなこと」

「正解は、仕事?ははっ!そんなこと知らないね!って心の中に圧倒的余裕を感じることのできる唯一の曜日が土曜日だからだ」

「日曜日じゃないの?」

「日曜日はダメだ。時間がたつにつれて月曜日への恐怖に苦しまなければならない。サ〇エさんが始まったら社畜たちは明日のことを考え始めてしまう。逝きたくない!死にたくない!とベットに顔をうずめて泣き叫ぶ光景が容易に想像できる。悲しすぎると思わないか?社畜が唯一強くなれる曜日が土曜日だけなんて少ないと思わないか?もっと休みを増やせ!週4!せめて4日休みをください!そしたら俺も甘んじて土曜日に仕事するよ!」


「あのね先輩?どんなに思いを込めて願っても、休みが増えることはあり得ないと思うよ?」

「白澤。お前はどう思う?」

「はい?」

「1週間は何日ある?」

「7日だね」

「休みの日数は?」

「2日だね」

「おかしいと思わないか?」

「へ?」

「1週間は7日間ある。にも拘わらず、何故休みは2日しかなくて、平日は5日も設けられてんの?」

「それが社会のルールだからでしょ?」

「そもそもの話、5日の疲労をたった2日で癒せるわけがないんだよ!ふざけるな!」

「そんなこと私に言ったって仕方ないでしょ」

「誰が決めたんだよ。そいつを社畜全員でボコボコにしてやる!」

「ホント子供なんだから……ほら、資料」


 全く相手にされず、知恵の木から引っ張り出したであろう資料を手渡されてしまう。なんだよ!ちょっとくらい話に付き合ってくれたっていいじゃないか!コミュニケーション大事ですよ?俺は仕方なく資料に目を通した。


「それで?今回のターゲットはこの人?」

「名前は古道晶哉(こみちまさや)。28歳無職男性。新卒として入社した会社を1年で退職。その後も転職癖が治らず、計7度転職を繰り返すが、繰り返しすぎて遂に就職ができなくなったって感じだね」

「転職をやり過ぎると採用の際に大きなマイナス要素になるからな。気の毒だけどこれだけ転職を繰り返していると採用側は不安でしかない」

「独身で、ご両親もすでに他界。死因だけど、父親は古道が幼い時に不慮の事故で死亡。母親は病気で彼が大学の時に亡くなっているみたい」

「ちなみに転生リストに載った理由は?」


「転職活動を諦めずに続けているし、行動パターンから自殺の可能性は低いと判断されているけど、逆に転職の繰り返しすぎで、こちらの世界での就職先を見つけることが困難と知恵の木が判断したため、転生者リストに載ったってところね。恋人もいないみたいだから、正真正銘独りぼっちだね」


「言い方……」

「本当のことじゃない。あっ!ここにも一人ぼっちがいたね」


 舌を出してあざとく笑う白澤に対して、俺は心底思った。こいつホント良い性格しているなぁと。


「ちなみに!古道が住んでいる場所は鎌倉らしいです!鎌倉いいないいなー。私も住みたいなー」

「お前鎌倉そんなに好きなのか?」

「まだ行ったことないけど、写真とか見ていつか絶対行きたいなぁって思ってたんだ!食べ歩きしたいし、江ノ電に乗って江ノ島に行って、しらす丼とかお腹一杯食べたい!他にも湘南とかで海眺めたり、あとはあとは―――」


「落ち着け。白澤が鎌倉に恋い焦がれていることは分かったから」

「そういう先輩は行ったことあるの?」

「あるぞ」

「えーずるい!私も行きたい」

「ちょうどいいじゃないか。仕事とは言え、念願の鎌倉に行けるぞ?」

「仕事としてではなく、プライベートで行きたい!」

「それはまたの機会に誰かと行け」

「じゃあじゃあ!江ノ電乗ろ!」

「江ノ電だけはやめておけ」

「何でよ!?」

「休日の江ノ電なんて乗るもんじゃねぇ。少ない車両にあれだけ人が乗ってきたらまいっちまうよ」

「えー乗ろうよ!絶対乗りたい!乗りたい乗りたい乗りたい!」

「お前のほうがよっぽど子供じゃないか!」

「江ノ電!江ノ電!江ノ電!江ノ電!」

「ええい!うるさい!鬱陶しい!騒がしい!」

「いいじゃないですか!こんなかわいい後輩と一緒に江ノ電デートできるなんて滅多にないよ~……ね?一緒に行こ♡」


 上目遣いで満面の笑みを見せる白澤を横目で流し見る。いい加減こいつには痛い目にあってもらうべきだ。そう思い立った俺は不敵に笑って攻めに転じる。


「お前は確かに可愛いよ」

「へっ!?おっ、おう……いきなり何よ」

「容姿は文句ないし、仕事も一生懸命頑張ってる。お前は意外にもモテる奴だと思うんだよな」

「そっ、そんなに褒めても何も出ませんよ~///」

「そうかな?俺は結構お前のこと気になっているんだけどな」

「もっ、もう!からかわないでくださいよ!///え?本気なの?」


 たじろぐ白澤に近づき、逃げられないよう壁に追い込む。


「え?あっ、うそっ、ちょっ、ちょっとまっ///」

「なーんてな!」

「……へ?」

「あまり俺をおちょくらないことだ。今回みたいに痛い目見るぞ」

「えっと……つまり?」

「お前チョロすぎ」

「なっ!?私のどこがチョロいのよ!」

「可愛いなんてお世辞に決まってるじゃんw俺なんかに迫られて顔真っ赤にしてチョロすぎワロタ」

「―――っ!?///先輩のバカぁ!社畜!引きこもり!早漏野郎!」

「残念!俺は遅漏でした~」

「何の自慢よ!知りたくなかったわ!」


 白澤は相当恥ずかしかったのか、涙目になりながら、そそくさ歩き出してしまった。ちょっと悪いことしたかな?いやいや、白澤がいつも調子乗っているのが悪い。少しは痛い目見て反省したほうがいい。そう思っていたのだが、その後の白澤は非常に面倒だった―――



「白澤?いい加減機嫌直せよ」

「ふんっ!」

「鎌倉行くんだろ?仕事どうすんのさ?」

「先輩一人で行ってよ」

「悪かったって。ちょっと馬鹿にし過ぎた」

「絶対反省してない」

「ちゃんと反省してるって」

「嘘つきで変態な先輩のことなんて信じない」


 さっきからこの様子である。怒ってまともに取り合ってくれない。まいったな。面倒くさい。


「どうしたら許してくれる?」

「……どうしても許してほしかったら誠意を見せてよ」

「誠意?」

「私は先輩に辱められたのよ?」

「はぁ……それで?その誠意とやらは何をすればいいのかな?」

「そうね〜江ノ電に乗ってくれたら許してあげる」

「……仕方ない。背に腹はかえられないか」



 時は戻って、俺は今猛烈に後悔している。俺が思っていた以上に、土曜の江ノ電はやばかった。


「鎌倉遠い。江ノ電めっちゃ混んでるし……」

「ついに念願の江ノ電だ!このレトロな感じがすごくいい!」

「そうでございますか……」


 わざわざJRで藤沢に行き、混雑する江ノ電に揺られ鎌倉に向かうというわけわかめな行動をとることになるとは。そしてついに、ふらふらになりながら、俺は鎌倉に到着した。古道は以前在職していた会社を辞めてから、地元鎌倉で暮らしているという。鎌倉に何度か訪れたことはあったが、さすが観光地と思うくらい、土曜日の鎌倉は観光客であふれている。


「げっそりしている先輩、おもろいw」

「てめぇ……人が多い所は苦手なんだよ。通勤ラッシュに比べればたいしたこと無いけど、進んで乗りに行く奴の気が知れない」

「苦手なことは、克服克服!ほら、シャキッと歩く!」

「おっ、おい!分かったから引っ張るな!」


 雑談をしながら歩くこと15分ほどで、今回のターゲットである古道晶哉の住居に到着した。


「これって……一軒家?」

「一戸建てな?」

「それって何が違うの?」

「一戸建てはマンションやアパートみたいな集合住宅ではない1棟の家屋。一軒家というのは近くに人家がなく、1軒だけ立っている家のことだ。ここは近隣にも同じような人家が並んでいるから一戸建てだな」

「その豆知識、一体どこで学んだの?」

「建築系の会社に勤めている友人が自慢げに話していたからよく覚えている」

「そういう先輩も、とても自慢げに見えたけど」

「知識ってのは振りかざしてなんぼのものだろ?どや顔を笑うやつは大抵相手の知識量に嫉妬しているだけの人間だ。ちなみに俺は、その友人を煽るようなことはしていないのでセーフだ」

「あはは……」


呆れながら白澤が扉の前に立つ。少し緊張をしているのか、チャイムボタンを鳴らす前に一度大きく深呼吸をする。そして、意を決したように、チャイムのボタンを力強く押した。


ピンポン!


「…………」

「出ないね」

「留守みたいだし、今日のところはやめておこう。明日また……」

「先輩!中に絶対いるよ」

「はい?」

「家の中を歩き回る足音が確かに聞こえたもん」

「……あーなるほどね〜聞こえてしまったか」

「私の耳の前では筒抜けよ!居留守を決め込んでいるみたいだし、ここは特攻してみては?」

「さすがに不法侵入はダメだろ」

「じゃあ、どうするの?出てきたところを捕まえるとか?」

「指名手配中の犯人みたいで可哀想だろ」

「なら、突貫しかないね!御免くださーい」

「え?ちょっ、おまっ!」

「鍵空いてる!ラッキー☆」

「待て!やばいって!」

「居留守している人が悪い。出てこい古道ぃぃぃぃぃぃぃ!」


 眩暈がしてきた。何してるのこいつ?いきなり家の扉をあけ放たれて、しかも見ず知らずの訪問者に呼び捨てにされるとかとんだホラーですよ。ある日の記憶がよみがえる。



「…………なぜここにいる?」

「空いていたので入っちゃった☆先輩この野球漫画超面白いね!右から左投げに変更するなんて、この主人公根性あるな~」


 分かるか?目が覚めたらいるはずのない誰かが家の中を自由に動き回っていたんだぜ?こんな怖いことがあってたまるか。あの後、俺はこの不法侵入者をこっぴどく叱りつけて泣かせてやったのだが……


「少しは学べ!」

「だって、チャイムにも出ないし電話にも出ない。ならばどうするか?突貫しかないでしょ!」

「だっ、誰だ!」


 玄関で大騒ぎしていた俺たちの前に、少し震えた声で恐る恐るやってきた人がいた。


「おっ、おまっ……お前たちは、どこのどいつだ!?」

「ターゲットを捕捉。さあ、一緒に突貫するよ!」

「お前は少し黙っとけぇぇぇぇぇ!」



「この度は、大変申し訳ございませんでした!」


 頭を深々と下げ、白澤の頭を押さえつけるようにして土下座をする。


「いきなり玄関を開け放たれて心臓が止まるかと思ったよ……」

「心中お察しします。白澤!お前もちゃんと謝れ!」

「確かに私が悪かった。勿論反省もしているよ?それでも居留守はいけないと思うので謝ってください古道さん」

「一遍お前を葬り去ってやろうか?」

「まぁまぁ落ち着きなさいよ、パイセン。なんだかんだ転がり込めたじゃない。話し合いへと洒落こむチャンスよ!」

「古道さん。本当にすみません。後でこいつぶっ飛ばしておきますので、少々お時間を頂けないでしょうか?」

「聞くだけなら……まぁ、いいけど」


面倒くさそうな表情で向かいに座る古道に、もう一度だけ頭を下げてから白澤とアイコンタクトを取り、ようやく話し合いが始まった。


「古道さん。異世界にご興味はございませんか?」

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