三人娘

雨世界

1 あなたにこうして手を引かれるのは、これが初めてのことじゃなかった。

 三人娘


 登場人物


 諏訪良子 お嬢様 十六歳 大人しい


 荻野真里亞 お嬢様 十六歳 明るい


 三枝愛子 お嬢様 十六歳 背が高い


 プロローグ


 ずっと一緒にいようね。


 本編


 諏訪良子


 あなたにこうして手を引かれるのは、これが初めてのことじゃなかった。


「ちょっと一緒に来て」

「え?」

 そう言われて、強引に手を引かれて諏訪良子は校舎の中を歩き出した。良子の手を引いて前を歩いているのは良子のご友人の一人である、荻野真里亞だった。

「私、この街に引っ越しをしてきたばかりでなにもわからないの。だからまず、この転校してきたばかりの広い学園の中を諏訪さん。学級委員のあなたに案内してもらいたいんだ。ね、いいでしょ?」ととても魅力的な笑顔でにっこりと笑って、真里亞はいった。

「……うん。わかった」

 と、少し嬉しそうな声で良子はいった。


 美人で明るくて活発な(おてんばともいう)性格をしている真里亞は、転校初日から(いろいろな逸話を残して)すぐにご友人みんなの人気者になった。


 そんなみんなの人気者の真里亞に学園の案内を頼まれて、……まるで自分がみんなの中から一人だけ、真里亞に選ばれたみたいな気持ちがして、良子はとても幸せな気持ちになった。(実際には真里亞が良子を選んだのは良子が学級委員だったからだし、もしかしたら近くにいた人なら誰でも良かったのかもしれないけれど……、それでも良子は嬉しかった)

 それから二人は学園の中のいろいろな場所を二人だけで移動をした。

 それはとても幸せな時間だった。


 まるで背中に自由な鳥の白い羽が二つ、生えたような気がした。


 自由に、空を飛んでいるみたいな時間だった。

 荻野さんは、いつもこんな風にして、自由に空を飛ぶようにして毎日を生き生きと元気いっぱいに、あんなに素敵な笑顔で生きているんだ。……いいな。と良子は思った。

 二人でずっと手をつなぎながら(良子は恥ずかしかったのだけど、真里亞が話してくれなかった。もちろん、良子おずっとこうしていたいと思ったし、すごく嬉しかったのだけど……)学園の噴水のある中庭まで来たときに、真っ赤な夕暮れの風景の中で、突然、真里亞が良子の手を離して後ろを振り向くと、(良子は真里亞が自分の手を離したときに、自分でも不思議なくらいにとても悲しい気持ちになった)良子に向かって、「ねえ、諏訪さん。もっと笑いなよ」といった。

「え? 笑う?」と良子はいった。

「そう。笑うの楽しそうにしてさ。こうやって、口を大きく開いてね。笑うの」といって真里亞は自分の唇の口角を指で軽く押し上げながらにっこりと笑って良子にいった。

「諏訪さん。すごく美人なんだから、もっと笑っていたほうがいいよ。そうじゃないときっと幸せが逃げちゃうよ」と両手で鳥が羽ばたくような仕草をして真里亞は良子にそういった。

 幸せが逃げる、と言う言葉とその仕草から、良子は一羽の鳥が羽ばたいて、自分の元から飛び去っていくイメージを思い浮かべた。


 自由な鳥は真里亞。

 そのイメージは、まるで出会ったばかりの二人のお別れを暗示しているようで、良子はとても不安な気持ちになった。

 良子はさっきまで真里亞がずっと握っていた、今はからっぽになってしまった自分の手のひらを空中でかすかに動かして、誰かの手を握る仕草をした。

 そんな不安な気持ちが顔に出ていたのかもしれない。すぐに真里亞はにっこりと笑うと、「私はずっとここにいるよ。諏訪さんのそばにいる。だって私たち、もう友達だもんね。あ、ここではご友人っていうんだっけ?」と良子の両手をしっかりと自分の両手で握ってそういった。(良子はなんだか泣きそうになった)


「私たちが友達?」と良子はいった。

「そうだよ。違うの?」珍しく、少しだけ不安そうな顔をして真里亞はいった。

「……ううん。違わないよ。私たちは友達だよ。ご友人同士だよ」とにっこりと笑って良子はいった。

 すると真里亞はなぜかとても驚いた顔をしてから、「うん。私たちは友達だね」とやっぱりにっこりと笑って良子にいった。


 学園を下校するぎりぎりの時間になって二人は帰りの高級車が二台止まっている学園の正門の前まで移動をした。その別れ際に真里亞は良子にさようならのあとで、「やっぱり諏訪さんは笑っているほうがいいね」と嬉しそうな顔をして良子にいった。


 それから良子は、真里亞がそうやって褒めてくれたから、これからはできる限り、ずっと笑って生きていこうと、心の底から、本当にそう思うようになって、そして真面目な良子はそのことをすぐに実践した。(帰りの車の中ではもう笑顔の練習を始めていた)

 こうして諏訪良子は学園の中でも有名な、よく笑う、笑顔の素敵な一人の女の子になったのだった。

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