エピローグ

 停留所で、バスを降りたら、1年のみどりが俺を待っていた。


「お早う。コウちゃん。今日は重大ニュースがあるよ」


 高校への道を並んで歩きながら、全く俺をリスペクトしないみどりが嬉しそうに言う。


「ナオちゃんが外人と結婚することになりました」


 頭を殴られたような衝撃を受けて立ち止まる。



「噓だろ……なんで」


「はい。噓です。今のところはね。でもこれは本当」


 間一髪、みどりを蹴りかけた足を止める。


「今から東京に行って留学の最終審査を受けるの。合格したら9月に入学でしょ。そしたら向こうでボーイフレンド見つけて日本に連れてくるって言ってた」


「なに馬鹿なこと言ってるんだ」


「でも、それってコウちゃんのせいだよね。弁解するなら急いだ方がいいよ。電車、8時15分発だから。今5分前」


なんでそれを今頃言う!しかし、今はとにかく急ごう!


8時15分に電車がホームを離れる。


 俺は駅に向かって全速力で走った。


 息が苦しい。汗が噴き出る。最初から全速力で走らなければ良かった。



 駅までは約1キロだから100メートルを27秒で走ればよかったのだ。


 それなら走り続けられたけど、でもそんなことできないのが俺の性格だ。


 三回の全校マラソン大会のときもスタート直後はいつも俺はトップだった。勿論ゴールもトップ。ラストからだけど。


 立ち止まった。ゼーゼーと喉が鳴る。制服の袖で汗を拭く。バッグが重い。 


 中身は電池が切れて想いが届かなくなったスマホと、今日は必要のなくなった教科書と参考書だ。どこかに置いていこうか。しまった。みどりに預ければよかったのに。


 そんな考えが頭をよぎったが、今更遅い。よろよろと歩くような速度で、また走り出す。


 電車が出てしまえば彼女との絆は切れる。


 それまでに俺の想いを伝えなければ。


 友達だった。でも好きになっていた。

 

 それを伝える資格がいると思った。自分の価値を高めたくて、彼女にふさわしくなりたくて、距離を置いた。


 そして会う度に進歩した俺を見せたかったんだ。


 だけど、心で想うことは言葉にしなければ通じないことをしらなかった。



 ヨレヨレになって改札で、4番ホームに停まった電車を指差した。


「あれに乗りたいんです。切符は乗ってから買いますから」


「急いで」


 駅員さんが通してくれた。やった。想いが通じる。


 最後の力を振り絞り人混みをかわしながら階段を駆け上がる。4番ホームに向かう通路の途中で発車のベルが鳴りだした。まだ間に合う。泣きたい気持ちでホームへの階段を降り始めると、車掌さんのホイッスルとブシュッという自動ドアの音が聞こえた。



「終わった」


 階段を五段下りたところで力が抜けて座り込んだ。


 だが、電車は動かず再度ブシュッと今度はドアが開いた音がした。


 駅員さんが合図をしてくれたんだ。待ってくれてる。


 これが本当に最後だと全力を振り絞って立ち上がると同時に、またもやドアは閉められて、電車が動き出した。


 涙と汗がボタボタと落ちた。


 恋が終わったのだ。


 鼻汁も加わったグチャグチャの顔を拭く余裕もなく、せめて彼女を見送ろうとしてホームに下りた。


「何やってんのよ。相変わらずドンくさいなあ。あっ汚な」


 階段横を直美がスーツケースを引きながらやってくる。


「ナオ!乗らなかったのか?」


「乗ってたけど降りたのよ。だってヨレヨレで改札飛び込んでくるの見たんだもの。なのにいつまでたっても来ないからドアが閉まるときにスーツケースを挟んで開けて貰ったの」


「俺……」


「うん。改札に入ったときコウちゃんの想いは受け取った。次の電車が来るまで、これからどうするか、ゆっくり相談しよ」


 俺の心は決まっていた。今晩四人の親たちに約束する。ナオと今まで通り逢えるならキスはしなくてもかまわない。

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キスより君がスキ 赤雪 妖 @0220

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