第20話
ミスターコン、ミスコンが終わった。残念なことに、俺の名前が呼ばれることはなかった。少しぐらいは期待してたのに。普通の男子高校生ならこれぐらいの妄想はするよね?
授業中にテロリストがやってくるとか、ミスターコンで名前を呼ばれるとか、美少女転校生に「ずっと探してた」と言われるとかさ。
「Nさん、パンフレット見せてください」
パンフレットを受け取る。これから先の予定は、吹奏楽部の演奏及び、クラス単位の発表、そして最後には演劇部の劇が組み込まれている。演劇部の項目には赤色のボールペンで二重丸されていた。
「もしかして自分が呼ばれると思ってたけど呼ばれなくて落ち込んでるの?」
ピンポイントに当ててきやがった。図星すぎて何も言葉が出てこない。
「落ち込んではいませんよ。逆に俺の名前が呼ばれたらどうしようと思っていたところですよ。むしろ、ほっとした感じです」
「そのポジティブ力が長続きすればいいのに」
Nさんはポツリと呟き、そういえばと話を切り替えた。
「実はわたしこの学校のミスコンに出場したことあるんだぜ」
「流石はリア充ですね」
「当時は何も思わなかったけどその通りかも。わたしはリア充だったね。ま、彼氏はいなかったけどね」
「Nさんって性格に難ありだったんですね、当時から」
「彼氏がいない=性格に問題あると考える時点で捻くれてる。それと、当時からってなんだい? わたしの性格が周りとはかけ離れてるみたいな言い方はぁ! わたしは一般人だよ」
「イケメンが美人を放っておくわけないでしょ? アイツらはですねー。最低なんですよ。好きなだけ女性の身体を弄んで、最後にはポイっと捨てるんです。こうして女の子は泣くハメになるんです。もう本当にイケメンなんて滅びればいいのに!」
「男が寄ってくるのは事実だよ。現にわたしナンパしまくられるし」
「あの、誰にマウント取ってるんですか? お、俺だって……あまりにモテモテで街を歩いてるだけで喋りかけられますからね。優しくてビシッと決まった制服を着たお兄さんに」
「それって絶対に警察じゃん! 補導対象じゃん!」
声を荒げてツッコミを入れたNさんは、
「別にマウント取っているつもりはないんだけど。それに声をかけられても、十分もしないうちにわたしの前から消えていくんだぜ。どうしてだろうねー? 一緒に食事でも行こっかと誘ってあげてるのにー」
「ただで飯を食える。それなら俺は絶対に行くのに」
「逆だよ、逆。わたしが払ってもらう側。ナンパの礼儀でしょ。どこでもいいから好きな場所でいいと言われるから、わたしは行きつけのゲテモノ料理店に行くのにー」
「原因はそれですよ! ゲテモノ料理店に行くのが間違ってる!」
「何を言ってるの? どうせ奢ってもらうなら値段が高い場所に行くのが当たり前じゃない? あと、ゲテモノ系の料理店って、自分のお金をかけてまでは行きたくないじゃん」
「行きつけと言ってたくせに……」
「ナンパされまくるから、いつもそこに行ってるんだよねー。あと少しでコンプリートできるから、もっと声をかけられないかなーと期待中」
「Nさんって意外とビッチの素質があるのでは?」
「と言っても、身体を売ってるわけじゃないよ。一緒にお食事でもどうですかと言われるから、お腹いっぱい食べさせてもらってるだけ。わたし、食費にお金がかかってるから……節約なんだよ。あとね、ナンパしてきた人のお話を聞くのが好きなんだぁー」
「失礼ですけど……Nさんって彼氏とかいましたか?」
「彼氏と呼べる人は、キミぐらいかな?」
「お、俺……?」
「今日一日限定の彼氏でしょ?」
何を当たり前のことを言ってるの、と言いたげな表情でNさんは訊ねてきた。
「まぁーそうですけど。本当に今まで彼氏とかいなかったんですか?」
「生憎だけど、わたしは恋の味を知らないんだよねー」
「俺が恋の味を教えてあげますよ、ふっ」
「気持ち悪いから遠慮しとくね」
「先輩面してたけど、Nさんも俺と同格だったんですね。年齢=お付き合いしたことがない歴でしょ?」
「キミとわたしには決定的な差があるよ」
そういって、Nさんは呆れたように嘆息した。
「わたしはね、付き合おうと思えば異性といつだって付き合える。キミは努力しても付き合えない。これは大きな差だよ」
「負け惜しみですね。それなら試してみますか?」
「試すって?」
「決まってるじゃないですか。本当にNさんが付き合えるのか、ですよ」
「ふーん。大人をバカにしているのかー。それじゃあ——」
立ち上がって下を覗くNさんを止めるように、俺は言った。
「俺を落としてみせてくださいよ。本当に付き合えるのか?」
その瞬間だった。
ニッコリと笑みを浮かべたNさんが振り返って、
「あっ……やばいよ、Cくんっ!! 先生に見つかった!」
「えっ? 見つかったって?」
「このままなら怒られちゃうかも?」
「怒られちゃうかもじゃないでしょ?」
「と、とりあえず……窓から飛び降りよう!」
「あのぉー、Nさん。一応ここって高いですよ」
「でも、ほら……バレてお咎め食らうのは困るじゃん」
「俺は怪我したくないので——って、引っ張るなるぁ!」
「いいよ、キミが怒られてる隙にわたしは逃げるからぁ」
ガラガラと窓を開けて、Nさんは本気で飛び降りようとしているらしい。閉め切っていた時間が長いのだろう、窓を開けた瞬間にほこりが舞ってしまった。
「おいぃぃぃ!! お前ら、ここは立ち入り禁止だぞぉ!」
怒り狂った教師が数人やってきた。先頭に立つ教師は熱血系で、その後ろにも若い教師が連なってる。
その声に反応するように、ステージを見る生徒たちの視線が集まった。こんなに注目されるのは初めての経験である。
このまま教師に捕まったら最後、絶対に笑い者だ。
もう腹をくくるしかない。Nさんを見る。彼女は待っていたぞ、と言うような表情で、俺を見てきた。
「Nさん、逃げましょう」
「遅いぞ、Cくん。文化祭なんだ、楽しもうぜ」
そうですね、と俺が言う前に、彼女はもう飛んでしまっていた。シュワッチという声が聞こえてきたので間違いない。
続けて、俺も飛び降りようとするのだが……これが怖い。
思っていた二倍ぐらいは高く、あと一歩が出ない。
無事に着地したNさんは手を振って「早く来いー」と促してくる。あーもう、どうとでもなっちまえ。
後ろを振り返り、先生たちにニヒルな笑みを見せてから、俺は飛んだ。ジャンピングー、アイキャンフライー。
空を舞った。空を飛んだ。空に浮かんだ。
すげぇー怖い。怖い。蝶になる気分ってこんな感じなのかな。生まれ変わりがあるなら、蝶になってもいいかも。
そう思った瞬間には、落下落下落下。物理の法則ってやつ? 重力の関係? 俺、馬鹿だからよくわかんねぇーけど。俺、文系だから全然わかんねぇーけど。
宇宙の神秘的力に促されて、俺は落下した。
カッコよく着地したいと思っていたものの、見事に失敗。
体勢を崩しながら、どうにか二本足で着陸した。
うん、捻挫しなくてよかった。捻らなくて。
「よしっ、逃げるぞ! Cくんー!」
Nさんが手を引き、俺を次なる場所へと連れて行こうとする。
彼女に促されるがままに、俺は歩き出した。隣を歩く少女の表情は輝いていた。笑みが耐えられなくて、ニタニタ顔になっている。あーそうか、これが青春なのかと自覚した。
後ろから「おいぃぃぃ!! 貴様らのことは絶対に許さんぞぞおおぉぉぉぉー!!」などという、バカな教師共の声が聞こえてきたけれど……完全無視だ。知ったことじゃない。
「これからどうしますか?」
「どうするって、いっそのこと暴れちゃう?」
「暴れるって?」
「そりゃぁ、もちろん、文化祭をぶっ壊しちゃえ!」
「あのー本気で言っているんですか?」
「わたしを誰だと思っているんだい? どこまでも真面目なお姉さんだぜ」
「真面目だからこそ、そんな発言をしないと思うんですけど」
と、甲高い女性の声が聞こえてきた。
「何度も言わせないでぇ! わたしは出るのぉ!?」
白のドレスみたいな衣装に着替えた黒髪ロング女子の姿。
彼女の周りには、男女共に多くの生徒がいる。
黒髪ロングの女の子を必死に止めているようだ。
「やれやれ……もしかして痴話喧嘩かなー?」
ニヤリと口角を上げて、Nさんは言った。実に楽しそうだ。
「違いますよ。アレは演劇部です。主役の女の子が怪我をしたみたいなんです。だから、もう今年の——」
どうでも良さげのようにNさんは歩き出した。
自分には関係ないとでもいうかのようだ。
演劇部の方々を見る。この世の終わりを悟ったかのような表情をしている。無理もない話だ。演劇部は代々文化祭の大トリを飾るのだ。この学校の風物詩と言ってもいいだろう。
それができない。それがない。そうなってしまったら、生徒たちの不満が募るはずだ。特に主役を務めることになった、あの女の子が一番辛い思いをするだろう。
痛みを堪える表情を浮かべて、黒髪の女の子は言った。
「わたしのことは大丈夫です。先輩たちには、絶対に迷惑をかけられません。わたしにはまだ来年がありますけど、先輩たちにはもう二度と来ない文化祭なんです。だから——」
彼女は絶対に主役を演じ切ると言った。
涙を流しながら。痛みが堪えているが、無理なのだろう。
側から見るだけでも痛々しく赤く腫れ上がってる。
あのまま動くことなど不可能に近いだろう。
別に彼女を助ける義理はなかった。
別段、俺は演劇に興味ないし、演劇部などどうでもいい。
それでもやはり——このまま黙っておくことはできない。
遠く離れた先を歩く、制服を着た女性の背中を追いかける。
そして、俺は言ってのけた。
「お、俺……Nさんがステージで輝く姿が見たいです」
振り返った彼女の表情は「はぁ? こいつ何を言ってんの?」とあからさまに嫌そうなものだ。
「あのねー、Cくん。もうわたしは、女優になる夢を諦めたの。だからさ、これ以上……古傷をえぐるような真似はやめてよ」
「好きなんでしょ? Nさん……劇が今でも好きなんでしょ? パンフレットに赤色で二重丸をしていたじゃないですか」
「っっっっっ!?」
目は口ほどにものを言う、と言うけれど分かりやすい人だ。大きく目を見開いて本気で驚いているようだ。
「ぬ、盗み見たんだね。こ、この変態っ!」
「そうです。俺は変態です」
続けるように、でも、と俺は力強く言った。
自分の拳を握りしめて、力の限りに。
「今だけは、今日一日だけは、俺はNさんの彼氏です!」
「だ、だから……?」
「彼氏が必死にお願いしたら可愛い衣装を着て、ステージに立ってくれますよね?」
「あ、あのさー。普通に考えて——」
拒否を許さないと、俺は言葉を断ち切る。
「ステージに立ってくれますよね?」
「…………本気で言ってるの?」
「文化祭をぶち壊すんでしょ? 思う存分に暴れられますよ」
「言ったけど、アレはただの言葉のアヤで……」
「逃げるんですか? 大人ですよね?」
「大人というのはね、逃げることが重要なときも——」
「また逃げちゃうんですね。嫌なことから全部」
Nさんの表情が歪んだ。遠い昔にグサリと刺さったトゲが痛むのだろう。そのトゲは、夢を失った代償に違いない。
誰もが夢を持つだろう。医者になりたいとか弁護士になりたいとか金持ちになりたいとか。しかし、人生は甘くない。
どんなに努力を続けたところで、叶わないものは叶わない。
一定の年齢を過ぎれば、夢を諦める日が必ず訪れる。
スポーツ選手などが顕著な例だろう。年齢制限が設けられ、諦めたくなくても諦めなければならない日があるのだから。
だが、夢を諦めて、はいこれで終わりというわけではない。
夢は一種の呪いだ。どこまでも追いかけつづける。
自分が叶えられなかった夢を叶えた人を見ては悔しいと思ってしまうのだ。
そして思うのだ。
どうして自分は夢を諦めたのか。どうしてこんな大人になってしまったのか。そう、何度も何度も後悔してしまうのだ。
悲しみのあまりに感情を忘れてしまったかのように、彼女は言った。涙が溢れているが、拭うことはしていない。多分気付いていないのだろう。
「Cくん、わたしみたいな大人になったらダメだよ、絶対に。わたしみたいな空っぽな人間になったら終わりだよ」
現実の自分。理想の自分。
そのの隔離が自分を傷付けてしまうのだ。
子供の頃は俺だって、本気でヒーローになりたいと思ったものだ。誰もが救える特別な存在に。けれど、今はどうだ。
特別な存在になれたのは事実だが、どちらかといえば俺の役目は悪役である。輝くことすら、俺は許されていなかったのだ。クラスメイト及び先生たちには忌み嫌われ、煙たがられる存在。ほんっとう、現実って上手くいかねぇーな。意味わかんねぇーよ。
「悪いけど、俺はNさんをダメな大人だと思っちゃいない。だって、Nさんだけが俺に手を差し伸べてくれた。屋上にひっそりと佇む俺を救ってくれた」
何を言ってるだって話だよな。
これじゃあ、ただの公開処刑だぜ。
生徒たちの目も集まるし。だけどな、俺は言いたいんだよ。
「だから、次は俺がアンタを救う番だ。アンタが手を差し伸べてくれたように、俺は何度でも手を差し伸ばす」
「何ができるの? わたしを女優にさせてくれるの? 無理でしょ。や、やめてよ……そんな綺麗事を言う人は嫌いだって」
「綺麗事を言うつもりはねぇーよ。現在の俺は頼りないし、何もできない。だけどさ、惚れた女性を笑わせたいと思うのは当たり前の話だろ?」
そういって、俺は彼女に駆け寄った。
彼女は今にも崩れ落ちそうだ。まるで半壊したビル。
俺と彼女が触れ合うまで残り三メートル。
その時点で、彼女は前屈みに倒れ込んでしまった。
もう自分の人生はここで終わりだと言うようだ。
「ほらぁー倒れない。俺が支えてやる」
彼女を抱え込んだ、俺は咄嗟に呟いた。
彼女の顔を見るともうグジャグジャになっていた。
「今からステージに立つってのに、主役が泣いてたら劇になりませんよ」
「……ば、ばか。ぜんぶ、ぜんぶ……キミのせいだ、キミのせいだ」
体重を全て預けるように、彼女はもたれかかってきた。
重みを感じるものの、これが人の温もりだと知った。
「もう泣かないでくださいよ、俺は笑顔なNさんが好きなので」
——
次回『最終回』になるかも??
今回の話は、予想以上に臭いセリフが多かったかも。
私の超好みなので許してね(笑)
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