第14話
次の日。
教室で出席確認を取り終えた後、俺は屋上へと向かった。
どこに行くんだと不審な目で見られるが無視一択だ。
ドアを開き、俺とNさんだけの不思議な空間へと足を踏む。
Nさんの姿はなかった。代わりに俺は不思議な女性に出会う。
彼女はこの世界に遊びに来た人魚姫のような女性であった。
ダークブラック色の長い髪。泡だてた新品石鹸のような肌。
川のせせらぎのように流れる髪を白魚のような白い指で彼女は整える。好きな君子と出会う前に恋する乙女が取るような仕草に、言葉も出てこないほどに俺は見惚れてしまうのだ。
後方から扉が勝手に閉まる音が響く。
その金属音に共鳴するように、彼女の視線がこちらを向いた。真正面で見れば見るほどに彼女の白さ、凛々しさ、美しさ、全てに俺は感銘してしまうのである。高鳴る鼓動を悟られないように唾を飲み込み、視線を左右に動かしてみる。
しかし、昨日ここで約束した女性の姿はない。
騙されてしまったのか。そもそも彼女は自由奔放な人だ。
約束を破るのは当たり前だろうと思った瞬間である。
女生徒の姿が目の前にあった。鼻先と鼻先が触れそうなほどに近い。瞬間移動でも使ったのかと言いたくなってしまう。
「挨拶もできないのかい。Cくんは。礼儀がなってない!」
怒られてしまった。その声には聞き覚えがあった。
昨日俺の前に現れた女性——Nさんだったのだ。
気付いた瞬間に思わず声を漏らして笑ってしまった。
笑う俺の姿にすっかり機嫌を損ねたNさんは腕を組み顔を背けてしまった。
「もうーCくんのことなんて知らないー」
「ごめんなさい。あまりにも……ビックリしてしまって」
「笑うことはないと思う。もしかしてキミって葬式とかで笑っちゃう系?」
「流石にそこまではありません。卒業式で泣いてる奴らを見て、くだらねぇーと思うだけですよ」
「一番クダラナイのは泣いてる人たちを笑う連中なのにね」
服装は変われど、NさんはNさんのままであった。
当たり前の話だけれど。昨日と今日で性格が変われば、それはそれで怖いと思ってしまうけれど。
「制服可愛いですよ。人魚姫かと思いましたから」
「……に、ににに、人魚姫ってば、っ、ばっかじゃないの?」
顔を真っ赤にして、呆れ気味に彼女は返答した。
彼女を真っ直ぐに見据えて、俺は言い切った。
「本気ですよ。一目惚れしましたから」
わなわなと彼女の小柄な肩が小刻みに振動する。
ほんのりと朱色に染まっていた白肌は途端に紅色になった。
可愛い、綺麗などの言葉は聞き飽きていると思っていた。
しかし彼女の仕草は冴えない女性が取るものだ。
「お、大人をか、か、からかって……楽しいの?」
「美人な女性をからかうのは楽しいですよ」
「だ、だからあぁぁぁ! 美人って言うなよ! バカっ!」
と彼女は声高に叫ぶ。前言撤回だ。人が変わったようだ。
命を救われた暴力系ヒロインが心を入れ替え、翌日から大人しい娘になるほどの衝撃である。何と都合の良いことか。
「Nさんって可愛いと言われても平気みたいな感じのキャラだと思っていたんですけど……もしかしてイメチェンと共にキャラ変でもしました?」
「してないから。そもそも二十四歳が高校デビュー紛いのことをするかぁ!」
「それならどうしたんですか? 一人前に照れちゃって。気が狂うんですけど」
「いやぁーさ」Nさんは苦笑いして「流石に年齢を考えたら制服ってヤバイよなって思って。わたし普通にこの状態でここまで来たわけで……。冷静に考えたらこれってヤバくない?」
「冷静に考えるまでもなく、超恥ずかしいですよ。多分、道行く人に『うわぁーあの人コスプレしてるぅー』『制服って年齢考えなよ。誰得なのー?』とか思われているでしょうね」
「言わないでぇー言わないでぇー! それ以上は絶対に口を開かないでぇー! わたしこのままじゃあ死んじゃうよぉー!」
「刺激が欲しいと言ってましたがよかったじゃないですか。最高のスパイスで」
「かけすぎは、人生全体の味を変えかねないからダメだよ」
「そうっすね。現在のNさんは、俺の人生を変えてしまいそうだ。あまりにも輝いて見えるから」
将来的に誰かを好きになったとしても、俺は必ず思い出すだろう。
この人よりも美しい人に、高校時代に出会ったのだと。
どこまでも儚くて、どこまでも美しい不思議な女性に。
目を瞑る度に、脳裏にNさんの姿を思い描くはずだろう。
「本当嫌になっちゃいますね……一目惚れってのは」
気恥ずかしくなった俺は嘆息気味に言った。
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