第19話
「命ってさ、平等だと思う?」
「突然シリアスな質問をしてきましたね」
「いつもわたしがふざけているみたいな言い方だな。お姉さんはいつだって真面目だぜ」
それで、と呟き、Nさんは俺の顔をジィっと見てきた。
「あの俺に惚れました?」
「惚れるわけないじゃん。バカなの?」
「バカで悪かったですね。それで質問ですが……」
うんうんと興味深そうにNさんは頷いた。
人差し指を立て、俺は得意げに言う。
「平等と言いたいところですが、不平等ですよ。現に俺の命は無価値ですから。病気で苦しんでる人たちがいる中で、どうして俺みたいな人間が五体満足で生きてるのかって思いますよ」
「随分と自虐的だね。綺麗事を言わないタイプで安心した」
「で、何を言いたかったんですか?」
「昨日さー、わたしスーパーに行って鶏肉を買ったの。食用に特化したニワトリをね、ブロイラーと言うの。知ってる?」
「知りませんでした。それで、それが?」
「普通のニワトリが若鶏になるまでには三ヶ月ぐらいかかるけど、ブロイラーはたったの二ヶ月未満しかかからないの。これってもう食べられるために生きてるよねーって思ってさ……昨日の夕飯は、ご飯を5回しかお代わりできなかったよ」
「Nさん。普通の人は、5回もお代わりしません!」
「人間ってどうして働くんだろうね」
Nさんはポツリと呟いた。
その声はどこか疑問形のように聞こえた。
子供の純粋な質問みたいだ。
「そもそもな話、機械化が進んだ理由は、人々の暮らしを楽にさせることだったと思うんだ。でもさー楽になるどころか、生き辛くなってるのが現状じゃない?」
「生き辛いって?」
「希望が見えないじゃん。『高度経済成長期』って言葉を知ってるかな?」
「バカにしないでくださいよ。戦後の日本のことですよね?」
「そうそう。Cくんでも知ってたんだね」
といって、Nさんはからかってきた。すげぇームカつく。
これぐらいは小学生で習う話だ。
「日本の経済成長期は1950年代後半から1970年代前半ぐらいだったかなー。では、問題です。1970年代のなりたい職業ランキングのベスト3をお答えください」
自分勝手な人だな。突然質問をふっかけてくるなんて。
「スポーツ選手、医者、弁護士……あとは、なんだろうな。堅実に公務員とかですか?」
「答えは一位から、エンジニア、プロ野球選手、サラリーマンだぜ」
「サラリーマンが三位なんですね。意外な結果。というか……エンジニアって当時から人気だったのか」
「失礼だなー。サラリーマンは花形の職業だったんだぜ」
そう前置きをして、Nさんは教師みたいに語り出した。
「50年前は科学を崇拝していたからね。三種の神器って言葉を知ってるでしょ? 人々は科学の力でどんな問題でも対処できると思っていたんだよ。だからね、エンジニアの需要が高かったわけ。で、製品を売るためにはサラリーマンの活躍が必要になる。こういうわけで、エンジニアとサラリーマンの人気が高かったんだよ」
続けて、Nさんは淡々と言った。
その横顔は恐ろしいほどに綺麗で吸い込まれそうになる。
「でも、科学は役に立たなかった。当時の人々は経済がうなぎ上りになると思っていたんだけど、限界があった。少年少女向けのSF雑誌に書かれた『未来予想図』があったんだけど、そこでは空飛ぶ車とか働くロボットとか……まぁー現在のわたしたちでさえ到達できない未来がすぐ近くにあると信じてたわけだ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』で予想された世界だって、見当違いと言うか、まだまだ無理だからねー」
でも、まぁーと溜め息を吐き捨て、Nさんは、
「現在のわたしたちは、科学には限界があると知っている。不治の病は未だに不治の病だし、遊んで暮らせる世界はまだまだやってくる気配はない。おまけに機械化が進み、わたしたちの生活は一部では豊かになったが、忙しい毎日になった。現代人が一日で手に入れる情報量は、平安時代の人々の一生分とか、江戸時代の一年分とか言われてるんだぜ」
次から次へと説明されると対応に困るな。
一度まとめてみるか。
1970年代(ってか、今から50年前ってやばいな)の人々は、科学崇拝を持っていた。三種の神器などが良い例だ。ま、こんなに画期的な製品を出されてしまっては、科学に陶酔するのも仕方がないな。
逆に、現代の我々はどうだ。科学の力には限界があると知っているし、幸せにはさせてくれないと分かりきっている。
電球が発明された頃は、これで夜も明るく楽しい生活になると思ったことだろう。でも実際は「これで夜にも働けるよね? よしっ、働いてもらおうか」となっただけだ。
機械が働き、人々は遊んで暮らせる生活になる。そう思ったけど、どうだ。現代でも働かないと生きていけないのだ。
ドラえもんなんて、100年後の世界だぜ?
ほんっとう、呆れちまうよな、こんな人生。
「ねぇー、希望とか持てないでしょ?」
余程、俺の顔が酷かったのだろうか、Nさんが訊ねてきた。
コクリと頷きつつ、俺は真面目に答える。
「希望を持てないというのは、その通りですよね。子供のなりたい職業ランキングと言えば、Youtuberが入ってるって話を知ってます?」
「あーそれ今から説明しようと思っていたのにー」
むくぅーと唇を尖らせて、Nさんは俺のほっぺたをつまんできた。素直に痛い。俺のことなど気にする素振りもなく、Nさんは言った。
「その職業が上位に食い込んでる理由は、希望が持てるからだよ。夢がある職業とでも言うのかな。科学は死んだ。もうわたしたちを救ってくれないし、わたしたちを夢のある世界(遊んで暮らせる世界)には連れて行ってくれない。では、もう自分で稼ぐしかないでしょと。自分で一攫千金するしかないと」
そういうわけで人気があるんだよ、とNさんはか細い声で言った。
「Nさんは働かずに遊んで暮らせる時代が来ると思いますか?」
「国民全員が、というのは無理だよ。でも一部の人間が遊んで暮らせる時代は来るよ、確実に。というか、現にわたし……家賃収入で遊んで暮らせてるし」
「クッソオォォォーーー!! 羨ましいぃぃぃぃぃーー!!」
「衣食住の三つは必ずどの時代でも需要があるからね。もう少し時代が経てば、最終的には『不労所得』系の職業が一位になる日が近いんじゃないかな?」
「超絶ゆとり世代とか言われそうですね」
「ゆとりで良いじゃん。幸せならそれで。そもそも遅刻したらダメだー、欠席したらダメだーって言われるけど、たった一人いないだけで仕事が回らないってもう会社側に問題あるよ」
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