宇宙人にされた男 五
俺は静かに眼を開けた。
頭が痛かった。頭だけじゃなく身体の節々が痛かった。長い間寝ていたのかもしれない。学校へ行かなきゃと思った。寝ぼけていた。俺の視線の先に禿げがいた。周りにも医者みたいな助手みたいな人達がいた。
「気分はどうかいな」
俺を見下ろして禿げ博士が言った。思い出した。前田博士だ。
「頭が痛いです」
俺はそう言ったつもりだった。でも口が思うように動かなかった。
まるで口の中にセメントでも入れられて固められたような感覚があった。途方もない違和感があった。次第に俺は今までの俺がどういう状況下にいたのかが解ってきた。
そうだ。俺は宇宙人に改造されかけていたのだ。ショックで心臓がズキンとした。
俺は立ち上がろうとした。妙な感触だった。手足の感覚がおかしい、麻痺したようだった。とにかく必死で俺は立ち上がった。
周りの白衣の連中が驚いて俺の周りに集まってきた。好奇心丸出しの顔で俺を観察している。俺は動物園の熊じゃないぞ。
俺はそう言いたかった。嫌な予感がした。不気味な予感といってもいい。俺はふらつきながらも立ち上がった。そして大きな鏡の前に立った。
――夢かと思った。死ぬかと思った。目が変なんだと思った。拗ねてやると思った。失禁してやると思った。はっきり言って俺は気絶寸前だった。
そこにはあの出目金宇宙人が立っていた。一瞬着ぐるみかと思って背中にジッパーを探したがどこにもそれらしいものは無かった。ジョークでもギャグでも悪ふざけでもなかった。誰一人「ドッキリです」とは言ってくれなかった。
「完璧だねさ」
博士がそう言うと周りの連中が嬉しそうに目を細めて、また俺に注目した。俺はなんだか悲しくなった。
俺は化け物にされたと思った。悲しさが怒りに変わってきた。俺は壁を叩き手術台を蹴った。俺の手の指は四本だった。親指が二本に、人さし指と中指一本づつの計四本だ。身長は160センチ位だろう。傴僂(せむし)のように背骨が曲がり、腕は細く床に付くほど長い。脚は頑丈で昆虫みたいだった。
俺はまじまじと手術台の上の宇宙人をみた。俺はそいつだった。そいつそっくりの化け物だった。心が痛かった。剣で心臓を突かれたような心持ちだ。理屈で割り切れる気持ちなんかじゃなかった。やっぱり俺はばかだったと思った。
「飯塚君。わしがわかるかいな?」
博士が言った。その言葉は俺の耳でなく、意識にダイレクトに伝わってきた。俺には耳がないらしい。テレパシーだった。意識から意識への無線の通信だ。
「わかりますよ。博士」
俺が心の中でそう言うと博士が頷いた。テレパシーが通じたのだ。俺は頭の中が混乱してパニックでも起こしかけたが、なんとか自分を抑えた。大きく息を吸い込む。
宇宙人の肺は大きい。いくらでも空気を吸える気がした。あんまり吸い込んだらかえって気分が悪くなった。
「心配しなさんな。任務が済んだら君を元の人間に戻すわ。君の身体の情報は全てコンピュータにバックアップしてあるのよ」
「任務ってなんでしたっけ?」
俺はとぼけた顔をしたかったが、宇宙人にとぼけた顔はなかった。
「おやおや。しっかりしてくださいな。飯塚君さあ」
博士が困った顔をした。俺はなんとなくボケをかました。たぶん悔しくて怖くてボケてみたかったんだと思う。
テレパシーをつかってボケたのは俺が最初かもしれない。俺は医者達に注射をされた。なんでも栄養注射だと言う。
本当のところ宇宙人が何を食べるのかわからないみたいだ。そこで栄養注射というわけらしい。人間ならさしずめ葡萄糖の点滴といったところだろうか。
でも無性に気になる。俺ってなに食べるの? 俺は博士に再確認されるように任務を復唱した。いや任務としてはさほど難しい任務ではないと思う。
敵の星に行き、絶えずその星の情報を地球に送る装置をセッティングすればよいのだ。敵を殲滅させるわけでも、捕虜にして捕まえるわけでもない。
「さて、紹介しましょうかねえ」
博士がテレパシーでそう言った。俺には人が普通にしゃべってくれても、しゃべらずに心で思ってくれても、どちらとも同じように心に伝わってきた。心のスピーカーに相手の声が鳴り響くのだ。
「紹介?」
俺がそう思ったとき、俺たちのいる大きな手術室のドアがスッと開いた。入ってきたのは、上背のあるがっしりとした体格の男だった。
半袖の黒いティーシャツに上腕二等筋・三等筋あたりが隆起していて胸板が厚かった。下半身は戦闘服のズボンを穿いていてわからなかったが、とにかく逞しい男だ。歳は三十前後だと思う。
「広瀬曹長ですよ」
博士が言った。
「やあ、ご苦労です。自分は広瀬と申します。よろしくお願いします」
その男はいかにも軍人らしい太い声でそう言った。テレパシーでも声の質は微妙にわかるのだ。広瀬曹長はスポーツ刈りで色黒で眼が鋭かった。
「広瀬君は格闘技の達人でな。カンフー、空手、テコンドウ、柔道、キックボクシング。何でも出来る」
俺にはどうにも仲のよくなれそうタイプの人間ではなかった。
「彼は何ですか?」
俺は博士に訊いた。
「今回の任務の大事な一員なのよ」
「はっ?」
「広瀬君は君と同行して敵の星に行く。宇宙船に君と乗り込むんだよ。君を補佐するのが広瀬君の役目さ」
俺はなんか、嫌な感じもしたが、一人ではないと思うと心強い気もしてきた……。
「でも、宇宙人に見つかったらやばいんじゃないんですか?」
俺は訊いた。
「そうならないようにして欲しいのよ。でももしそんな事になったら君が彼をかばってね。君が彼を助けるのよ。宇宙船に隠れて君の手助けをするのが広瀬の任務だから。すべては君を無事に帰還させるためなのよ」
「……」
確かに俺にとっては広瀬曹長は頼もしい補佐役かもしれないが、しかしなにか一抹の不安が俺の胸をよぎった。
その様子を内田陸将以下、自衛隊の幹部達が透明スクリーン越しに見ていた。博士がドアを開けると内田陸将が入ってきた。俺を奇跡を見たような顔で見つめていた。
「飯塚。しっかりやれよ。必ず帰って来いよ」
内田陸将の言葉が俺の心に何度も響き渡った。俺の手を陸将が強く握った。もしかしたら俺は涙ぐんでいたかもしれない。
今から辞めませんかと言いたかったけれど、そうもいかない状況だった。
家族の顔が脳裏に浮かんできた。母さん、父さん、ばあちゃん、恋人の亜紀、それに妹の梓の顔が心のスクリーンに投影されていた。
俺はテレパシーを家族と亜紀の心に飛ばした。距離的に届かないかも知れないが、どうしても俺はそうしたかった。これまでありがとうのメッセージだった。
「さあ、宇宙船に行こう。準備万端よ」
博士が言った。俺はその部屋を出て歩き始めた。広瀬曹長ももちろん一緒だ。博士が先頭に立っている。関係者が数人後に続いた。
通路の天井は高く廊下のタイルはつるつるした光沢を放っていた。かなり歩くと左右の壁の左側に鋼鉄製のドアというか扉があった。
カードをスライドさせて博士がその中に入った。なんと螺旋階段がそのドアから下に続いていた。そこは広い空間だった。なんというか学校の講堂ぐらいの大きさはゆうにあった。
その中央に宇宙船はあった。鉄骨で組んだ脚の上にその宇宙船は設置してあった。直径6メーター以上、長さは20メーター近い。薄い緑色をしていた。
流線型だった。俺たちは宇宙船の中に入った。色々な機材やらコンピュータみたいな物が整然として並んでいた。
濃いモノトーンの色調が船内を覆っていた。更に船内の奥に進むとコックピットらしいものがあった。
「宇宙船の操縦はどうするんです?」
俺は博士にテレパシーを飛ばした。
「広瀬曹長がやる。宇宙船はだいぶ破損していて酷い状態だったが何とか我々の科学チームで修理したのよ。操縦法は宇宙人がまだ生きていた頃、なんとか聞きだしたのよ」
「宇宙人がよく操縦法を教えましたね」
「広瀬曹長は拷問が得意なの」
俺はたまげた。広瀬曹長は一見好男子なんだが、拷問したと聞いて寒気さえしてきた。俺はこのとき広瀬曹長には逆らわず従順な宇宙人でいようと決めた。
「さあ、心の準備はいいかね。あと一時間三十二分でこの宇宙船は無限の大宇宙に飛び立つのよ」
「敵の星にはいつ頃着くんですは?」
「いい質問だが。正確にはわからないの」
「えーっ」
俺は絶句した。随分と間抜けな話だと思った。
「そんなばかな」
「そのコックピットに設置されているナビみたいな機械を「自星に戻る」とセットすれば星につくのよ」
「……」
「約5ジェットンだわさ」
「はっ?」
俺は聞き返した。
「宇宙人の時間の単位で5ジェットンなのよ、しかし我々にはその単位が正確に把握できないの。だから5分なのか、50分なのか、或いは5年なのか、残念だがわからない」
「そ、そんなめちゃくちゃな話ってありますか」
俺はテレパシーをバシバシ博士に飛ばしていた。
「5と言う数字も我々の十進法の5ではないかもしれないので、実のところ全くもって不明と言っていい」
「もし、それが50年だったらどうするのです? 自分は年寄りになっちゃうし、帰る前に寿命が尽きています」
「大丈夫さね。念のためにコールドスリープするから」
「人口冬眠ですか」
「そうよ。たとえ一世紀だって君は眠っていられるのね」
「まさにSFの世界ですね」
「そうだねえ。昔のSFは今の現実なのよ」
そうと聞いて俺は内心、もの凄いショックを受けていた。あまりにも杜撰(ずさん)な計画じゃないか……。 ほとんど行き当たりばったりに近い。
「心配しなさんな。君が地球に帰るときまでに1ジェットンが地球上で何時間に当たるのか解明しておくわさ」
はぁっ? 意味ねえじゃ……。 俺はそう思った。それにしても不安だった。
俺は恋人の亜紀にもう一度生きて会えるのだろうか?
逃げようかと思った。だが今となっては俺はどこにも逃げるところなんてないんだ。もうどうしようもない。腹をくくってこの任務をやり遂げる以外ないんだ。俺はそう自分に言い聞かせていた。
「さあそろそろ我々は宇宙船を出る。広瀬君。頼んだよいいね」
前田博士は実に真剣な顔で広瀬曹長を見つめた。
「はいっ!」
と言って広瀬曹長が最敬礼した……。
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