宇宙人にされた男 八



 どこをどう通って宇宙船に帰り着いたのかわからない。とにかく俺は道に迷いながらもやっとの事で船に戻った。ステーションゲートには立ち入り禁止みたいに赤いテープが何本も張り巡らされていた。

 

 たぶん地球から帰還したばかりの宇宙船は再検査が行われるのだろう。もし地球から細菌やウイルスが持ち込まれたらエライ事になるだろうから。それにしては俺の身体検査はほとんど行われかったが……。まあいい、今はそんな事を考えている場合じゃない。


 俺はそのテープを引きちぎって船内に進入した。

 我ながら凄い力だった。やはり広瀬曹長の事が気になって仕方がなかった。彼がいなければ地球に帰れない。船内は真っ暗だったのでとにかく明かりのともりそうなスイッチ類を探した。宇宙人の俺も暗闇ではさすがに目が見えない。しかし滅茶苦茶にスイッチを入れるのは危険だ。


 俺は航行時の記憶を懸命に辿りながら、やっと照明を付けた。誰もいないので四方にテレパシーを飛ばすと声が返ってきた。


「よう、飯塚やっと戻ったか……。大丈夫だったか」


 その声が妙に懐かしかった。俺はなんだか嬉しくなった。


「俺なら大丈夫です。曹長こそご無事でしたか?」

 

 そうテレパシーしながら声の方向に移動すると、上からとつぜん広瀬曹長が降ってきた。船の天上部にある通風孔のような管の中に隠れていたらしい。


 改めて曹長の忍耐力には驚ろかされる。降り立った広瀬曹長はそそくさと船の床下にある装置を取り出した。それはちょうどスーツケースぐらいの大きさで金属性の丸い円筒形の代物だった。


「さあ、行くぞ飯塚! 幸いこの星には酸素がある。酸素ボンベなしで行動できるんだ。早いとここいつを地下に埋め込んでとっとと地球に帰ろう」


 その声を聞いて多少明るい気持ちになれた。


 一連の出来事で俺は気が滅入っていた。広瀬曹長がその装置を担いで俺たちは宇宙船を出た。誰かに感づかれたらおしまいだから、慎重に行動しなければならない。


 二人は地球感覚で十五分ぐらい路を歩いた。そこで曹長が立ち止まった。下は砂のような地面だった。


「ここでいい。あんまり遠くまで行くと危険だ」


 曹長がそう言った。


「こいつをセットすれば一時間後にはドカーンさ」


「ド、ドカーンって?」


 俺は意味もわからずそう訊いた。


「おまえ、知らなかったのか? 知らされていないのか」


 何の話かと思った。まったく聞いていない話だった。


「これは爆弾だよ。あの前田博士が発明した極めて高性能な爆弾さ。原爆の数万倍の破壊力を持つんだ。この星諸共、破壊する」


「ええっ! 爆弾! 星ごと爆破!」


 俺は驚いて震え慄いていた。


「そうか、やっぱりお前は事情を知らないんだな。地球のお偉方の間で宇宙人は極めて危険な生命で、友好や協調は望めないとして、先手を打つ事が閣議で決定したんだ」


「先手を打つって」


「宇宙人は解剖され調べつくされた。奴らは怪物だ。良心のひとかけらも持ち合わせていない。奴らは文字通りのモンスターだよ」


「だからって星ごとなんて、ひどい話だ。彼らの他にだってこの星に生き物はいるはずでしょ」


「そうかもしれん。しかしこれは命令だ。我々に私情を挟む余地はないんだ」


「こんな事だと知っていたら自分はここに来ません。辞退していました」


 俺は知らぬ間に感情的になっていた。それでいて変に冷めていて俺って案外善良なんだと思った。


「今となっちゃ、どうにもならないさ。これを埋めて帰るんだ。こいつはスイッチを入れると筒の先端から掘削カッターが出て、装置が勝手に地中に沈むんだ」


「このまま何もせず帰りましょう広瀬曹長。失敗したと言えばいい」


 俺は真剣な口調でそう言った。


「ばか言え。こいつらを生かしといたら、人類が危ないぞ!」


 曹長の語気が強まった。



「何をしているんだ!?」


 その時不意に俺の頭の中で不気味な声がした。


 振り向くと二メーター近い宇宙人がひとり、手に光線銃のような武器をもって立っていた。そいつは随分と不機嫌そうな顔をしていた……。


 その宇宙人は広瀬曹長をじろじろと見ながらテレパシーを飛ばしてきた。


「こいつは何者だ。たしか地球人じゃないのか…… あーっ?」


「そうです。良くご存知で。俺はアコンダクタ。こいつは捕虜です」


 俺は弁解するようにそう言った。


「アコンダクタ…… あのエルザークさんの……。 こいつはお初です。あなたの武勇伝は聞いております。それにしても捕虜は拘束しないと危険ですよ。アコンダクタさん」


 そいつはちょっと首を傾げて続けた。


「しかし、アコンダクタさん。なんでまたこんな夜にこんな所にお出でなんです? あなたの家はこことは随分離れている。なんだか妙ですねえ。それにその捕虜とかが持っているその得体の知れない物はいったい何なのです? 詳しい説明をききたいものです」


「それは……」


 俺は固まってしまっていた。うまくこの場を切り抜けなければならない。


「どうも腑に落ちない。それに捕虜があなたと親しそうにしていましたねえ。なぜです?」


 広瀬曹長はただ黙って立ち尽くしていた。


「実はこの地球人はスパイなのです。我々のしもべですよ。地球に侵入させ情報を送らせる。だから拘束なんて要らない」


「あれっ? さっきは捕虜だといい、今度はスパイですか? どっちなんですか、ちょっとそこのパトロールセンターまで来ていただきたい。ゆっくり事情をお聞かせ願いましょうか。エルザーク様にも連絡を取ってみたいと思います」


 パトロールセンター? こいつは宇宙人警察官か……。 とにかくまずい事になってきたと思った。


「着いてきなさい」


 大きな宇宙人がそう言い、俺達はその宇宙人に光線銃をむけられたまま、歩き出した。

 しかし広瀬曹長はおとなしくしていなかった。曹長は勇敢で血気盛んな男なのだった。


「どええええええええーーいっ!!」


 俺の背後で広瀬曹長が奇声を発した。そして助走をつけての跳び膝蹴りを宇宙人にめがけてはなったのだ。


 一瞬宇宙人が前にのけぞったがすぐに体勢を立て直し、長い腕で曹長の体を払った。もんどりうって曹長が倒れた。


 曹長も負けてはいなかったが、結論から言って曹長の格闘技は宇宙人にはほとんど無力だった。まったく宇宙人はダメージを受けなかった。そればかりか広瀬曹長は逆に宇宙人にこっぴどく打ちのめされ、その場にぐったりと倒れこんでしまった。


 宇宙人は光線銃を構え、倒れた曹長に向けた。このままでは撃たれると思った俺は反射的に全力で宇宙人に突進していた……。


 はっとして気がつくと俺は立っていて、宇宙人は無様に倒れていた。俺のタックルはそんなに凄いのかと思った。


 とにかく俺は意識不明の広瀬曹長を肩に担ぎ上げ、爆弾は捨てて行こうと思ったが、これが奴らの手に渡れば厄介だと思い直し、脇に抱えて一目散に宇宙船に走った。

 もちろん宇宙人の持っていた光線銃は足で踏みつけて壊した。宇宙人の脚力は馬並みで、我ながら驚いた。宇宙人はいざとなると火事場の馬鹿力を発揮できるようだし、体力も人間をはるかに凌駕すると思った。


 宇宙船に戻ると俺は床に曹長と爆弾を投げ出した。宇宙人の俺にはなぜかデリケートな真似はできなかった。その衝撃で曹長が意識を回復した。


「ど、どうした?」


「どうしたも、こうしたもありません。とにかく一刻も早くこの星を脱出しましょう」


「装置はどうした? スイッチは入れたのか」


 夢遊病者のように曹長が言った。


「なにもせず、持ち帰りました」


「装置を起動させなければだめだ! それが俺達の任務だ」


「曹長、もう少しで殺されるところでした。今更、あの場所には戻れません!」


「爆破任務でこの星に来たんだぞ。どのつらさげて地球に戻れる!?」


 曹長が顔を紅潮させてそう叫んだ。


「自分には任務より、命の方が大切です。広瀬曹長だって死なせるわけに行きません」


 俺は宇宙船の覗き窓から見える宇宙人達を指差していた。奴らはいつのまにか宇宙船の周りに集まってきていた。おおかた宇宙パトロールとか言うとぼけた名の奴らだろう。


 それを見てさすがに広瀬曹長ももうどうしようもないと思ったみたいだった。


「しかたない、悔しいがここは一端逃げよう」


 広瀬曹長はそう言うと直ちに宇宙船の発進に取り掛かった。といってもボタンとレバーを数回押したり引いたりしただけだが。凄まじい轟音がした。宇宙人たちが必死で光線銃を発射したけれども、宇宙船の頑丈なボディはそれを跳ね返した。


 宇宙船はいきなり垂直に飛び上がった。そして瞬く間に緑色の星が小さくなった。ほっとしたのは俺も広瀬曹長も一緒だったとは思うが、広瀬曹長は凄まじいGに耐えながらも「ちくしょう」などと何回も言って悔しそうだった。さすが軍人だと思った。

 

 俺は安心しただけで、そんなに悔しいとは思わなかった。


「ここは地球に帰り、正直に報告するしかなかろう。任務は失敗だ。大失敗だよ。もう一度やり直すんだ」


 曹長が肩を落としたが俺にすれば成功に近かった。出来れば爆弾なんて使いたくなかったし、生きて帰還できればそれでいいと思った。だいぶ飛行すると緑の星が視界から消え去り、暗黒の宇宙が窓の外に広がっていた。


 広瀬曹長はめっきり寡黙になり静かに星々を眺めていた。


 俺には曹長の後ろ姿が妙に寂しそうに映った。そんな風に感じるから俺はまだ人間なんだと思った。


「ありがとう飯塚。おまえがいなかったら俺は死んでいたな、きっと」


 広瀬曹長が俺の眼を見ないでぽつりとそう言った……。



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