宇宙人にされた男 十二
俺の目の前にいるのは、確かに内田陸将だった。
しかし俺の知っている内田陸将はこんな老人ではないはずだ。あの時はせいぜいいっても五十歳位だったと思うが、ここにいる陸将は七十近い老人だった。でもその眼の輝きはあの時の陸将と寸分変わらなかった。
狐につままれたような妙な感覚が俺の脳内に蔓延した。
「まさか、君は広瀬か、あの時の……」
内田陸将が自分の目を疑うようにそう繰り返した。
「いったい、どういうことだ? 君はもう二十年以上前に敵の星に行き、未だに帰還していない。飯塚という男も宇宙人に改造されて、そして……」
俺はもう何がなんだかわからず、テレパシーを叩きつけていた。
「内田陸将、自分が飯塚健人です。自分と広瀬曹長は敵の星に行き今帰ってきたのです」
「い、飯塚だって! あ、あの宇宙人に改造された、あの飯塚か!」
「そうです、自分は飯塚健人であります!」
「おお! 今になって帰ってきたと言うのか。信じられん。よくぞ戻った」
陸将の声が掠れて震えていた。
「生きていたのか、おお、お前達は生きていたんだな」
「はい、恥ずかしながら生きていました。陸将!」
俺はびっくりした。そして広瀬曹長の中にかつての日本男子を見た。
「申し訳ありません。陸将、自分は任務に失敗いたしました! あの装置は起動できず、そのまま持ち帰ってきました。その為に今の状況を招いたのかと思うと悔恨の極みです」
「そうだったのか、まあいい。それはもう仕方のない事だ」
前田陸将が曹長の肩に手をかけた。曹長の肩が震えている。周りの人達も無言でその成り行きを見つめていた。少年もびっくりしたようだった。
「飯塚…」
そう言って陸将が俺を見つめた。俺は曹長みたいに反省できなかったし、そういう気分にはなれなかった。爆弾と知らされていなかった件が心に引っかかっている。
「前田博士は死んだのですね?」
俺は静かにテレパシーを陸将に飛ばしていた。俺はそれを確かめたかった。
「……」
陸将は眼を閉じたきり無言だった。改めて俺は限りない絶望感を味わっていた。前田博士がいなかったら俺はどうなる? 一生宇宙人なんて絶えられないし、家族が生きていたとしても面会できないじゃないか。俺はもう死のうかと思った。
でも、すぐに死ぬ気はなかった。なんとかして宇宙人に反撃してやりたいと、そう思った。
「ところで教えてくたさい。今の年号は何年なのです?」
俺は陸将にテレパシーした。その質問は次元を超越していたかもしれない。
「何年?」
内田陸将が俺を見た。
「年号か」
「はい」
俺はもう真相を知りたくてたまらなかった。
「今は2040年だが」
「2040年…… そうか。やっぱり、もしかしたらこれはタイムスリップだ!」
内田陸将が答えたと同時に広瀬曹長が合点したようにそう言った。
「ここは自分達から見たら、きっとずっと未来の地球なんだ」
「ずっと未来?」
「そう考えれば辻褄があいます」
平常心を取り戻したみたいにゆっくりと広瀬曹長がそう言った。
「どういう事だ、それは広瀬」
内田陸将が不思議そうな表情を浮かべた。
「もしかすると俺達は帰る時代を間違えたんだ。きっと」
俺だけを見て曹長がそう言った。
「時代を間違えたというと? それはどういうことです?」
俺は興味津々で曹長にそうテレパした。
「いや、故意に間違えた訳じゃないが……。その可能性が高い」
再び思案するように曹長が言った。
俺たちは基地の奥の広い部屋に通された。まわりは豪壮なつくりの地下要塞といった感じだった。凄い。
――俺の心には内田陸将と再会できた興奮が残っている。
その作戦会議室みたいな部屋の椅子に座って、広瀬曹長が静かに思索するように腕を組んだ。内田陸将が対面に座り、周りには自衛隊の幹部連中みたいな人の顔が並んでいる。
「たぶん、あの星から帰還する時に何かが狂ったのです」
「どういう話なんだ広瀬、意味がわからんが、なにがあったんだ?」
「陸将、自分が20年経った割には若いとはお思いになりませんか?」
陸将は無言だった。
「広瀬曹長、自分たちが時間を飛び越えたとでも言うのですか?」
俺は狐につままれたような顔をしていたに違いないと思う。
「そもそもこの船の航法が極めて複雑で、誤りを生じやすいのかもしれない。空間をただ進むのではなく、空間の亀裂を潜り抜けるという難解な航法だから、なにかの拍子で時間軸を飛び越えたのかもしれない」
「てことは、この船はタイムマシン?」
俺はたぶん間抜けな顔でそう言った。
「いや、何かのはずみでタイムマシンになった。という事かもしれない」
曹長がそういうと内田陸将も静かに頷いた。
「そうかもしれん。その可能性は否定できない。そう仮定すればお前があの当時の若さでここにいる事の納得が出来る」
「未来か…。 随分と悲惨な未来ですねえ」
俺は溜め息と共にそう呟いていた。
「ところで広瀬、敵の星はどんな風だったんだ。状況を説明して欲しい」
「敵の星は緑色の惑星で環境的には地球に似通っていました。大気もほとんど地球と変わらないのです。月が三つある以外には……」
「そうか、で、例の装置はそのまま持ち帰ったのだな」
「はい。敵に感づかれ命辛々逃げ帰ってきた次第です。申し訳ありません」
俺も懸命にテレパシーを飛ばした。
「陸将、あれは爆弾だったんです。それを知って自分が躊躇してしまったんです」
「爆弾か… やはりそうだったのか」
「陸将もお知りじゃなかったのですか?」
「ああ」
俺は陸将がとぼけているとは思えなかった。きっと官僚や国のお偉方が勝手に決めた事だったんだろう。知らされていたのは曹長だけだったのかもしれない。しかし、と俺は思い直していた。
あの時爆弾を予定どおり設置し起動させていたらどうなったんだろう? やっぱり今のこんな事態は避けられたんじゃないのか。前田博士だって死なずに済んだのではないのか。俺は複雑な気分を持て余すように宙を睨んでいた。
「ここももう危ない。奴らに感づかれるのも時間の問題かも知れん」
「人間は奴らに滅ぼされてしまうんですか、そんな事って信じたくありません」
俺には未だにこんな事態が信じられなかった。
「奴らは君たちが宇宙に飛び去ってから、長い間姿を見せなかった。しかし数ヶ月前に大群で押し寄せたのだ。そして全世界の人間を虫けらのように殺戮し始めたんだ。世界の首都の殆どが既に壊滅した。もちろん東京もそうだ」
「自分の家族は死んだのでしょうか、陸将」
「……わからん。だが死んだと思ったほうがいい。家族や友を亡くした者は数知れない」
悲し気に陸将が言った。
「だったら、やり直しです!」
俺はテレパシー出力MAXで怒鳴った。俺は急にムカムカしてきた。
「あの船がタイムマシンであるなら、過去に帰り、歴史を変えてやる! 曹長だって、やり直すとあの時言いましたよね」
「そうだな。いや、ここにいてむざむざ死を待つ位なら、それに賭けるしかあるまいな」
曹長はなぜか時代劇の役者みたいにそう言った。俺は昔、時代劇にはまった。
――ところで俺っていくつだっけ?
「そんなことが可能なのか?」
内田陸将は目をぱちくりさせた。爺さん脳はSFチックにはできていないらしい。
「そうだ。宇宙船は富士の樹海に隠してあるんです。あの時のあの星に帰ってもう一度装置を起動させれば……」
「今が変わると言うのか…」
「そうです。きっと今が変わる」
「パラドックスは起きないのか?」
「いえ、つーか、もうタイムマシン自体がパラドックスですから」
俺はそうテレパした。多少捨て鉢なニュアンスが含まれていたかも知れない。
「飯塚、それはひょっとしていけるかもしれない。アイデアとしてはターミネーターみたいだが」
陸将の口からまさかターミネーターが出るとは思わなかった。
「行きましょう、広瀬曹長、未来を、いや今を変えるんです」
「そうだな、敵の星にもう一度行こう、飯塚! 今度はためらうなよ!」
曹長の言葉が俺の胸に深く突き刺さった。
「曹長、許してください。自分はあの時、怖かったんです」
「よし、飯塚、今度こそ任務を遂行してみせるぞ!」
曹長の眼は真剣に俺を見つめていた。
「おまえたち……。決して死ぬなよ」
内田陸将が目を細めてそう言った。
「まあ、見ていてください、前田博士だって死なせはしない」
俺がそうテレパした時、上の方から地響きがしてきた。俺たちは慌ててその部屋から飛び出した。緊急警報が基地内に鳴り響いていた。見上げると天井の岩盤に亀裂が生じてきたのだ。天井から砂や石の欠片が降ってきた。
「奴らがとうとうこの基地を発見したらしい!」
内田陸将がそう怒鳴った。基地の全体が騒然としている。とにかく俺達は全力で出口にむかって走った。身体が小刻みに震えている。
誰も死なせやしない! 過去を変えすればいいんだ。そうすれば今が変わるはずだ。俺はそう自分に言い聞かせていた。
マンホールEVから出て、隠しておいたホバースクーターに飛び乗る。基地で調達した缶詰めや飲み物がリュックに詰め込まれ、それを曹長が背負っている。
俺と曹長の間に信頼関係が成立しつつあった。これが世間でいう絆ってやつか、俺は心密かにそう思った。
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