宇宙人にされた男 ニ


 あれは入隊して一年半ぐらいした時だった。突然内田陸将から呼び出しがあり、俺は都内にある地方協力本部で自衛隊の幹部達と対面していた。


「飯塚健人君。君に折り入って頼みたいことがある」


 と内田陸将が真剣な顔で言った。俺はまた勲章でもくれるのかとポジティブに考えていたので、頼みときいてなんだろうと思った。他の幹部や防衛省のお偉方までもが大きな円卓に同席していたし、大物の政治家の顔まであったので俺はかなり緊張していた。


「国の為、世界の為に一肌脱いでくれるか」


 幹部の一人が言った。周りの偉そうな人達も俺の反応を見守っている。

きたーっ。きた、きた、きたーっ。と俺は思った。なんだか分からなかったけれど、とにかく俺はそう思った。


「頼みとはなんでしょうか?」


 俺はわくわくしてそう訊いた。幹部連中に一目置かれるなんて俺ってすごい。

 そして極秘事項だから誰にも洩らさない。と確約させられた上で、俺は宇宙人の事を知らされた。


 なんでも陸将の話によると、今から三ヶ月前に富士の樹海に小型宇宙船が墜落したと言うのだ。調査班が行ってみると衰弱してはいるものの、二人の宇宙人が乗っていたと言う。一人は既に死んでいたが、もう一人の宇宙人はつい先週まで生きていたらしい。でも身体がかなり弱っていてまもなく死んだ。宇宙人の目的は地球の偵察らしかった。


 宇宙人は弱りながらも最後まで凶悪で戦闘的だったという。宇宙人は死ぬ間際に意味不明な言葉を残したそうで、その録音を専門家が解読した結果、どうやら地球征服こそが彼らの最終目的だというのだ。


 それで俺の任務と言うのがその宇宙人に化けて、敵の星の情報をつかむという途方もない話だった。俺は最初宇宙人に化けると言う意味がよくわからなかった。変装でもするのかと思ったがそうではなかった。

 よく訊くと時代の最先端の医療技術で俺を宇宙人に改造すると言うのだ。飯塚健人の意識は残したままで。俺は人間の心を持つ宇宙人としてスパイになるらしいのだ。


 俺は改造人間にされるのか。それも正義の味方なんかじゃない。いや、とりあえず正義の味方かも?


 これは極めて重大な意義のある任務だと繰り返し内田陸将が俺を説得した。周りの上級幹部たちにも説得され、俺は辛かった。


「なぜ俺なのです?」

 

 と訊くとなんでも俺の血液型と人体細胞のの素質が極めて宇宙人向きにできているらしいのだ。知らなかった。他の人間では宇宙人の血を輸血したと同時に死んでしまうと言うのだ。

 ほんまかいな? 怪しい。


 勿論俺には荷が重過ぎると思ったので辞退するつもりだった。でも内田陸将は卑劣にも俺の家族を既に巻き込んでいた。


「ご家族の方には喜んで承諾していただいた」


 内田陸将がそう言った。


(ええっーっ!うっそー)俺はそう言いそうになったが堪えた。


(まずいっしょ。危険でしょ、それ) 俺は心の中でそう繰り返していた。


「任務を無事遂行した暁には君を将校にまで昇格させてあげよう。もちろん勲章だって用意するよ」


 笑いながらも眼は真剣で、内田陸将がそう言った。俺は即答しなかった。もう一度家族とよく相談したいと、そこは曖昧に済ませた。


 俺は時間を貰って家に帰った。玄関を開けると母がもの凄く明るい顔で俺を出迎えてくれた。親父はいつも不機嫌な顔をしているはずなのに薄気味悪いほどの笑い顔だった。妹はデート中だった。


「健人。でかした」


 親父が開口一番そういった。夕方だったので既に食事の用意がしてあった。家族との食事は久しぶりだった。それにしても豪勢な夕食だった。家でこんなもの食べるのは初めてだった。寿司とステーキが同時に出てきた。なんか妙な感覚だった。


「ご苦労様でしたねえ。良かったわねえ」


 母が言った。ご苦労様はわかるけど良かったねえってどういう意味? 俺は思った。

「健人。この前、自衛隊の人が家まで来てくれたぞ。おまえやるな」


 親父が言った。


「優秀な自衛隊員ですよって。お前のことを言ってたわよ」


 母が嬉しそうに言った。優秀もなにも内田陸将に俺はこの前初めて会ったんだ。


「健人、それでどんな任務なんだ」


 親父が確信をつく質問をいきなりしたが本当のことは言えない。家族と言えども国家機密を洩らすわけには行かなかった。


「どんな任務って、なんにも聞いてないの?」


 俺は逆に親父に訊いた。


「なんでも海外勤務だとか聞いたぞ」


 でたらめ言いやがってと俺は思った。親父が酒を飲み始めて俺にも勧めてきた。


「健人お前逞しくなったな。俺に似て男前になったぞ」


 親父が言った。俺は自分が凄く苦しい立場にあることが段々わかってきた。家族に相談といったって、宇宙人になって敵の星まで行くって言えないじゃん(横浜弁)。


「いつから行くの? 行く前に二週間も有給を楽しめるそうじゃないか。それに前金で特別賞与が出るんだってねえ」


 母が言った。金か……。 俺の家族は金にはめっぽう弱い。


「いくらくれるって?」


 俺は他人事みたいに母に訊いていた。


「結構な金額だろう。健人」


 なんかはぐらかされた。


「健人。よくやった」


 酒を飲んでいた親父が急に泣き笑いの妙な顔になったので俺は驚いた。


「健人。この町工場維持していくのに父さん。借金したんだ。銀行が金貸さないから、結構高利なところから回転資金を借りたんだよ」


 母が親父を見ながらそう言った。親父は少し困った顔をしていた。


「えーっ。そんなに借金したの」


 俺がいない間に螺子工場は大変な事になっていたのだ。


「健人。お前は心配しなくていい」


 親父が言った。心配なんかするもんか。俺には関係ない事だと思った。


「健人」


 親父が真剣に俺の顔を見つめた。


「健人。お前の上官が世界の為の任務だと言ったぞ」


「……」


 親父が急に泣きそうな顔をした。


「俺はうれしいぞ。健人。おまえもいつの間にか成長したんだなあ。俺は鼻が高い」


 親父がついに泣き出していた。親父のこんな顔を見るの初めてかも知れなかった。そこに妹が帰ってきた。高校三年生だ。めっきり色っぽくなっていたので俺は驚いた。あの頃から妹は毎月彼氏を変えていたから、今じゃ女の風格まで出てきたじゃないか。

 なんか食事がまずくなった。結局俺の家族は金の為に内容もわからないまま俺の任務を承諾してしまったんだ。なんという家族だ。金の亡者め。俺はそう思った。


「でも俺は気が進まないんだ」


「えっ、まさかおまえ断るつもりかい」


 母が言った。


「危険が伴うかもしれない」


「かっこいい! 兄ちゃん国のために命を賭けるの?」


 俺が真剣に言ったが妹が能天気な言葉を吐いた。


「ばか。こっちは大変なんだぞ」


 妹は俺の言う事など気にせず寿司をつまみ食いした。


「健人。やる気がないんなら止めればいいじゃないか」


 予想外の言葉が泣き止んだ親父の口から出た。同時に咳き込んだ。



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