宇宙人にされた男 六


 船内には俺と広瀬曹長だけが残された。たった二人で任務遂行なんて怖すぎる。できるなら宇宙戦艦ヤマトあたりに護衛してほしかった。

 

 でも不思議と恐怖がだんだん消えて行くのだった。もうビビっても仕方がない。究極の開き直りの精神で俺は任務に臨もうとしていた。


 富士の中腹にぽっかりと穴が開いた。穴が開いたように見えたろうが巨大な岩盤がせり上がって空洞になった。まさに秘密基地だ、マジンガーZにでもなったような気がする。

 

 宇宙船の先頭の部分がゆっくり富士山から顔を出した。いい眺めだ。


 中にはもちろん宇宙人になった俺と広瀬曹長が乗っている。間もなくあたりの冷気を切り裂くような轟音が響いた。あまりGは感じなかったが、横目で広瀬曹長の顔をみたら引きつっていたから、多分人間にはしんどかったんだろう。


 ――ついに宇宙船は地球を飛び立った。


 宇宙船はいとも簡単に大気圏を出た。そして軌道修正を何度も繰り返して、暗黒の宇宙に浮かんでいた。俺は心細くて仕方なかった。


 俺たちは操縦席からベルトを外して立ち上がり、丸い覗き窓からただ青い地球を眺めていた。実に美しい眺めだった。広瀬曹長はただ黙って計器類のチェックをしていた。


「もうすぐ冬眠装置に入るぞ」


 広瀬曹長がそう言った。えっ、もう? と俺は思ったが。


「はい」


 と素直に答えていた。


「しかし前田博士は天才だ。おまえを本物そっくりの宇宙人に改造しちまったし、この宇宙船の操作方法まで俺に教えてくれた。博士によるとこの宇宙船は宇宙空間の亀裂に入り込んで宇宙を縫うように走るらしいんだ。この飛行法で宇宙人は別宇宙の彼方からやってきたらしい」


「別宇宙ってなんですか?」


「別宇宙って、別の宇宙だよ」


「意味がわかりにくいんですが……」


「俺にだってそれ以上わからん」


 曹長がやや不機嫌そうに答えた。なので俺もそれ以上追求しなかった。きっとパラレルワールド的なことなんだろう。深く考えるのはやめた。


「しかし、お前はほんと、気持ちが悪いなあ」


 曹長が俺を見てそう言った。


「同感です」


 俺はまるで独り言のような調子でそう答えた。


「しかし、宇宙人は本当に地球を征服する気なんですかねえ」


「それを確かめるのも我々の仕事さ」


「でも……」


「でももなにもないよ。やることをやって地球に帰ればそれでいい」


 広瀬曹長がはっきりそう言った。俺たちは人工冬眠装置の中に静かに入った。


「この装置は宇宙人の物なんですか?」


「違う、これは前田博士が作ってこの船に後から設置したんだ」


 広瀬曹長がそう答えたが、やっぱり前田博士は凄いと俺は思った


 透明のカプセルの中に入ると催眠ガスみたいな気体が噴射され、俺たちはあっという間に眠りについた……。


 眼を開けると緑色の天体が俺の目玉に映っていた。なんともそれは夢のような光景だった。どれくらい眠ったのか見当もつかなかった。


 しかし俺の気持ちは眠る前と大きく違っていた。確かに飯塚健人という人間が俺であるのに違いないのに、妙な違和感があってひょっとすると俺は元々宇宙人で、悪夢を見ていて、もとは人間ではなかったような気がした。

 飯田健人なんて人間は俺の妄想で、俺は宇宙人だったのかも知れないという変な考えに取り付かれた。

 でも、何とかその考えを頭の中から振り払った。


 地球から積んだ計器には時計もあり、それを覗き込むとあれから、四万三千時間以上経過していた。あれからなんと五年が過ぎたらしいのだ。頭がくらっとした。

 まるできのう眠りについたようにしか思えない。いつもの朝とさほど変わりはしない。しかし、状況は月とすっぽん程違っていた。


「おはよう。飯塚」


 広瀬曹長がそう言った。やっぱり俺は元々人間だったんだと思った。そして夢のような出来事が現実なのだと俺は思い知らされた。


「おはようございます」


 俺はテレパシーでそう返した。宇宙船の窓から見えるその天体に俺たちの眼は釘づけになっていた。大きさは地球より一回り大きい感じだった。目の前に見える緑色の惑星に俺は感動した。妙な懐かしさを俺は感じた。

 その理由はきっと俺の血がすでに宇宙人の血であり、その血に流れる記憶がそう感じさせるに違いなかった。鳥肌、いや宇宙人肌? が立った。


「帰ってきた」


 俺は心の中でそう呟いていた。心の中に歓喜と悪寒とが合わさったような波紋が広がった。


「よし。コンタクトをとって降りるんだ」


 広瀬曹長はとてもこの星に初めてくるような感じではなかった。とても落ち着いていて動作も適格だ。以前より俺は彼の事を好意的に見はじめていた。そして広瀬曹長が通信機みたいなものを操作しだした。


「曹長はどうなされるんですか?」


「俺はこの宇宙船にしばらく隠れている」


 どこにどう隠れるかは俺にはわからなかった。まあ俺はそこまで関知しないでいいのだろから深く考えなかった。

 俺達はその星との交信に成功した。俺には宇宙人の言葉が手に取るように分かった。宇宙人と交信しているとき俺の脳は宇宙人脳になっていたらしい。


 俺はついに単身その惑星に降り立つことになった。


 薄紫色の大気を通り過ぎ、宇宙船は逆向きになって減速しながら指定場所まで降りて行った。見たこともない風景が目前に展開している。


 で、(三人の… 三匹の… 三体の? 宇宙人ってなんて数えんの? まあこの際、三人にしておく)三人の宇宙人が俺を出迎えた。


 やっぱりキモイ。三人は特に俺にテレパシーを送らなかった。「よく帰ったなあ」ぐらいの事を言ってもよさそうなものだ。宇宙人はかなり薄情なのかもしれない。感動的な再会なのか、初めて会うのか俺にはさっぱりわからなかった。


 お辞儀をするわけでも、握手をするわけでもなかった。まああたりまえだろう。心臓はもちろんドキドキものだったが、俺の正体にどうやら彼らは感づかなかったらしい。


 ――実に変な星だった。


 着陸ステーションからしばらく歩き、最初に俺の眼を惹いたのは大きな広場の中央にある巨大な建造物だった。最初はなにかのモニュメントかオブジェかと思っていたが、違っていた。全体が肌色でそそり立っている塔のようなものだ。


 すごく通俗的な解説をさせてもらう。塔に上から、ばあさんの乳房みたいなものが長く伸びている。何本あるのか数が計り知れない。そしてその先に宇宙人たちがせみの管状の口でそれに吸い付いている。異常というか、異様というか、なんかグロで嫌だ。


(腹が減っているだろう。ちょっと入れていくか?)宇宙人のテレパシーが俺の頭の中でそう言った。ついに俺は宇宙人と喋ったのだ。ちょっと興奮した。しかし言葉は日本語だった。たぶん俺の脳が無意識に言語の変換を行ったのだろう。良かった。でないとこの物語の続きが書けない。


 最初もの凄い違和感があって俺はゾッとして返答に困った。

 しかし宇宙人が勧めるので俺は仕方なくばあさんの乳首に管を伸ばした。眼を閉じていたが、すげえ美味いのでびっくりして夢中でちゅうちゅう吸ってしまった。はしたない。

 俺の身が宇宙人として生理的な反応をしたのだろう。俺としたらこの星での記述は避けたい心境だ。とにかく変な事ばかりでついていくのに困った。


 まず俺は雄らしい。なぜなら俺が三人に連れられて宇宙人の基地みたいな建物に連れて行かれる時に、ちょっと小さくてピンク色の宇宙人に擦れ違ったのだが、その際宇宙人は俺にこうテレパシーした。


「たまらねえ、尻してるぜ。後でもつけて押し倒しちまおうか」


 ええっ? と思ったが、俺は仕方なくこう返した。


「そうだな。今すぐにでも押し倒したい心境だぜ!」


 どうやらテレパシーは聞かれて都合の悪い相手には聞こえないらしい。会話の相手を選べるのだ。これは新発見だった。


「おまえ、相変わらずだな。ところで地球の人間を何人ぐらい殺した? 奴らは軟弱で下劣な生き物なんだろう?」


「そうさ、奴らは最低さ、面倒だからまとめて百人ぐらいぶっ殺したよ」


「そうか。そいつは大したもんだ。エルザークにもきっと褒められるぜ」


 空恐ろしい会話だった。俺の身体は細かく震えていたかもしれない……。



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