等しく離れる子どもたち
鈴本恭一
第1話
北千住駅内の無人スシバー『三崎港』で、
当然だ。
幼馴染みが建造した無人飲食店の連なる駅構内で、志露江は旅立ちの日の最初の食事を行った。
「あー! なんでシロちゃんなんで先に食べてるのっ? なんで!?」
自動ドアの開く音を掻き消しながら、通りの良い女声が店内に響き渡る。
志露江はお茶を啜りながら入り口を向き、手を振った。
「おはよ、カコちゃん」
「おはよー」
幼馴染みの
その大仰な動きでふわりとたなびいたのは、色素が全くない純白の髪だ。
腰まで伸ばした白髪は綿飴のように軽くゆるく、儚さと神秘をない交ぜにした夸克の絹肌に似つかわしかった。
新雪のような白皙の美貌を子供のように綻ばせ、輝く
「今日もかわいいね、シロちゃん」
「そう言ってくれるのはカコちゃんだけ」
「綾乃は言わないの?」
成人の誕生日を先月に迎えてもなおローティーンに間違われかねない小柄な幼馴染みは、愛らしく首をかしげる。
「ぼくも言ってるよ」
夸克の背後から、中性的な声が掛かった。
「綾乃っ」
夸克がばっと振り向く。頬を桃色に染めながら。
「おはよう、カコク」
自動ドアをくぐった綾乃が、女性にしては高い位置にあるボーイッシュな顔で微笑む。
着ているのは彼女のお気に入りのロングコートと厚手のセーター。それらを着ても隠しきれない蠱惑的な躰。
そんな綾乃は長い足で夸克に歩み寄ると、その額へおもむろに口付けする。淀みのない爽やかな動作。
志露江には夸克の背中しか見えないが、一つ年下の幼馴染みが幸せそうな顔をしているのが分かった。
苦笑しながら、志露江は綾乃へ手を振る。
「おはよ、アーヤ」
「おはよう、シロエ。食べてるときは可愛いね」
「食べてないときは?」
「食べてるところが好きだよ」
短く切った黒髪を撫でながら、綾乃が艶やかに微笑む。
綾乃は色気のある肢体を夸克へ密着させると、彼女の細い腰をいやらしさのない手つきで抱き寄せた。綾乃の腕の中で、夸克が振り返る。温かな幸福の顔で。
「私もお寿司食べたいからテーブルにいこーよ」
「ぼくも食べたいけど、シロエはどう?」
「全然入るしまだまだ食べたいから心配しなくていいよ」
「6皿も食べてるのに?」
「綾乃、そのくらいシロちゃんには朝飯前の前の前だから」
「ひとのことはいいから、2人こそいっぱい食べなよ」
志露江は微笑む。
「食べ納めなんだから」
そう言われ、綾乃と夸克はそろって微笑み返す。志露江のよく知るきれいな貌。
こうして3人は、最後の朝食を摂り始めた。
無人のスシバー。無人の北千住駅。
無人の足立区。
*****
東京大戦争が終結して3年が経った。
近隣区からの侵攻を完全に撃退し、23区や26市が相争うあの戦争を足立区の勝利に導いた
戦後に結成された22区による東京連合政府は足立区の特区化を承認し、ケラウノス式核融合炉のデータ公開を条件に様々な便宜を図っていた。
無放射化ブランケットかつ重水素のみを燃料とするケラウノス式核融合炉を、東京連合政府は隣国の多摩連合政府を始め、世界各国に輸出した。化石燃料を世界条約で禁止して以来、電気化社会を支えるエネルギー不足に喘いでいた国々はこぞって輸入。東京連合政府は戦後に大きな経済的飛躍を遂げた。終戦協定通り足立特区への政府援助も欠かさなかった。
足立区は東京大戦争中に建設した30メートル区境壁を撤去せず、外界から隔離される形で存続した。
が、東京連合政府は1年前を最後に、足立特区行政府の肉声を聞いていなかった。
*****
ことの起こりはどこからなのか、志露江は思い出そうとする。
それはおそらく、日本初の純粋水爆実験を硫黄島沖で行った、あの時に遡る。
そのときから、全てが始まった。
「硫黄島か……」
荒川を元伊勢崎線の電車で渡りながら、吊り革を握る志露江が呟く。
「硫黄島がどうかしたの?」
志露江の前の座席に綾乃と並んで座る夸克が尋ねた。その手は綾乃の手とつながっている。乗客はいない。運転手も。
完全自動運転の車両が荒川を渡りきり、東京拘置所跡を通り過ぎる。
「んー、別に。ちょっと思い出しただけ。爆弾が爆発したとき2人とも倒れちゃったじゃん? 大変だったなあって」
「シロエに迷惑かけたね。せっかくの旅行が台無しだった」
「3人で旅行したのってあれが最後だっけ? 次の年にカコちゃん
「そうだね。そこからすぐ戦争が始まったから、確かにあの硫黄島実験が最後かな」
「私はシロちゃんと綾乃がいるから別にどこでもなんでも良かったけど」
「まぁ硫黄島にはもう行けないからね。米中の戦争で海に沈んでしまったから」
「それよりさー」
夸克が空いている手で大きく挙手をする。
「お参りしたらピクニックしたいです!」
夸克の子供のような無邪気な言い方に、志露江は綾乃と顔を見合わせ、笑う。
*****
そうして電車は西新井駅に着き、3人は大師線に乗り換えて西新井大師前駅で降りた。
駅前は無人だ。
古くから並ぶ家々、新しく舗装された道路、寺前の商店街、どこにも人間がいない。
いるのはフレキシブルアームを備えた真四角の自動清掃機か、道路を走る自動建設車両ぐらいだ。どれも綾乃が作った。セルフモニター機能によるオートメンテナンスと、様々な種類に対応可能な整備用ロボットにより、人の手を借りずに業務を遂行できる機械群。
西新井大師周辺はこれらを最も昔から使用していた。
それ以来、大師前駅周辺は高度な無人機械が跋扈するようになった。東京大戦争ではこれらの無人機械が八面六臂の活躍をし、荒川や隅田川に建設された防御壁はついに一度たりとも突破を許さなかった。
これらの機械を、綾乃が作った。
夸克の実家である
西新井大師の大本堂で、3人は本尊に手を合わせていた。
十一面観音や脇侍の仏像を囲む金色の本尊。その内部にはマイクロ核融合炉が収められている。また大本堂地下にはさらに10基、合わせて11基が44000メガワットの電力を足立区に与えていた。これらの発電設備は高度な全自動管理システムにより、人間の手を借りずに運用可能だった。核燃料は荒川の水から重水プラントで精製された重水素。
プラズマを尊ぶ
硫黄島から帰ってきた綾乃は一心不乱に様々なものを発明し、最終的にこのケラウノス発電システムを構築した。人の手を借りない完全自律の制御装置は人間の労働時間を奪い、浮いた時間を信徒達は修行に当てた。
「いくのはここじゃなくていいの?」
核融合炉を拝みながら、志露江は2人に尋ねる。
綾乃は参拝の姿勢をやめ、
「こっちは旧式だよ。出力が低い。効率の悪さを炉の数で補ってるだけ」
「でも、みんなはこっちからいったよ?」
「ご本尊だからね」
「ちゃんといけたかな」
「いったよ」
綾乃が言う。眉ひとつ動かさず。
「いけるように、ぼくが作った」
その言い方に、志露江は首をひねる。
「じゃあ、綾乃は何に祈ってたの? みんながちゃんといけるように祈ってたんじゃないの?」
「きみのことを祈ってた」
「………」
志露江は言葉を返せず、綾乃の隣で祈っている
白雪の髪と真珠のように輝く肌の夸克が祈る姿は、それだけで神秘の気配を醸し出す。
志露江はきれいだと昔から思っていた。だから目に焼き付けた。
これが最後の姿だから。
人形のように表情を作らないその厳かな夸克が、薄く目を開く。
そして深々と一礼し、志露江へ振り向く。
咲き誇る花々のような甘い笑顔で。
「シロちゃんのこと、ちゃんとお願いしといたよ」
「――……」
その笑顔は、毎日毎日、プラズマの向こうへ祈る人々へ本尊からの神託を授ける儀式を終えた夸克が、志露江と2人だけになったときにする表情だった。
東京大戦争を勝ち抜く為、あの声を御告げとして皆へ伝える日々の中ですら、夸克は変わらず無邪気に笑った。
妖神の化身を思わせる霊験の夸克が、尻尾を振って懐く子犬のような笑顔で「シロちゃんシロちゃん」と寄ってくる。
きゅぅと志露江の胸が愛しさでせつなくなる。そんな笑顔だ。
だから志露江は、夸克の小さな体を抱きしめた。
花に似た香り、薄い肉の感触、柔らかな温もり。くすくすという夸克の可笑しそうな声。
「シロちゃんは何をお祈りしてたの?」
志露江の頭を撫でながら、夸克が優しく訊く。
「2人のことを祈ってた」
志露江は応える。
「カコちゃんとアーヤのことを、祈ってたよ」
2人はやはり微笑む。
何に祈ってたのか? とは、決して2人は尋ねなかった。
志露江は2人とは違う。何の声も聞こえない。
信徒の人々とも違う。何の導きも感じない。
だから志露江は、あちらへいけない。
志露江は違う。
2人も、志露江とは違う。
*****
仏土とは高励起状態の彼方にある。
それが
等離子会が出来たのは、核融合炉の実用化に成功した時代だった。数億度のプラズマの声を聞く人間達が、既存の発電方式を駆逐し核融合発電の市場を開拓した。
そして混沌の時代が始まった。
原子力派と非原子力派で欧州は争い、核融合大国である日米中も、放射化するブランケットの処理問題や寡占産業となった核燃料を巡る経済問題で衝突。傘下にある国々を巻き込み、世界中で紛争が巻き起こった。
それを解決したのが、足立区のケラウノス式核融合炉である。
20世紀に誕生した燃料爆縮式核融合装置Zマシンの系譜に当たるこの装置は、重水素のみで稼働可能だった。また川や海から重水素を精製できる高効率重水生産プラント、放射化しないブランケットを併せ持つそれは、東京連合政府を介して世界中に広まった。
輸出相手を問わない無節操な販売により、僅か3年の間で世界の発電方式の割合を塗り替えた。
ケラウノス式は人類世界を支える柱となった。
……舎人公園の中央に、そのケラウノス式の最新にして最強の核融合炉があった。
純白の原子炉建屋と、漆黒の発電建屋。
そうした白黒のセットが7つ、合計出力は770ギガワット。
世界最大の電気消費国である中国の電力を賄える出力である。
綾乃の最後の作品だった。
白黒の建屋群をその他変電装置群が樹木のように建屋を取り囲んでいる。
かつて戦争中に舎人公園を埋め尽くした入信者キャンプは、すでにない。
志露江たち3人以外、誰も公園にいなかった。
「サンドウィッチとー、卵焼きとー、唐揚げとー、紅茶ー♪」
「これアーヤの機械で作ったの?」
「違うよぉっ! 私の手料理!! ふたりに食べて欲しくて作ったの!!」
頬を膨らませて憤る夸克へ、志露江は笑う。
「ごめんごめん、分かってるよ」
「シロエは食いしん坊だから、許してあげてよ、カコク」
綾乃がシートに座り、サンドウィッチをひとつ摘まみ、流れるように口にした。
食べる動作はスマートであるのに、食べ方にどこか色気があった。
綾乃はどこか、ちぐはぐな子だった。
少年と間違われるような顔立ちであるのに、体型は非常にグラマラス。爽やかさそのものの所作をしているが、ふとした瞬間に妖艶さが現れる。辛いものは一切食べられず、しかし甘いコーヒーや紅茶は飲めない。そんな味覚でよく食品製造マシン群を造れたものだと、志露江は不思議に思う。
「うん、美味しい。流石カコクだ」
綾乃は赤い舌をぺろっとはみ出させながら、夸克へ微笑む。
夸克はその様を、目を輝かせながら見上げていた。
「良かった……腕によりをかけて作ったの。食材は綾乃の機械が持ってきてくれたやつだけど」
「夸克のご飯は美味しい。ぼくがそう言うんだから間違いないよ」
「えへへ」
ふやけるように相好を崩し、夸克はポットに入っていたお茶をカップへ注ぎ、綾乃へ手渡す。次に志露江へ。最後に自分。志露江もシートに座る。
柔らかい地面は貴重だった。綾乃の作った夥しい数の自動建設機械が、悉く地表を道路や施設で覆ったからだ。この自動建設機械も、核融合炉と同様に世界中へ輸出されている。
人間がいなくても、人間の街を作れるようになった。
「"外"は、どうなってると思う?」
志露江は紅茶を啜り唐揚げを食べながら、綾乃へ尋ねる。
綾乃は膝を崩したラフな姿勢で座り、
「ここと変わらないと思う。大多数のいく人々と、ごくごく少数の、あの声が聞こえない人々で分かれていくと思う」
と応えた。
「そのために、全部作った。あの声に言われた通り」
「残った人たちは、暮らしていけるかな」
「種族の存続可能な個体数を割るはずだから、いずれ遠い将来、絶滅すると思う。それまでは暮らせるよう機械を作ったから、安心していいよ」
何事もないような綾乃の声音。
視線だけが、じっと唐揚げを食べる志露江の口元を見詰めていた。
志露江は苦笑する。
「アーヤは、ほんとに昔から私が食べてるとこ見るの好きだよね」
「食べてるところは可愛いから」
「食べてないところは?」
「食べてるところが可愛い」
何度も何度も繰り返したこのやりとりを、志露江は愛していた。おそらくだが、綾乃も。
硫黄島から帰ってきた後、綾乃は一心不乱に発明を続けた。眠らず食べず。彼女は寝食を蔑ろにしていた。
例外は志露江が来たときだけ。志露江が綾乃の家で食事を摂ると、綾乃は必ず作業を止め、志露江の食べているところを凝視した。そして志露江が食べ終える頃には、安らかな寝息を立てて眠りに落ちる。
志露江と綾乃の両親らは西新井大師の御堂にずっと籠もっていた。なので綾乃の世話をするのが志露江の仕事だった。
水爆実験も東京大戦争も、志露江に神託を与えはしなかった。
両親はそのことを恥ずかしがり、志露江に何も言わず去って行った。
誰も彼も去って行った。
残ったのは最も声が強く聞こえる綾乃と夸克。
そして何も聞こえない志露江の3人。
「ふたりがいて良かった」
志露江は呟く。
それは心からの言葉だった。
あの声が聞こえない志露江に、
綾乃と夸克を除いて。
だから志露江は笑った。
「ありがと、ふたりとも」
そう言った志露江に、綾乃はおかしそうな、彼女にしては珍しい子供のような笑い方をした。そして志露江の肩に、綾乃が頭を無遠慮に乗せる。
「ちょっとー」
「シロエからは何も聞こえない」
戯れの声で抗議する志露江へ、綾乃がこの上ない優しさで囁く。
「ぼくらを導いて連れて行くあの声が、シロエからは聞こえない。だからぼくはきみが好き」
「私も」
いつの間にか
しだれ掛かる夸克は花弁のような甘い声と微笑みで、
「シロちゃんシロちゃん」
「なあに?」
「好き。大好き。シロちゃん大好き」
「アーヤの次に?」
「そーいうの聞かないでって言ってるのにぃっ」
頭をぐいぐいと擦りつけてくる夸克の頭を、志露江は撫でる。
首を揉まれる犬のようにすぐ上機嫌になった夸克が、
「一緒に行くなら綾乃がいい。けど、幸せになってほしいのはやっぱりシロちゃん」
夢見るように言う。
「シロちゃんの幸せを叶えてくれる神様が、私達にはいる。だから私はここが好き」
「カコちゃん…?」
「シロちゃんには言えなかったけど。ごめんね」
「別にいいよ」
「あの声の神様は、私達の神様だけど、シロちゃんの神様じゃなかったね」
「私の神様はどこにいるんだろうね」
「どこにでも。いるだけなら」
志露江の肩に頭を乗せる綾乃が言う。
「声の主はプラズマの向こうにいる。熱の向こう、光の向こう、重力の向こう、電気の向こう、力の向こう――――エネルギーの彼方に其れはいる」
「エネルギー」
「生物は熱と電気で動いている。だから微かにそれの声が聞こえる。けど声の大きさは力の大きさに比例する。省エネで動いている生物のエネルギーは微弱で、はっきりとした声は聞こえない。だから、太古の祖先は炎を使い始めた」
綾乃が志露江の手を取る。にぎにぎと揉み解され、志露江はくすぐったくなる。
「声を聞く人間達が、火を使い始めたの?」
「火を使ったから声が聞こえたのかもしれない。よく分からない。ともかく、その彼方からの声はもっと大きなエネルギーを人に求めた。声がはっきり届かないから。で、ついに行き着いた」
「核融合に?」
「うん」
風がさざめく。3人を撫でた。
「説明しづらいけど、あの声が聞こえる人には、やっといけるんだっていう喜びが生まれるんだ。ずっと離ればなれだった家族のところにいけるみたいな、どうしようもない切ない感覚が」
「だからみんないったんだ」
「うん。炉心に飛び込めるように、ぼくが作った」
東京大戦争が終わってすぐ旅立った人々の中に、志露江の両親がいた。
その声が最もはっきり聞こえる夸克から指南を受け、大本堂の地下の核融合炉へ彼らはいった。
その後も住民は続々と旅立ち、3年で足立区は無人となった。
そして、今日、最後の住人が旅立つ。
「……カコちゃんとアーヤは、ちゃんと向こうで幸せになるよね? ふたりでイチャイチャできるよね?」
「できるよ。安心していいよ」
「良かった」
「シロちゃん」
「ん?」
膝枕をさせている夸克が、薄い黄金の瞳で志露江を見上げ、微笑む。
「シロちゃんの太もも、めちゃくちゃ気持ちいいです」
「変態だよこの
「ぼくは手を推すね」
「
3人はかしましく弁当を食べ、ビールとワインを開けた。
様々なことを話題にした。
硫黄島で初めて信徒以外の人間に出会ったとき、髪の色のせいで
幼い綾乃が信徒の男女それぞれからラブレターをもらったこと。
ひとりでホラー映画が見たくないと言った夸克のために、こっそり志露江が夸克の部屋へ忍び込んだこと。
志露江をいじめてきた信徒に綾乃が自動操縦の清掃機を差し向けてゴミ処理場に送りかけたこと。
綾乃と夸克の慕情について、志露江がそれぞれから相談されたこと。
戦争が始まり、無断で入れなくなった夸克の部屋へ綾乃を送り届けた大冒険のこと。
志露江のこと。夸克のこと。綾乃のこと。
日が暮れるまで、3人はそうして過ごしていた。はしゃいで。
そして夜が来る直前に、白黒の核融合炉へ彼女らはいった。
*****
「じゃあ、いってきます」
「いってくるよ」
「気をつけてね」
「いってらっしゃい」
*****
夜が明けて、腫らした目を擦りながら、志露江は千住大橋を進む。
巨大な境区防壁の外、防壁を貫くように設置された千住大橋を南に下り、隅田川を渡っていた。
元国道4号線を歩く志露江とは真逆に、北へ進む者達がいる。
人々の列。足立区へ向かっていた。その顔は志露江を見ていない。晴れやかで穏やかな表情だった。
戦争中に難攻不落を誇った防壁が、人々を歓迎するように次々と扉を開けていく。
行列は千住大橋を超え、渡った先の荒川区まで続いている。最後尾は見えない。どこまでも続いていた。
彼らがどこに向かっているのか、志露江は知っている。
いってしまうのだ。
志露江の行けない場所へ。
世界中が。
「さよなら、みんな」
志露江は大きく手を振りながら、南千住へ足を踏み入れた。
完
等しく離れる子どもたち 鈴本恭一 @suzumoto
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