一緒に朝日を

デッドコピーたこはち

一緒に朝日を

 暗い森を風のように駆ける黒い影があった。影は木々の隙間を縫い、低木の茂みを飛び越える。それを一人の狩人が追っていた。

 黒い影が木立の切れ間へ飛び出す。空から差し込むわずかな月光が、影を照らした。それは、黒いローブを着た女だった。

 狩人が引き金を引く。森に銃声が響き、十字架を鋳つぶしてつくられた銀の散弾が、女の背を打ち抜いた。

「ああっ」

 女は崩れ落ち、うつむせに倒れ込んだ。彼女の身を包む黒いローブから、赤い血が染みだし、草地の地面に血だまりをつくった。人であれば即死のはずの傷。だが、女にはまだ息があった。女は吸血鬼だった。

「終わりだな。吸血鬼」

 狩人は荒い息をついてそういい、倒れた吸血鬼のそばまで歩み寄った。狩人もまた血まみれだった。半刻程前、吸血鬼の鋭い爪が彼女の腹をえぐったのだ。

「吸血鬼の一族も、お前が最後。胸にこの杭を突き立てれば、その穢れた血脈も潰える」

 狩人は懐から白木の杭と小振りのハンマーを取り出す。

「後悔するがいい。あの日、私の血を吸わなかったことを」

 狩人は吸血鬼を足で転がして仰向けにし、腹の辺りに跨って馬乗りになった。ふと、空を見上げると、東の空が白んできているのが見えた。長い夜が明け、最後の狩りが終わろうとしている。

 気を取り戻し、杭を吸血鬼の胸の中心に当て、ハンマーを振り下ろそうとした時、狩人が咳き込み、血を吐いた。

「ごほっ、クソ……」

 狩人は地面に落とした杭とハンマーを再び握ろうとしたが、できなかった。

「畜生、ここまできて」

 気力だけが狩人の身体を支えていたが、それも、もう限界だった。狩人の顔は生気を失い、吸血鬼の顔よりなお蒼白だった。血を流し過ぎたのだ。狩人はうずくまるように、吸血鬼の上に倒れ込んだ。

 狩人はしばらくそのまま息を荒くしていたが、やがてそれも穏やかなものになった。

「ミラ、私の血を吸って傷を癒せ。夜明けには、まだ間に合う」

 狩人は絞り出すように、ささやくようにそういった。吸血鬼の眼が一瞬見開かれ、眉根に皺が寄せられた。

「ごめんなさい、ロレッタ。それはできない」

 吸血鬼は静かに、しかし、断固とした口調でいった。

「なぜ」

「それが、わたしの使命だから。この呪われた血を継ぐのは、わたしで終わり。こんな悲劇の連鎖は終わりにしなければ」

「だから、私の血を吸わなかったのか。だけど、私は、君となら――」

 狩人は弱弱しく咳き込んだ。吸血鬼は狩人の身体がもう冷え切っていることに気が付いた。

「貴女と生きることも、貴女に生かしてもらうこともできないけれど、その代わり、ほら」

 吸血鬼は東の空を指差した。木々の間隙から、山々の背にたなびく雲が、白く染まっているのが見える。

「一緒にここで朝日をみましょう」


 狩人と吸血鬼は身を寄せ合い、地面に仰向けになって寝た。狩人の右手と吸血鬼の左手はしっかりと握られている。

「わたし、いつか太陽をみたいと思ってた。どんなに綺麗なんだろうと思って」

 吸血鬼は狩人に向かって、笑ってみせた。狩人はその笑顔を童女のようだと思い、そして、吸血鬼の手がわずかに震えていることに気が付いた。

「きれいだよ」

 狩人は力を振り絞り、吸血鬼の手を強く握った。


 山々の背から、太陽が顔をのぞかせる。白い光が闇を払い、世界が鮮やかさを取り戻す。

「きれい」

 吸血鬼は嘆息した。空は青く、雲は白く、木々の葉は瑞々しい緑だった。なにもかもが輝かしく、光を放っている。

「うん」

 狩人は頷いた。彼女は、最後に太陽と、太陽をみる吸血鬼をみた。

 次の瞬間、陽光が吸血鬼の穢れた肉体を焼き始めた。吸血鬼の身体は瞬く間に焼け落ち、灰となる。一陣の風が吹くと、後には黒いローブと狩人だけが残った。


 日が登って数時間後、警官隊によって狩人の亡骸は見つけられた。穏やかな死に顔の狩人の手には、一握りの灰が、しかと握りしめられていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一緒に朝日を デッドコピーたこはち @mizutako8

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ