精霊たちの賭け

日向はび

賭け



 その森には、一人の女がいた。


 女は、数百年も昔から生きている。

 人間たちにそう噂される魔女であった。



 女の話し相手は精霊たち。

 森に住まう精霊たちは、飽きることなく問いかけ続けた。





『お前はどうして人間の世界で暮らさないの?』


 木のうろで寝そべっていた精霊が言った。


『お前はどうして姿が変わらないの?』


 水辺の岩に腰掛けた精霊が言った。


『お前は本当は人間じゃないって本当?』


 火の粉を飛ばして遊んでいる精霊が言った。


『お前はいったい何を待っているの?』


 風に乗ってふわふわと飛び回る精霊が言った。



 魔女は答えた。


「私は人間ではない。だから姿が変わらない。だから人の世界では生きていけない。だから死ぬのを待っている。私が死ぬのを待っている」


 


 精霊たちはささやく。


 なぜ?


 どうして?


 と。


 女には答えられない。

 自らが死ねない理由など、とうに考えるのをやめたのだ。

 それほどの時を生きてきたのだ。



 春が来て。

 夏が来て。

 秋が来て。

 冬がきて。

 そしてまた春がくる。

 そんな、幾千もの季節が通り過ぎた頃。



 一人の男が現れた。


「ならば、俺がお前の憂いを絶ち切ってやろう。そのかわり、お前が死ねるその時まで、俺の盾になる気はないか?」


 女の後ろで、男が言った。


 女は静かに振り返る。

 男と目が合う。

 黒い、闇をまとったような男と、白い、光をまとったような女は、じっと見つめ合い、互いを観察し合う。



 やがて女は、まるで消えゆく幻のように儚く微笑んだ。


「この数百年、お前のように私に希望を与えようとした者に何度も出会ってきた。私はその度希望を持った。…………だができない。私は死ねないのだ」


「死ぬ必要はない」


 男は言った。


 女の夢も願いも希望もすべて無視して男は笑う。



「共にいればいい。未来永劫、死が二人を分かつことのない、永遠のときを、共に」






 その森には、一人の女がいた。

 女は、数百年も昔から生きている。


 人間たちにそう噂される魔女であった。


 女の話し相手は精霊たち。

 長い時を共に生きた精霊たちは、女の消えた森で、静かに囀りあう。




『彼女は死なない。だから人間の世界では生きられない』


『彼女は死なない。だから何を待っても何も来ない』




『ああ、けれど……死ねない魔女に、死なない男が求婚した』



『死で分かたれることのない二人は、いつまで続くのか』



『これは見ものだ』


 精霊たちは賭けをした。


 長く共に生きた魔女が、いつまで生きていくのか、と。







 それからどれほど時が経ったのか。


 1つ国が滅んだ。


 精霊たちは賭けを続けた。


 2つ国が滅んだ。


 精霊たちは賭けを続けた。


 3つ国が滅んだ。


 精霊たちは賭けを続けた。


 4つ国が滅んだ。


 そして大きな国ができた。


 そこには黒い魔王と白い魔女がいるという。




 その賭けは、今も決着がついていない。


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精霊たちの賭け 日向はび @havi_wa

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