第46話

  ◇◇◇ [四季折折の城]


 現在、巷を騒がしている新たなる人種と思われているエルフ。そのエルフに関する詳しい情報を入手するために、情報の発生源である如月家を訪ねた勇者の佐倉と、その佐倉に便乗した今井。


 今日は、如月家に居候している天野春香からエルフに関する情報を聞く手筈である。

 そして、天野春香本人から出迎えられたものの、話を聞けるのは家の中ではなく玄関先に設置された魔道具の中であった。


 今回話を聞くのは、佐倉綾のパーティーメンバーと今井とその関係者だけとはいえ、かなりの人数であるのも確か。以前、1度だけ如月家の居間に通された経験があるので、あの場では確かに狭すぎると思った今井であった。


 今井たちが入った空間は、幅広で天井が高く窓1つない廊下である。電灯の明かりはないが、白い壁がぼんやりと淡く光っている為に、暗いという印象はない。

 床面は磨き抜かれた青い石で覆われており、天井は夜の星空を閉じ込めたような摩訶不思議としか表現できない造りである。


 来客たちが廊下の様子に見惚れいるのをよそに、春香は天邪鬼へと声を掛けた。


「天邪鬼ちゃん、私たちを転移の間に移動させてちょうだい」

「畏まりました~、偉大なる我が能力ちからの一端をご覧あれ」


 天邪鬼の姿は見えないものの、返事は確りと聞こえた。そう認識したのとほぼ同じくして、春香たちの居る場所は変化していた。



 突如として景色が変化した事で、佐倉も今井も、否、春香を除いた者たち全てが戸惑いの声を上げた。

 そんな連中を放って、春香はきちんと仕事を熟した天邪鬼へお礼の言葉を掛ける。


「ありがとう、天邪鬼ちゃん。これはお礼よ」

「御用の際はこのジャクに何でもお申し付けあれ」


 ジャクの声と共に、春香の手の平にあったマタタビ酒がスッと搔き消えた。


 悪戯好きなジャクが悪戯をせずに春香に従順な理由は、大好物を差し入れてくれる貴重な人材であるからだ。

 更に、過剰な猫好きがトラウマになっているジャクは、勇者の佐倉が大の動物好きであり、特に猫好きとして有名なことを事前に教えてくれたこともあり、薫に対する好感度よりも高くなっている。


 落ち着きを取り戻した勇者の佐倉は、春香に問いかける。


「お姉さま、ここは一体どこでしょうか? それに、どなたとお話になっていらっしゃるのですか?」


 勇者の佐倉に問われた春香は、魔道具である[四季折折の城]の説明とその管理者代行である天邪鬼のこと、現在いる転移の間の説明を簡単に行った。

 天邪鬼の本当の姿が猫であると聞いた勇者の佐倉は、一目見たいと春香に懇願したし、天邪鬼へ直接呼びかけもしたが、残念ながらその努力が報われることはなかった。


「天邪鬼ちゃん、モフらせて。……駄目? それじゃ、1度だけ撫でさせて。……これも駄目? 何もしないから姿を見せてくれない? 見せてくれたら、美味しい物あげるよ!」


 それでも諦めの悪い勇者の佐倉は、高級な猫用の餌と遊び道具を用意したが、やはり徒労に終わった。



 勇者の佐倉が可笑しなことをやっている間、今井たちは転移の間と呼ばれる場所を観察していた。

 転移の間は廊下と違って象牙色で統一されていて、かなり広く60畳以上ありそうだ。

 転移の間の中央には1mくらいの低い石造りの台座があって、その上に緑色に発光する20cm大の透明な球体が幾つも鎮座していた。


 ここは転移と名の付く場所なので、この場で話を聞ける訳ではないのだろうと皆が思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

現代ダンジョン系 あのウイルスから始まるぬるい物語 灰虎 @kaiko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ