第45話

 8月31日。


 世界にモンスターが出現してから143日目。


 本日が日本にいる帰国を希望する外国人の送還最終日だ。つまり、明日以降は大使・領事など関係者以外の外国籍の者は、日本国内において自由に活動することは出来なくなるうえ、政府が用意したダンジョンで強制的に魔石を採取させられる事になる。


 帰国せずに日本に残留した場合、強制労働をさせられると分かっているにも関わらず、それでも日本に残留したいと願う外国籍の者は全体の2割ほどを占め、政府の予想よりもはるかに多かった。


 この送還政策、政府は決して慈善事業で行ったわけではない。本命は、海外に取り残された邦人の帰国支援である。


 このことは、国家間で公然の秘密となっている。


 しかしながら、独立勢力の勢いが強すぎて国家が崩壊している国も少なくない為に、その様な国へは新人族部隊の中でも特殊な能力者たちを潜入させている。


 例をあげるならば、ステータス判別シート対策として、特殊な能力者の中でも必ず1部隊に1名配置されているのが、【固有スキル】に魔眼系を有する者だ。


 彼らは低レベルか職業に就いたその場で発見された者たちで、[魂の契約書]を通して日本国民に対して【固有スキル】を使用できないようになっている。ただし、例外として先に危害を加えられた場合に限り、対象者に制約なく能力を発揮できる。


 当初は、2度の警告をしても危害を加えようとする者に対しては、能力を使用しても構わないとなる筈であった。しかし、有識者、特にラノベ作家らの強い反対もあって、実害を被ってからとなってしまったのだ。

 因みに、公表こそされていないが、民間人の魔眼系所有者も同様の処置を施されている。


 この様な制約があるにも関わらず、現在のところ新人族部隊からも民間人からも不満は出ていない。その理由は、冒頭に記されている肉体的・精神的という部分が、トップの計らいで付け加えてある所為だ。


 これにより、謂れのない悪口などでも本人が実害と捉えれば能力を使用できるからだ。だが、本人及びその協力者が先に対象へ同様のことを行った場合は、[魂の契約書]が発動する仕様なので問題を起こした者はいない。

 その理由は単純に[生命の記録]があるからに他ならない。当然ながら、当人と協力関係にある人物は事前に話を聞かされているので、わざと問題を起こしたりもしない。



 この様に一部特殊な能力を持つ彼らは、消息不明の日本人を探す部隊として、これからも世界で極秘に活動するのであった。

 因みに各部隊長には、保護した対象を速やかに日本へ送り届けることが出来る様に、隠密烏が支給されていたりする。




  ◇◇◇ 如月家


 内閣総理大臣補佐官である今井洋人は、勇者である佐倉綾と共に薫の自宅である如月家を訪れていた。正確には、如月家訪問の許可を取り付けた佐倉綾に便乗したのである。

 勿論、今井らが追加された事も佐倉は連絡している。



 蛇足であるが、今井は今回自分に付いてくる人選を特に厳選した。その理由は、エルフに対する思いが強すぎて暴走する可能性がある者を省くことにあった。

 尚、如月薫へ悪意や敵意を持つ者は最初から省かれているので問題ない。間違った思考や情報であっても、周りが絶えず囁き目にし続ければ、無意識に刷り込まれ本人の中では正しい事になってしまうのだ。

 だから、その様な思考をする者の意見は歪が生じて誤った選択をする恐れもある為、本人が実力を発揮できる場所へと配置してある。


 今井は清濁併せ吞むという言葉が嫌いだ。それは、自分に都合がよければどんな悪事も見逃すし利用するという思考が、誤っていると信じていたからだ。

 しかし、未曽有の国家的危機に見舞われた今年、今井は己の信念を曲げて対処したと、そう思っていた。

 思っていたというのは、ダンジョン災害が起きる前の思考のままでは新たな時代にそぐわない事に気が付いたからだ。


 例えば、如月薫は公式に判っているだけで20人弱を殺傷しているが、その行いは今のところ裁かれる事はない。

 世界が本当に変わってしまったあの日、人も組織も思考を改めるべきであったのだと、今井自身が考えているからだ。


 新人族に成れば、大半はスキルというものを持っているしポイントやレベルが上昇することで習得できたりもする。

 その中にある用心スキル。

 このスキルは悪意や害意の判別に対して、大いに役立つ優れものだ。

 このスキルはレベルが上がればその強さも容易に判定できるので、殺意の有無でさえ判るのだ。

 そして、当時15歳の少年には己に向けられた明確な殺意を持つ者を見逃し生かしておく理由など、存在しえなかったのだろうと。


 あの時現場に居合わせていた今井も、現在ならば薫の判断を否定できない自分がいる。


 新人族となってどんな能力が手に入るかは、誰にも分からないのだ。だから、確実に安全が保障されないあの場面では、少年である如月薫がとった行為も仕方なかったのだと思えるのだ。

 だからこそ、今井の中では如月薫は悪ではなくなっており、清濁併せ吞むという考えはやはり間違っていると、再認識している。



 春香に出迎えられた佐倉綾は、元気よく挨拶をした。


「おはようございます、お姉さま! 直に会うのは久しぶりですね。写真で見るよりも、すっごくお美しくなられて益々憧れちゃいます」


 友達になってメールのやり取りなどをする様になった2人だが、佐倉はお世辞ではなく本心から口に出していた。ほんの数カ月で、春香の魅力が溢れんばかりに爆上がりしているのだから、無理もない。


「おはよう。それと久しぶりね、綾ちゃん」


 佐倉は再度、訪ねて来た理由を述べてからメンバーの紹介をした。


「天野春香さん、本日はお世話になります」


 今井も春香に挨拶をして、連れて来た者たちを簡単に紹介した。


「それでは皆さん、こちらに場所を用意してあるので付いて来て下さい」


 春香はそう言うと、玄関近くに置いてあるミニチュアのお城を指さした。

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