12球団競合ドラ1の謎

青木のう

12球団競合ドラ1の謎

前書き

☆☆☆☆☆は場面転換です

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 プロ野球ドラフト会議。それは運命の女神が様々な顔を見せる場所。多くの人間の悲喜が入り混じり、夢の舞台への道が開かれる場所だ。


 この年のドラフト会議も、関係者やテレビの前の多くのプロ野球ファンが見守る中、緊張感を持って始まった。


 日本プロ野球におけるドラフト会議では、第一巡の選手は各球団の希望選手が読み上げられた後、競合していればいわゆるクジ引きによって交渉権を得る球団が決定される。


 この年のドラフトでも、残念ながら今年最下位に沈んだ球団の希望選手から読み上げられ始めた。


「第一巡選択希望選手ゥ……東京ニャクルトォ……佐藤さとう勇気ゆうきィ……投手、筑島高校ちくしまこうこう


 司会がそう読み上げたとたん、会場がどよめいた。いや、会場だけではない。テレビの前で固唾かたずを飲んで見守っていたプロ野球ファンは皆困惑した。


 ――なぜなら、東京ニャクルトが指名した佐藤勇気というありふれた名前の選手を誰も知らなかったからだ。


 この年の注目選手であれば、大学球界ナンバーワン投手である下山門しもやまとや、大学ジャパンの四番である室見むろみ。強豪社会人チーム出身で即戦力ショートとして名高い六本松ろっぽんまつ。同じ高校生なら夏の全国大会でその名を日本中に知らしめた前原まえばるといった顔ぶれが有名どころだ。


 最下位に沈んだ東京ニャクルトも、当然これらのうち誰かを指名するだろうというのがドラフト前の予想――特に下山門を熱心にスカウトが追っていた――だった。


 それが何故こんな無名の選手なのか。多くの者は困惑し、東京ニャクルトのファンの中には怒りをあらわにする者も多かった。


 最下位に沈んだチームの隠し玉。それが見ている者たちが納得するもっともらしい推論だった。しかし直後にその推論は打ち破られる。


「第一巡選択希望選手ゥ……ノリックスゥ……佐藤ォ勇気ィ……投手、筑島高校」


 今度こそ会場は、そしてテレビの前は驚愕の渦に叩き込まれた。中継を伝えるアナウンサーもあらん限りの語彙ごいをもって、その驚天動地の事態を伝える。


 佐藤勇気なる無名の選手が指名されただけでも驚きなのに、まさか指名が競合したのだ。


 このころになると多くの者がネット検索で筑島高校を調べ、それが福岡の平凡な公立高校であることを突き止めていた。しかし、筑島高校の硬式野球部は例年パッとした成績を残せず、有力選手がいるという情報もなかった。そして佐藤勇気なる名前はいくら検索しても出てこなかった。


 そういった慌ただしさが残る中、三球団目の選択希望選手が読み上げられる。


「第一巡選択希望選手ゥ……広島紅葉こうようォ……佐藤ォ勇気ィ……投手、筑島高校」


 野球ファンの騒めきはとどまることを知らない。ネット掲示板は「は?」の一言で溢れ、トゥイッターのトレンド一位は「佐藤勇気」だった。


 目ざとい者は、今年のプロ野球志望届提出者の一覧を調べ、佐藤勇気の名前がないことを知り驚愕していた。それが意味することは一つだからだ。


 すなわち、


 硬式野球部に所属しプロ野球を志す者は、夏の全国大会終了後に高校野球連盟からの離脱届であるプロ野球志望届を提出しなければいけない。逆に言えば硬式野球部に所属しておらず高校野球連盟のルールに縛られない者は、プロ志望届を出さずとも良い。


 そうやって指名されたソフトボール部員なんかも過去には存在する。しかしこの時点で知るよしもないことだが、佐藤勇気は軟式野球部員ましてやソフトボール部員ではない、陸上部員だった。


 多くの人間の感情を置き去りにして、選択希望選手の読み上げは進んで行く――。


「佐藤ォ――」

「佐藤ォ――」

「佐藤ォ――」

「佐藤ォ――」

「佐藤ォ――」

「佐藤ォ――」

「佐藤ォ――」

「佐藤ォ勇気ィ……投手、筑島高校」


 残り一球団の指名発表になるころには、野球ファンは驚き疲れていた。これまで読み上げられた十一球団すべてが佐藤勇気を指名したからだ。そして――、


「第一巡選択希望選手ゥ……福岡スマートバルクゥ……佐藤ォ勇気ィ……投手、筑島高校」


 ――ついに史上初、十二球団すべてによる一位入札となった。


 クジを引く為に十二球団の代表、総勢十二人が並ぶ光景ははっきり言って異常だった。それも対象は無名の高校生なのだ。


 マスコミは我先にと筑島高校へと押し寄せ、グラウンドで陸上部の練習をしていた佐藤勇気は学校に作られた即席の会見場のイスに座った。この時になって初めて佐藤勇気なる謎の競合選手は、お茶の間の前にその姿を現した。


 居心地悪そうにイスに座るその高校生は、普通という感想が一番に出るタイプの外見だった。


 体格に恵まれているわけでもなく、身長や体重は平均的と言って良いだろう。陸上部ということもありそれなりに鍛えられた身体をしているが、少なくとも外見からは指名の理由はわからない。


「スマートバルク! スマートバルクです! 史上初の十二球団競合選手は福岡スマートバルク江藤監督が引き当てました!」


 残り物には福があるということなのか、当たりクジを引き当てたのは最後にクジを引いた地元球団の福岡スマートバルク江藤監督だった。


「将来チームを背負って立つことができる選手だと思います。一緒に日本一を目指しましょう!」


 交渉権の獲得に成功した江藤監督は上機嫌でカメラに向かってそう語り、喜びと期待の高さを表した。


 反対に即席会見場の佐藤勇気は「光栄です」と口数少なに語るのみで契約が心配されたが、球団代表以下主要な幹部が総出で説得に向かい、数日後には無事に契約成立し入団が決まった。


 謎のドラフト一位佐藤勇気は連日マスメディアだけでなくネットも賑わせ、多くの虚実入り混じった情報が拡散された。



 ☆☆☆☆☆



 撮影場所、福岡市内某ホテル。


 ――こんにちは、今日はよろしくお願いします。


「はい、こちらこそ」


 ――先日六十歳のお誕生日だったそうで。還暦おめでとうございます。


「ハハッ、ありがとうございます。今日は聞きたいことがあるということで……、まあ僕が十二球団競合した理由ですよね?」


 ――お察しの通りです。お聞きしても?


「いいですよ。というかダメなら今日ここに来てはいませんよ、ハハハ」


 ――佐藤勇気さん、あなたは史上初の十二球団競合ドラフト一位でした。それは何故だったのでしょうか?


「簡潔に申し上げれば、共同幻想きょうどうげんそう。そのようなものだと思います」


 ――共同幻想?


「はい。スカウト、マスコミ、プロ野球解説者、自称野球玄人ファン、そういった方々の共同幻想が僕です」


 ――すみません。少し要領を得ないので、もう少し分かり易くお願いできますか?


「そうですね……。きっかけはそう、今となっては真実不明ですが、あるプロ野球球団のスカウトの方がうちの高校を見に来ていたらしいのです」


 ――失礼ですが当時の筑島高校は有望選手がいるような高校ではありませんよね? 何故プロ野球のスカウトが?


「高校近くのお好み焼き屋で昼食をとったらしいんです。その食後の散歩がてらにと……」


 ――はあ、お好み焼き屋ですか……。


「ハハハ、その反応も無理はありませんね。ともかく、そのスカウトの方がたまた僕が陸上部の練習の合間にサボりで野球部の友達とキャッチボールをしているのを見たらしいんです」


 ――キャッチボールを?


「はい。それでそのスカウトさんが僕の球のスピンが良いだとかなんだとか目を付けたみたいで」


 ――それだけでドラ1に?


「まあ待ってください。どうやらそのスカウトが著名な方だったようで、〇〇さんが良いというのならウチも見とこうと続々と他球団の方が見に来られまして……」


 ――なるほど、スカウトの間で佐藤さんの名前が知れ渡ったと。


「そこからは情報戦です。最初は育成指名の予定だったのが、他球団が欲しがるのなら本指名、いやウチは上位でと」


 ――どんどん評価が上がっていった?


「その通り。実際の実力とは乖離かいりしてね。そしてついには各球団のドラフト一位候補に躍り出たというわけです」


 ――それがあのドラフトの真実……。


「そうです。あの人が良いと言っているからすごいに違いない、この人が評価しているのなら素晴らしい逸材なんだ。そういった共同幻想にみなさん囚われてしまったんです」


 ――なるほど。では陸上部のあなたがプロ野球に進んだ理由は?


「はじめは行く気なかったんです。でも大人の方たちに乗せられる形であれよあれよと決まってしまって」


 ――それで入団したと。


「動いた金額も大きかったですしね。入団してからも共同幻想はあったんですよ。十二球団競合したからすごい選手に違いないと解説者やファンの方々がねアレが凄いココが凄いとね。素人の棒球ぼうだまなんですけど」


 ――でもあなたは十年間プロの舞台で戦った。


「十年契約だったんですよ。ほとんど一軍では投げていませんしね。いや、素人が一軍で投げただけでも奇跡か。ハハハ」


 ――では引退した理由は?


「単に契約が終わって僕もプロ野球選手を続ける気がなかっただけです。巷に言われている肩や肘の故障じゃありません。なにせ最初から素人でしたから」


 ――共同幻想で素人がプロ野球の世界に入ってしまったと?


「ありていに言えばそうです。僕も幻想に囚われたのか、自分のことを才能があると思っていましたしね。まあ最初のキャンプで現実を見たんですけれど。それくらいプロ野球選手という存在は化け物ぞろいでした」


 ――プロ生活を振り返ると?


「最初の方はやる気に満ち、最後の方は給料はいらないから辞めさせてほしかった。球団も指名したメンツがあるから辞めさせてくれませんでしたけれど。でも良くしてくれたので球団や選手の方々には感謝しています。期待してくれたファンの方々には申し訳ないですね」


 ――今日はありがとうございました。


「いえいえ、こちらこそ。話すことで胸のつかえが取れた気分です」


 佐藤氏はインタビューが終わった後、にこやかに現在の事を話してくれた。


 彼はその後一般企業に就職し、結婚。今では複数のお孫さんにも恵まれた幸せな家庭を築いているそうだ。ネット上に噂される失踪や自殺といったことはないということを、彼の名誉の為に記しておく。

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後書き

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