第12話 星の彼方へ(最終回)

 「私、このままバイクに乗ってていいのかな……。」

すばるは話し始めた。すばると2人きりの部屋で、私は息を飲んで耳を傾けた。


 お父さんと話した次の日、学校終わりにすばるの家に行った。担任の先生に「谷川さんに授業の資料を届ける」と理由をもらっておいた。チャイムを押すと、パジャマ姿のすばるが出てきた。外でのクールなイメージと真逆の、年齢に対して幼い服装だった。

「すばるちゃん!」

「あかり……。」

私はすばるの姿を見ると、思わずすばるの手を握った。

「お話ししよう!いっぱいおしゃべりしよう!」

 すばるが言うには、お母さんは仕事で留守らしい。すばるは私を部屋に通してくれた。すばるは憔悴していた。私が学校の連絡を渡すと、しばらく沈黙になってしまった。私はがんばって話を繋ぎ止めた。

「ご飯とかちゃんと食べてる?」

「……うん。」

「よかった。なに食べたの。」

「……あれ。」

テーブルの上には栄養ビスケットとエネルギーゼリーが置いてあった。

「2日間であれしか食べてないの?」

「……あまり、何も食べたくなくて。用意するのも面倒で。」

すばるのお母さんは仕事に出ていて、晩ごはんはいつも自分で用意していたらしい。

「こんなのだけじゃお腹ペコペコなんじゃない?」

すばるは下を向いてしまった。私は差し入れを出した。みたらし団子だ。

「これ、一緒に食べよう。」

ぐ~っ。すばるのお腹が鳴った。完璧なタイミングで音を鳴らすなんて、すばるのお腹は正直だ。初めてCBRを見せてもらったときと同じだった。

 台所を借りて、電子レンジでお団子を温めてお茶を入れた。

「おいしいね。」

「うん……。」

お団子を食べると、すばるは少しだけ元気になったようだ。

「元気出た?」

私が尋ねると、すばるは口を開いた。

「あかり、私……。」


 「私、怖くなっちゃったんだ。事故を見たとき、あのライダーも兄貴みたいになっちゃうのかなって。段々怖くなって、何も考えられなくなっちゃったんだ。」

すばるは、抱えている不安を打ち明けてくれた。だけど、琵琶湖の日と違って、きちんと整理しながら話しているようだった。

「あかりがなだめてくれたあと、私もバイクに乗ってたらいつかああなっちゃうんじゃないかって、怖くなっちゃったんだ。何かのきっかけで怖くなって、また何も考えられなくなったら……。」

ここまでがんばったけど、すばるは言葉につまってしまった。

 事故への恐怖。それはバイクに乗る人なら誰しも抱く感情だ。そんな小さな感情の芽を気にしていては何もできなくなるから、多くの人は気にしないようにやり過ごしている。だけどすばるの中では今いろんなものがレンズのように視界をゆがめてしまって、その芽があたかも大木であるかのようにクローズアップしてしまっていたのだ。

「すばるちゃん……。」

話を聴いたはいいものの、私はすぐには何も答えることができなかった。当然すばるは不当な不安を感じているのはわかっている。「大丈夫だよ」というのも無責任すぎる。だけど、私までこの不安に飲み込まれてはだめだと思った。

「私は、大丈夫だと思うな。」

すばるは少し顔を上げて私の目を見た。

「だって、すばるちゃんは私をここまでリードしてくれたんだよ。すばるちゃんのおかげで私はバイクに乗れるようになったし、それはすばるちゃんが大丈夫な人だったからだよ。これからもきっとそうだよ。」

すばるは少しうるっとした目を見開いてから、また伏し目になった。


 「ねえ、ちょっと歩かない?」

私にできることは、堂々巡りと袋小路の思考が満ちた部屋から、すばるを連れ出すことだった。すばるは少しだけ目をそらした後、小さく「うん」とうなづいた。初めてCBRを見せてくれた日、私にバイクを見せようと決意したとき、その時と同じ様子だった。

 すばるに上着を着せて、一緒に外へ出た。すっかり日は落ちてしまって、星が見えていた。

「ねえ、今度ツーリングしない?」

私は歩きながら声をかけた。

「今度は私が前を走るから。怖くなっちゃったら、いくらでもそばにいてあげるから。ちょっとずつでもいいから。だから、一緒に走ってみない?」

すばるはずっとうつむいたままだった。私とすばるは、沈黙と一緒にしばらく歩道を歩いた。時折すれちがう車の音だけが聞こえた。

 「ここは……。」

しばらく歩くと、すばるのバイト先のコンビニに着いた。そこにはすばるのCBRが止まっていた。

「すばるちゃんはここで待ってて。」

私は肉まんとホットコーヒーを2本買って、すばるの元へ戻った。私は肉まんを半分に割って、コーヒーと一緒に渡した。

「これ、食べれる?」

すばるは小さくうなづいて、肉まんを受け取った。

「……ありがとう。」

私たちは、星空を見上げながら、無言で肉まんを食べた。月の出ている明るい夜だった。その中でも明るい星々は月明かりに負けず点々と光っていた。

「ねえ、私たち……。」

私は星を見て言った。

「また一緒に、遠くへ行こうね。」

「……うん。」

すばるはうなづいてくれた。すばるは両手でコーヒーを握りしめていた。そしてコーヒーを一口すすって、こっちを見た。外の空気を吸ったからか、すばるの目には少し生気が戻っていた。

「あかり、ありがとう。」

すばるは私の目を見て続けた。

「あたし、どこにも行けなくなるところだった。あの狭い家に閉じ込められて、ドアを開けられなくなるところだった。」

すばるの頬が赤く染まる。いつものすばるが戻ってきた気がした。

 すばるは星空を見上げて言った。

「いつか、行けるかな。あの、星の彼方まで。」

私はためらわないで答えた。

「うん、きっと行けるよ。私たちなら。」


 次の日から、すばるは学校へ来るようになった。あの日約束を果たせなかったので、改めていつきちゃんのいる大阪へ行くことにした。

 私はYBRですばるの待つコンビニへ向かった。今日は私が前を走る。道もしっかり調べてきた。駐車場に入るとすばるがCBRにまたがって待っていた。

「お待たせ。じゃあ、行こっか。」

「うん。行こう。」

すばるはエンジンをかけた。2つのエンジンの音が小気味良く響いた。

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星の彼方へ はまなす @kadenzp

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