特別編 百鬼夜行
おにぎりって市販のおにぎりと家族が握ったおにぎりでは味が違う事に気付いてた?
塩加減…それもあるだろうが市販のおにぎりはナイロンのグローブを嵌めて握っているが家庭のおにぎりは素手で握る。この差、らしい。
手には汗や在来菌がある。それらが各々の味となっておにぎりの味を変えるのだそうだ。
そんな事を思い出したのは母が親父の為に塩むすびを握っていたからだ。
親父から「婆ちゃんの味とはちょっと違う。」と毎回言われるのだからもう母も意地なのだろう。我が家のおにぎりは塩むすびが主だ。我が家の弟妹達は友人宅で「他の味」を知る。俺もそうだった。
友人の母がコンビニでおむすびを買ってくれた。海苔の出し方が判らなくて四苦八苦している俺を、友人も友人の母も
「コンビニおむすび、食べた事ない?」
と笑いながら魔法の様な手付きで海苔を巻いて渡してくれた。
噛むとパリパリ言う海苔、中には味付きの具材。(初めて食べたのは鮭とツナマヨだった。)なんでこんな所におかずが入ってるんだろう?と不思議に思った。
でも、正直、「美味しい!」の一言に尽きた。
今でもコンビニに行くと新製品のおにぎりをつい買ってしまう。
白飯と海苔とささやかなおかずなのに合わせると最強コンボになる。コンビニおにぎりは最短最強飯だ。その味を知らず大きくなっていく我が桃果…可哀想に。
おにぎりを握る母の手を見詰めながら、
「俺も握ろうかな…。」
色んな具を入れてやろう、と思った。
桃果が舌を巻くようなおにぎりを握って、にいにはやっぱり凄い!にいにのお嫁さんになりたい!とか言われたら最高じゃないか。
下心を従えて俺は天かすや昆布、ツナ缶なんかを出し始めた。
桃香も興味有り気に
「桃次郎、ワタシもしたい!」
と寄ってきた。
俺達がギチギチと寿司詰め状態で台所でおにぎりを握って居ると磁力でも出ているのか不思議とやってくるのが親父と桃士だ。
「何やってんだ?桃次!オメェ飯の中に何旨そうなモン隠してやがるんだ!?根性悪っ!桃姫さん!こいつ秘密爆弾みたいの造ってますよ〜!」
「おにぎり!!俺も造る!
世界一旨そうなおにぎり造る!」
こうなるともう手が付けられない。母は自分の聖域が家族によって荒らされるのを見ていられなくなったらしく
「皆!居間でやりなさい!!」
ボウルに移した白ご飯と共に台所を追い出された。
居間の食台で皆で「世界一旨そうなオリジナルおにぎり」を造る。
「桃香は何入れたの?」
「梅干と気持ち!」
嬉しそうに微笑う桃香に、あ〜んと口を開けて見せる。
桃香が俺の口の中にぎっしりみっちり梅干が詰まったおにぎりを投下してくれた。
(良かった…こんな酸っぱいおにぎり、桃果が食べなくて…流石、気持ち入り!美味しいけどさ。)なんだか判らない涙が出た。
「あ〜!!!桃姫さーん!桃次のヤツが桃香から『あ〜ん』してもらった!桃姫さぁん!!!」
親父がイチイチチクリに行く。
親父は母に「あ〜ん」してもらったのだろう。何やらイチャイチャの声がコソコソ聞こえてくるが知らんぷり。
「チーズとミートボールって最強じゃね?」
桃士の一言におお!と思う。
「チーズ、なんにでも合うもんな〜。」
「チーズと梅干?」
桃香の提案に俺達は首を横に振る。
「チーズと明太子は?」
そこに桃恵がやって来てそう提案した。提案は賛否両論だったが桃恵は「試そう!!」と嬉しそうに台所に向かった 。
その内、部屋に居た桃李と桃美もやってきた。
「何〜?遠足でも行くの?」
それも良いな。
「世界一旨いおにぎり造ってんだよ!」
桃士の言葉に桃李は手を濡らしながら
「そんなのツナマヨが世界一に決まってんじゃん。」
安定の定番に手を伸ばした。
「私、面白いの造りたいな〜。天かすあるじゃん!ネギと醤油と合わせたら美味しいとか聞くよね。練り生姜とかも混ぜてみようか…なんならうどんとか麺類入れてもアリだなぁ。」
アーティストが暴走を始めた。
「練り生姜までは良かったと思うな。」
ストップを掛ける。
「合わせ技で行くのはあるあるかな。梅干とシソ…とか。鮭と…大根おろしとか。」
「リー姉!考えろよ!大根おろしなんかジャバジャバになるじゃん!どうやって握るのさ!?頭悪すぎ〜!!」
馬鹿にする桃士の頭を
「何造ってるの?」
再度、桃香に尋ねる。
「鮭にチーズを合わせた。」
「「「お〜!!アリだよ!アリ!」」」
一気に皆のヤル気が上がる。
そこに俺のエンジェルプリンセスが起きてきた。
「もはもしぅ〜!」
さっきまで吸いまくってたヨダレベッタベタのお手手が惜しげもなく白飯にダイブ。
桃李が発狂した。
「桃果きちゃない!父ちゃん!桃果の手、洗ってきて!!」
嫁入り前の娘が足でプリンセス桃果を挟んでパンツ丸出しでひっくり返る。
中断された桃果は泣いて抵抗している。
親父は両手に付いた米粒を舐めて取りながら「はーたん、手ってキレイキレイ行きましょうね。」と片腕に桃果を抱えて台所に消えていった。
親父のおにぎりはイビツなので誰作なのか言われなくても直ぐ判った。
「リー姉!!チン毛頂戴。これ、バツのやつ!ハズレはリー姉のチン毛入ってんの!」
爽やかな程阿呆な提案。
桃李はグーパンで桃士を成敗すると
「女はマン毛じゃ!私のならアタリと言え!!」
フンと鼻を鳴らした。
(流石、馬鹿が付く程可愛いと言われるだけある、お年頃の桃李。もしそれがハズレだとしても俺は余す事なく黙して喰らうからな!)
「皆で何やってるの〜?」
中庭からのんびりとした声が届く。
弟、妹達は風の様に声の方へ跳んで行った。
「「「「陽溜〜!!!」」」」
「今、皆でおむすび対決してるの!」
「誰のおむすびが一番美味しいのか大会だよ。」
「負けた奴がリー姉のマン毛入りおにぎり食べなきゃいけないんだぜ?」
「陽溜も造ろ〜!!!」
なにやら最初とコンセプトが偉く違う気がするが…まぁ良い。
陽溜は後ろ頭を掻きながら「なんか皆凄い美味しそうなの造ってるねぇ。」食台の前に座った。
「ひまま〜!!!」
俺のスウィートハート桃果が俺の腿を踏んで陽溜の腕の中へ飛び込んだ。
(別に寂しくなんか、ない。寂しくなんか、ない。今夜、SNSで呟けば明日にはいつもの俺さ。)
「桃果はどんなのが良い?」
陽溜がそう言うと桃果は「あまぁ〜いの!」とあまぁ〜い声で発した。もう…可愛いよ…桃果!にいにはおまえに白ご飯をまぶして食べたい。
「あまぁ〜いの?え〜……アンコとか?」
陽溜、苦戦す。頑張れ!!
「きな粉まぶしたら美味しいって聞いたよ?」
陽溜がそう言うと周りが騒ぎ出した。
「絶対不味いヤツだよ、それ。」
「貧乏そうな味のイメージ。」
「きなこ餅っぽくなるんじゃないの?」
「でも無理!!!」
陽溜、撃沈。頑張れ!
「桃香、何造ってるの?」
桃香はさっきから無言で師範代テイストな顔でおにぎりを握っている。
「マヨネーズのみ!!」
「逆に匠の技っぽい!」
桃李が大笑いを零した。
確かに極めてる感半端ない。
「あ…!俺凄い事思い付いちゃった…!あまぁ〜いの、見付けた…。どーしよ…俺天才かな。………桜でんぶ…!」
陽溜が真剣な顔で指を差すので「え〜…。」とは言い難いが桜でんぶってそんなに美味しいイメージが無い。
「さくあえんぷ!!」
桃果が嬉しそうなのでアリ!!
陽溜は早速台所に駆け込んで母に桜でんぶを出して貰って居る様だった。
陽溜と共に母も海苔の佃煮や鯖缶なんかの缶詰を手にやって来た。
シェフ、来場!と言った所だ。
「沢山造ったわねぇ!ホント、何処か行けそうだわ。
近くの山にでも登る?」
母の提案に、なんだかワクワクして
「和心くん、誘っても良い?」
もっと沢山人を呼びたくなった。
「おーじゃあ、天狗のオヤジに献上される高級御膳を持って来いって伝言頼むわ。」
わ〜…和心くんのお父さん来るんだ〜…と思ったけど陽溜が「天狗?俺、天狗に会ったこと無いんだ!!凄いなぁ!」なんて喜ぶからまぁ、良っか。陽溜が居るなら親父も暴走しないだろう…と思う事にした。
「良いだろう?俺は九尾狐にも会ってんだぜ?」
俺の先生だし、親父は本人前にしてゲーゲー吐いといて陽溜に自慢する。
陽溜は純粋培養だから親父の言う事を素直に受け止め、「いーなー、いーなー」を連発している。
こうなりゃヨーコ先生も呼べれば呼ぶか…。ヨーコ先生に繋がるには慈経由の貧野先生からヨーコ先生にすべきか、大守さんに式神を使ってヨーコ先生に声を掛けて貰うか…どちらが良いだろう。
陽溜は愉しそうに小さなおにぎりで桜でんぶをほっぺに仕立てて眼は胡麻で桃果の顔のおにぎりを造った。
「も〜は!!!もはよ〜!か〜あいい!」
桃果が余りに大喜びするので桃士も桃恵も羨ましがった。
「私のも造って〜!」
「俺のも〜!」
二人に両膝を占拠され、「俺も美味しいおにぎり造りたいな…。」なんて陽溜の言葉はさっさと却下された。
「そんなの良いから!俺のおにぎり造って!!!」
陽溜は眉尻を下げて微笑うと
「桃士は目元がしっかりしてるから吊り目でちょっとピリ辛…明太昆布だね。ほっぺは桜でんぶで…口はハムの切れ端。」
「やったぁ!」
「私も!私も!!」
「桃恵は眼が丸くて大きいから刻んだ昆布と、ほっぺは桜でんぶで、大きなお口は桜の華の塩漬使っちゃおうか。香りが良いんだよ〜?」
陽溜が子供の相手をしている間に母は手際よく鰹節や、とろろ昆布を巻いたおにぎり、塩昆布をまぶしたおにぎり、中に鯖や焼鳥やブリの照り焼きなんかを隠したおにぎりをどんどん作り上げて行った。
相変わらず桃香はマヨネーズオンリーや、お好みソースと言った匠のオニギリを仕上げて行った。
俺は和心くんと、慈、大守さんに近くの山への遠足のお誘いをした。
お弁当を詰める母や妹達とは違って、親父は酒瓶を風呂敷に包んでいる。
家を出発して直ぐ和心くんとお父さん、花園先輩と出会した。
和心くんは余裕を見せてうちの包を持ってくれた。
花園先輩も何やら持ってはいるが大体判っている。中身はおそらく水溶性ビタミンの宝庫だ。
やがて、慈が無邪気に飛び込んで来た。
両手にはこれでもかって位の重箱。
「急だったから昨夜の残りが大半で、後は香ちゃんが即席で造ってくれたんだよ?」
慈が自慢気に胸を張る。
後ろの貧野先生は、品野先生と改名しても良い程品の良い女性に変身していた。
「いいかぁ!?この山はとても険しいっ!虫は多いし、足元も滑る!!皆注意してて歩け!」
そう大声で注意喚起を促す親父に母が
「もうちょっと行ったら階段があるわよ?」
ケロリと応えた。
「俺はお祖父様からここで厳しい修行を受けて来たのにぃ!!」
悔しがっても後の祭り。
親父を置いて、皆で階段に向かう。
其処に、バスケットを持った大守さんと、手ぶらのヨーコ先生が立っていた。
「すご〜い!!大家族〜!!!」
「ハンッ!別に丁度私もレアチーズタルトとマシュマルオレオパウンドを焼いてたところだったから折角だから持ってきてやったわよ!」
ツンと横向く大守さんに、「この人は世嗣の父に当たる、俺の曾祖父だよ。」初めて陽溜を紹介した。
陽溜は世嗣とは正反対の人懐こい笑みを向けて、大守さんの手を取り「世嗣が人間界で助けてくれる陰陽師の女の子が居るって言ってて一言お礼が言いたいと思ってたんだ!本当に有難う!!世嗣は口下手だけど良かったらこれからも仲良くしてくれると嬉しいな。」陽溜らしい挨拶を交わした。大守さんは世嗣とは真逆や陽溜の人柄に驚いてか、陽溜のニメートル超えの身長に驚いてか、全身の入墨に驚いてか、眼を剥いて圧倒されている。
「さぁ!今度こそ登るぜぇ!」
「こんなに香音、歩けなぁい。」
「ダメになったら言って?背負うから!」
「道端に咲いてるお花、可愛いわねぇ〜。」
思い思い口にしながら一段一段踏みしめる。
「もは、もうちかえた〜。」
三段程度で音を上げる桃果に屈んで、「おいで?」と背中を見せるも桃果はさっさと数段上の陽溜の所に行ってしまった。(目的の為なら歩けるそんな頑張り屋な桃果がにいには好きだよ…。)
哀しい男の背中…。悔しがる俺の背中にズシンと重みが乗る。
「桃次郎は私の事だけ考えてれば良い。」
桃香の暖かい腕に力をもらった。
「よぉ〜し!競争だ!和心くんっ!!」
和心くんは俺を振り返り爽やかに微笑うと包をお父さんに渡して花園先輩を背負い俺の後を追ってきた。
平坦の道と違う、整えられたグラウンドと違う、青草の匂いを携えた風が後ろへ流れる。
「和心く〜ん!!気持ち良いねぇ!」
「うん!やっぱこれからも走ってたいよねぇ!」
「これからも和心くん、走るの止めないでね!」
「止めないよ!桃次に勝ちたいもん!」
ライバルが居るって良い。
走る俺達を見て、火が付いたらしい精神状態子供の親父が「おりゃああああああっ!」なんて声を上げながら追い掛けてくる。
そうなれば乗ってくるのは桃士と桃恵で、そして桃果がゴネるのは判っていた。
「はいっはいっはいっはいっはいっっっ!」
「はぃえ〜!!ゴーー!ひまま!まけぅな〜!!!」
ホラ。
振り返ると片手に桃果、片手に大守さんを抱えた陽溜が追い掛けてきていた。
「陽溜!二人もすげぇ!」
「私も〜!!」
「これ以上は…年齢的にも…体力的にも…無理〜!」
腰に桃士と桃恵をぶら下げた陽溜がそれでも一歩ずつ登ってくるのが可笑しくて俺達は振り返って笑った。
和心くんも一緒になって笑っている。
「だらしねぇぞ!陽溜!」
「桃太郎…持ってるの…風呂敷だけでしょ?…俺は大切な…命を四つも…運んでるんだもん。……重みが違うんです〜!」
言い切ってまた陽溜が登ってくる。
桃士と桃恵がキャッキャと声を上げる。
空から強風が落ちてきたと思ったら、まさかの世嗣だった。
「世嗣〜、お疲れ様〜。」
「例え陽溜でも俺がツバ付けた女に触れるなんて許さねぇぞ!」
凄味を効かせた世嗣の声に陽溜は
「待ってたんです。その一言を…。大事に扱ってねっ。宜しく!!」
安堵した様に大守さんをお姫様だっこで世嗣に抱かせて多少軽くなった身体で階段を登ってきた。
親父が陽溜から桃士と桃恵を受け取り、
「俺の重みの方が重い!!!」
何が言いたいのか胸を張った。
「これ、何してる訳?百鬼夜行?」
世嗣に首を傾げられ改めて階段を見下ろした。
バラバラに点在する人とあやかし。
鬼が多少多めだけど色んな性格のヒト、環境の違うヒト、色恋事情のヒト、「フフフ。」凄く笑える。
「桃香、和心くん、見て。ホント、百鬼夜行みたいじゃない?」
「『夜』じゃないけど正にそんな感じだね!」
和心くんと笑いを交し、また駆け上がる。
髪にワックスを付けるのを忘れた。
誰かに見られたら…なんて不安は一ミリも浮かばなかった。だから「しまった!」なんて言わない。言いたい奴には言わせておくさ。
「何これ!?オニギリばっか!!」
事情を知らない世嗣にとって今日は謎だらけの日に違いない。
「大守さ〜ん、アレ、出して〜。」
俺の声に大守さんは「わ、わ、わ、わ、わ、わ!」と慌てながらも手にしていたピクニックバックから自慢のケーキ二種類を出した。
「わ〜!すご〜い!すご〜い!ケーキ屋さんみた〜い!」
「大守さんすごぉい〜!私も食べた〜い!」
「全員の分あるの?無いなら勝ち抜き戦でいく?方法は『殴り合い』!」
「桃李、落ち着きなさい。先ずは皆、座って手を拭きましょう。」
これだけ居ると収拾がつかない。
親父みたいに勝手に行動したがる奴が和心くんのお父さん含め、うちの弟妹達なんて全員そうだ。
散り散りバラバラになった皆を母が根気強く座らせていく。
その間、照れて真っ赤になってる大守さんを世嗣が責めているのを見て見ないフリした。
世嗣にしてみたら皆で集まるのに自分だけ声が掛からなかったのが面白くないんだろう。「どー思ってんの?」とかホント、どれだけ上からなんだよ…と思いつつ聞こえないフリ。
「ごめんなさい…。」
なんで大守さんは世嗣にはいつもの自分で居られないんだろう…首を傾げながら少し不服に思う。
「一言、相談とか出来ない訳?俺、来てるの知ってたでしょ?」
世嗣の一言に俺だけじゃなく陽溜まで「え?」と言う顔をした。
「俺ですら桃太郎にこっち来るの知らせないのに…。」
陽溜の呟きに、言われてみれば確かにそうだ、陽溜はいつも気紛れにうちに寄る。(まぁ、性格なのだろうけど…。)しかしそれはつまりそれだけ世嗣にとって大守さんは「身近」に感じている女性だと言って良いのではないだろうか。
だからこんなに怒っているのだろうがだがこの怒りの表現は逆効果だ。男の嫉妬程惨めなモノはない。
「大守さんのケーキ切るから欲しい人、手を上げて〜!」
それとなく言ってみる。
腕組みして説教している世嗣の右手が上がった。
大守さんが突然、顔を隠して座り込んでしまった。
「トキが女の子泣かした〜〜〜!」
桃李が一番に喰い付いた。仲の悪い親父も大喜びでコレに喰い付く。
「わ〜るいんだ!悪いんだ!!ば〜ちゃんに言ってやろ〜!」
「婆ちゃん言うな!!俺のママだ!」
「そんな事今は良い。ダイジュサンに謝れ!」
桃香も参加する。
「世嗣!悪いよ!ちゃんと謝りなさい!大体さっきから女の子に偉そうだよ?」
陽溜の批難も加わる。
しかし、大守さんは頭を振りながらゆっくり立ち上がって
「怒ってたのにそれでも私のケーキ、食べたいって言ってくれたの嬉しくて…泣けちゃった。」
目頭を指で擦った。
「当たり前だろ!!」
「大守さ〜ん、愛されてるぅ!幸せねぇ〜!」
「ちょ…イタチ先生…俺のスペースに…うっオォオオオオエエエエッッッ!」
「ケーキ欲しい人の中にはパパは含みません。」
俺達の前で初めて女の子の涙を見せた大守さんに少しだけ世嗣の心も動かされた様だった。
それを慰める為に近付いてきたヨーコ先生を見て、また背を向けて嘔吐する親父…母は呆れて親父を抽選から外した。
無論、皆で囲んで食べる食事も親父は別席。「寂しい」と散々煩いので和心くんのお父さんが一緒に食べてくれる事になった。
「もはぁつくったおむすび、ど〜えか?」
首を肩より下に精一杯下げて傾げてみせるそのキュートな姿に悶絶する。
「どれ?桃果のおむすび、どれ?」
桃果は別に大切にラップで包んでいた陽溜お手製の桃果おむすびを手にして、もう自分がクイズを出した事も放棄して「かわい〜の〜、みて〜!」大喜びをしている。構わないよ…桃果。お前の可愛さが正解だ。お前のおむすびの答が一生判らなくても悔いなんて無い!
ラップを外しておむすびをしげしげ眺めた桃果は「あ!ネズミのうんち!きちゃない!ポイしなきゃ!」何を思ったか土の上におむすびを放り捨てた。
「えぇ〜?………えぇ〜………。」
陽溜の驚きと呟きが寂しげに響いた。
…まぁ、おむすびコロリンのネズミが拾いに来てくれるのを夢見るしかないだろう。
「もはのおにぎに、た〜べぉっ!」
この頃の年齢の女の子の心理はなかなか難しい。気が多い。でも、そう言う所もまた可愛い。
桃果は自分が造ったオニギリが判るのか判らないのか適当に手にして口一杯ほうばる。
俺は桃恵や桃美が面白半分ながらも造っていた美味しそうな物を幾つか食べて、桃香の匠の逸品にも手を出した。
桃香の緊張の眼差し。
皆の、「美味しいね〜。」「この組み合わせ、アリだね!」「今度やってみよ〜。」と言う言葉にそれぞれがご満悦だった。重箱ギチギチに詰め込まれていたオニギリがどんどん無くなる。
陽溜も桃香の一口サイズのオニギリを一口でポクンと放り込んだ。
何度か噛んだ後、陽溜が絶叫を始めた。
「ふぁあ〜〜〜!!!!?
はぁああ〜っっ!
はぁぁぁ〜うっ!
は〜あああああ〜んっ!」
「俺の娘達に変な声聞かすなよっ!」
「陽溜、煩い。」
親父と世嗣の冷たい言葉と眼差し。
陽溜はガクガク痙攣みたいに震えながら「わさび!!!凄いわさび!!!」全身で訴えてくる。
「ワタシ特性、匠の仕事ワサビオニギリ!」
桃香が胸を張る。
「流石に匠シリーズは辛いのは無理かもね〜。陽溜見てみ?あんなになるよ?」
桃香に冷静に教えた。阿鼻叫喚する陽溜を見た桃香は「もう少し極める。」決意を固めてくれた。
母のおむすびはやはりの安定だ。悪く言えば面白みがないが一番安心して食べられる。
俺がどれを取ろうか手を彷徨わせていると桃香が小さなタッパーを差し出してくれた。
「桃次郎の為だけに作った。」
「え…?」
「貴男の為に…」と言うフレーズはどんな言葉が後ろに付こうともトキメク事請け合いだ。
「有難う。」
一口噛って、何が起こったのか脳が全く解析してくれなかった。
「辛い物、塩っぱいもの」として口に入れたのにヤツが甘かったからだ。
「甘い」とすら認識しなかった。
「該当なし」とでも表現しておくか。とにかく俺の脳内は俺が今迄食べた物の味覚全て探りたがった。そして、出てきた答は
「食べ物ではありません。」
だ。
「オォ………………ッ」とえづいて、親子揃って嘔吐か?と周りに思われる!!と気が付いた。
俺の脳も口も舌も喉も頑張って飲み込んだ。
遅れてやってくるチョコレート風味。
「桃次郎の大好きなプロテインを、大好きなワタシが握ってみた。」
「まさかのザバ………!!!」
上手い!!旨くは無いけど巧い!!(だがごめん!桃香!俺には二個目は無理だ!!そしてあいつはめちゃくちゃ高額なんだ!無駄にしないでくれ!)
「陽溜、これ食べてちょっとは筋肉付けなよ。」
「え!?ヤダよ!今、桃次郎えづいたよね?」
「べ、べ、別にえづいた訳じゃないんだからね。」
ちょっと大守さん風に言ってみる、が陽溜は口を両手で押さえて首を左右に振る。
「ヤダよ!なんなの此処!鬼の集まり!?鬼ノ国より鬼だよっ!君達!!」
本気で脅える陽溜が可笑しい。
笑う俺に向かって桃香は頬を膨らませた。
「ワタシは桃次郎の為に造った!!」
クソッ!可愛い!判ってる!嬉しい!!嬉しいがごめん!!俺は俺の身体を、味覚を護りたい!!
「……俺は…プロテイン飲む時は喰わない派なんだ。親父なら喰えると思うよ?あの人の反応はきっと通常通りだから。」
口を押さえてまで喰う事を拒否した陽溜になんぞ用はない。
「親父!!これも喰えよ。桃果、『桃果からよ。』って持ってってあげて。」
桃果に託すと、桃果は何の疑いもせず親父の所へ配達に行った。
和心くんの所の御膳を喰いながら親父が桃香のオニギリを喰う。
俺は俯いて目の前の色んな形のオニギリから適当に取って口に運んだ。
「ゥオエェェェェェッ!」
親父の声で喰った瞬間が判った。
「あ、ごめんなさ〜い、向かい風が吹いたのかしら〜。」
何も知らないヨーコ先生は自分のせいだと思ったのか親父に、笑顔で片手を挙げた。
「殺人兵器オニギリ!」
嬉しそうに桃士が笑い声を立てるので頭を軽く
「桃次郎、どれが一番美味しかった?」
桃香にそう尋ねられ「マヨネーズオンリー。」なんて絶対言えないな…と思った。
張り切って色々造ってくれたんだ。
俺の口に入ってないのが殆どだけど…。
「今度は俺の為だけに造ってよ。」
そう微笑うと、桃香は服の袖を捲って「給料出たら大きなザバ「プロテイン飲む時は俺、食べないからっ!!鮭とかチーズとかそう言うのでお願いねっ!」
彼女の気持ちを無駄にしたい訳じゃ無い。プロテインを無駄にしたくないんだ!!
桃香の手を握ってしっかり頷いておいた。
和心くんの持ってきた御膳には今迄食べた事の無い名前も判らない料理が沢山入っていた。
巻き寿司の中に穴子ではなく鰻が入っているんだ!俺は穴子だって滅多に食べない。カンピョウが入っているのが主だ。
天ぷらの海老がアメリカザリガニみたいに大きい!卵で色んな野菜をとじたやつにカニ入り餡を乗せた上に金箔が飾られてある。「この
花園先輩は和心くんの家で食べ慣れて居るんだろう。コレはこのタレ、コレはこのソース、と教えてくれた。
そして彼女のダイエット弁当はやはり相変わらず水溶性ビタミンの宝庫だったが桃李には好評だった。
「良かったら召し上がりますぅ〜?」
手ぶらで来たと思っていたヨーコ先生が何かを配っている。この人もこういう気配り出来たんだ…と感心したが手にした物を見るとそれはハーブティの茶葉。
「なんで湯の中に淹れてハーブティとして持って来なかったんですか?」
皆、茶葉を持て余している。(そりゃそうだろう。)
「だぁって〜、鬼倒くんみたいにコーヒー派の人ばっかりだったら飲んでくれないなぁ〜って思ってぇ〜。お茶として持ってくるの止めたのよぉ〜。」
変な気遣い…要らなかったな…。
「横浜先生はお料理なさらないんですか?」
貧野先生がそれとなく質問するとヨーコ先生は相変わらずののんびり笑顔で
「しますよ〜ぉ。今は焼くのに凝ってます〜。」
「オーブン焼きとか?串焼きとか…ですか?」
貧野先生は料理が本当に好きな様だ。
「食パンは四枚切より六枚切の方がサクッと焼けますぅ〜。後、焼いた後より、焼く前にバターを塗る方が美味しいですよぉ〜。」
料理のレベルが全く違うのに自慢気に話すヨーコ先生…。
貧野先生は気を使って、「今度試してみようかな…。」と気持ちも籠もらず呟いたのに対し、ヨーコ先生は空気も読まず「良かったら教えますよぉ〜。」なんてその気になっている。
各々がそれぞれに愉しみ始めたので親父も母に「桃姫さんが恋しい」を連発せず和心くんのお父さんと盃を傾け出した。
寂しくなったのだろう母が親父の所へ林檎を差し入れした。
「桃太郎くん、ウサギリンゴちゃんどうぞ。」
親父は何故かむかしから母の切る「ウサギリンゴ」を反対に見る。リンゴの皮が耳になっていると言うのが判ってないらしい。
逆をじっと見詰めては
「ウサギの後ろ脚の筋肉のリアルさ…」とか「手足のバランスが…」とか何処をどう見たらそう見えるのか判らないところばかりを褒める。
「流石、桃姫さんのウサギ!!いつ見ても芸術的だよなぁ。」
そう言われる度、母は複雑丸出しの顔を見せる。
今日も、和心くんのお父さんに、「この前足の感じ、スゲェだろ?」と自慢している横で和心くんのお父さんに「ウサギリンゴとは皮が耳になっているからウサギなのだと聞いたが鬼の家では違うのか?」
と言われ、一瞬空気が死んだ、が親父は
「お前の所と桃姫さんのセンス同じにすんなよ!馬鹿か!見ろよ!この可愛い前足をよぉ!」
まだ言い張る。
母はやっと解放されたとばかりに
「そうなんです。私、普通に皮を耳にしてるつもりだったのにアレ?桃太郎くんにはそう視えるんだ〜って思って…好きな様にさせているんです。」
と苦笑する。
親父は無言のままリンゴを上向けたり下向けたり、首を捻ったり、まぁ、自分が誤解していたのは間違いない訳で、取り敢えず
「ホントだよ!こっちもウサギに見える!スゲェよなぁ!おい!馬鹿!!」
和心くんのお父さんに八つ当たりする様に背中を叩いた。知らないって怖いよなぁ…。
大守さんのケーキは俺の弟妹達は無論、花園先輩も慈も母も貧野先生も気にするところだったので流石に俺は欲しいと言うのは止めた。大守さんは一番世嗣に食べさせたかったのだろうからそこは譲った。これから先、もう大守さんの美味しいお菓子は食べられなくなるかもしれない。それはとても惜しい事で残念だがそれと同等もしくはそれ以上に喜ばしい事なんだよなぁ…と思う。大守さんがこれからは「同士」の為に造るんじゃなく、「女友達と彼氏」に造るのだ。俺には料理上手の母が居るし…チラリと母に視線を送ると母と視線が合った。
「今度、桃香にお菓子造り方教えてあげてよ。」
「今度、お菓子焼いて」って言おうとしたのに俺の口は心同様ひん曲がってるらしくズレた事を言った。でも、悪くない。いや、寧ろそうして欲しい。
「ワタシ、桃次郎の為にケーキ焼く!桃次郎の好きなモノはプロテインと?」
「「妹…。」」
慈と大守さんが同時に呟いた。
「ちょ…二人とも止めてくれる?」
妹達には大抵シスコンなのはバレているが両親には知られないよう努力してきたつもりだ。なのにこんな皆さんの前で堂々と公開処刑ばりにバラされなくとも良いじゃないか。
「妹のケーキってどんなの?」
桃香が桃李に尋ねる。桃李は「私が入ったお風呂の湯とか飲んでないよね!?」なんて今迄俺が発想した事もない事を口走り明らかに警戒した。
(その手があったか…は言わないでおく。)
「リー姉のマン毛入りケーキ。」
「桃士!?それ以上言ったらここから転がり落とすわよ?」
母は本気だ。
「私、オニイなら胸触られる迄なら許せるかな。」
桃美の天使の一言!!!!(マジか!?それもっと早く教えてくれれば良かったのに!!)表情筋が緩みそうだったが必死にクールを気取った。
「ワタシはにいにちゃんとしょっちゅうチュッチュしてるもんね〜?」
「桃次郎…後でお話があるから…。」
母の顔が暗い!!さっきまで遠足愉しんでた人の顔じゃない!ケーキ切ってた人の顔じゃない!唯の刃物扱うだけの人の顔!!
「おかあさん…決して俺は…そういうのでは…。」
気持ちが籠もらない。そりゃそうだろう!だってそういうのでは無くは無いんだから。
「え?にいにちゃん、ワタシの事は本気じゃないの?」
「オニイ、彼女出来たから私達の事捨てたんだよ。過去の女なんだよ。私達は。」
「桃兄!シスコンならシスコンで軽蔑するけど私達の事嫌いになったとか言うなら絶交だから。」
「にいに〜!!もは、あいしてぅ?」
俺の脳はキャパ超え。
冷静な後先考えた判断とかそんなの虚言だろ!!
「シスコンが彼女作って何が悪い!!」
人前で失禁したような気持ちだった。
やってしまった…。
気持ちいい…。
取り返しつかない。
俺の馬鹿!!
「その場のノリに流されよって!馬鹿め〜!!」
指を差して最初に微笑ったのは桃李だ。
絶対、ここは慈が来ると思ってたのに。
「うちの娘は皆、桃姫さんに似て可愛いもんな!桃次郎が惚れてもしゃーねぇ!」
有難う!親父!なんて気楽な気持ちになれる訳も無く、俺の頭はひたすらパニックだ。
「近親婚なんかあやかしあるあるだよ。
私達天狗なんかはより強い濃い血を求めたら近親者と結婚するし。」
和心くんのお父さんも取り敢えずフォローしてくれているみたいだけどもうそれは俺の精神を追い詰めるだけだから…少なくとも母のアイスバーンの様な視線で事故りそうだ。
「陽溜…助けて。」
舌先三寸で生きてきたいい加減な強い味方。
「う〜ん…桃次郎の妹達への愛情はとても深い事に変わりはないけど。そんな事より俺には一つ聞きたい事があるんだ。」
真面目な陽溜の眼差しに、どんな質問?と視線で応える。
「どうして人間の男のヒトってブリーフとかトランクスとかボクサーパンツとかあんなに沢山パンツの種類があるの?」
遠方の親父の席から酒の蓋が飛んできて陽溜のオデコに激突した。
「オマエ!ワサビが脳にまで回ってんじゃねーか!?今そんな話どーでも良いじゃねーか!!」
「どーでも良いよ!どーでも良い話なんだよっ。桃次郎が妹の事どれだけ好きで、妹大好き過ぎるのに彼女が出来たのをどう思うかなんてそんなのパンツの話くらいどうでも良いんだよ。
桃次郎のプライベートな話だもん。俺達は桃次郎の事を『妹想いの愛情深い、良いお兄さん』って信じていれば良いんじゃないかなぁ。桃姫ちゃん、つまりはそういう事なんだよ。それじゃ満足出来ないかな?」
(流石舌先三寸でこの世を渡ってきただけはある口先先生!!)
俺は脳内で陽溜に拍手を送っていた。
母には帰ってキチンと釈明しよう。きっと本音二割嘘八割だろうが。
親父と和心くんのお父さんを中心に先生達はお酒で盛り上がる。母は納得いかない様なムスッとした顔で陽溜の横で妹達や弟の面倒を見ている。俺達は高校生メンツでお茶を啜る。
そんな俺の背中に背中をピットリとくっつけてきた桃李が
「私にどんなに彼氏が出来ても桃兄は私の特別だからね。」
コッソリ教えてくれた。
桃李がいつもの桃李と余りに重ならなくて可愛くて愛しくて俺の新たな恋愛物語が始まる予感がした。
人生はいつもドラマだ。
語るのを辞めた俺だけどまた新しい物語が始まる予感がして…いつだって物語を語ろうと思えば何でも語れるものなのだと知った。
だから俺は敢えて語らない。
愛しいヒトに囲まれて俺が幸せと悩みの波に飲まれる青春の日々を過ごしている事を想像して欲しい。
幸せで悩み多き人生に
「乾杯!!」
好きに蔑め!俺はちっとも痛くない。 伊予福たると @abekawataruto
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