【エピローグ】百合本には載っていない。


 エピローグ




 京華と一緒に登校すると約束をし、待ち合わせの時間の二〇分前には着いたはずなのに、そこにはもう京華の姿があった。


 いつもと変わらない他愛のない会話。


 私よりも一〇分も前に着いていたらしい。そこは今来たところって言うとこだけど、言わないのがなんとも京華らしい。


 すべてが変わりないわけではなかった。


 私の左手は京華の右手と繋がれていた。


 最近になってようやくスクールバスがこの辺にも来るようになった。とは言うもののバス停までは距離がある。


 その間、誰にも見られないようにこっそり手を繋ぐ。もし、見られたとしても女の子同士だからそこまで変じゃないかな。これは男同士じゃできないよね。普通の恋人同士でもバカップルと思われる。


 バス停と言っても特になにか書かれた看板が置いてあるわけでもなく。特に何もない更地だ。


 私たちの手は自然と離れる。少し寂しいけど心では繋がっているから安心できる。


 学校の中でも手は繋げないから、暫しの間お預けである。誰かにバレたら大変だ。


 バスの中でも隣同士に座った。


 京華が私の顔をじ~~と見つめている。ごはん粒とか着けてないのは朝ちゃんと鏡で確認したし大丈夫なはず。


「やっぱり、月望ちゃんは可愛いなぁ~」


「うぐっ」


 恥ずかしくて言葉が出ない。なんって言ったらいいのか、ちょっと全然分からない。


「ひゃあっ」


 私もお返しとばかりに京華の膝をさすさすっと触ってみる。びっくりして声まで上げちゃって可愛い。


「やったねぇ、月望ちゃん。それっ」


 ほっぺたをぷにーとつままれる。たてたてよこよこまるかいてちょんという具合にこねくり回され。ちょっと痛いけど、自然と顔がニヤけてきてるやばいやばい。


 わぁこれ、完全にバカップルだ……。


 周りの席の男子や女子たちにチラッと視線を投げかけられているのが分かる。困る。


 付き合い始めなので許してください。みなさんも誰かと付き合い始めたら、こういうことしちゃうのかもしれないのですよ。


 スクールバスが学校に着く頃には、私たちの方を向く人はいなくなった。興味がなくなったのだろう。


 それをいいことにお構いなしに京華はスキンシップを取ってくる。


 今までもすごいスキンシップ取ってきたけど、歯止めが効かなくなるってこれはまずい。後で注意しないと。


 なんて思っていても、身も心も絆されてしまった私には注意できる頭が残っていないみたい。


 そのまま流されながらも、明影高校までたどり着く。


 まずは、昨日アドバイスをくれたみんなにお礼と大変迷惑を掛けてしまったことを謝らないと。


 教室に入ると、少し違和感があった。教室内がざわついている。京華が登校してきたからだろうか。


 クラスの美人が三日間も休んだとあれば、みんなも心配していたのだろう。


 あの二人も早速早足でこちらへ側に来てくれた。


「やったね。月望ちゃん。京華と仲直りできたんだ!」


「うん、おかげ様で……えへへ」


 二人共とても嬉しそうだ。また前みたいに戻れる。


「京華さん。お久しぶりです。体調とかもう大丈夫なんですか?」


「いたって健康だよ! ごめんね、みんな迷惑かけたよね? 月望ちゃんとは仲直り? できたからさ」


 そうそう、仲直り。別にケンカしてたわけじゃないけど。


 私と両想いになったら、もしかしたら悲しい結果になるかもしれない。


 いくら友達とはいえ、この関係は言えない。


 ……だけどいつか、いつの日か言えるといいな。もしかしたら引かれるかもしれない。嫌われて距離を置かれるかも。


 それでも大切な人たちには報せたい。


「そういえば、なんで二人はケンカしてたの?」


 当然の質問だった。痛恨のミス。その回答を考えていなかった。


「そ……それは……」


 言い淀んでいた私の横で京華が静かに口を開いた。


「今はまだ言えないけど……いつかは必ず話すから。だから、そのときまで待っていて欲しい」


 京華の言葉に呼応し、二人して大きく頷いた。


 予鈴が鳴り響く、生徒達はいそいそと席に着き始めた。


 京華も私を振り返って見やると、ニコッと白い歯を魅せて微笑んだ。


 今年もなにも変わらないんじゃないかと思ってたけど、京華との関係は大きく進んでしまった。


 一番の友達、親友になるって思ってたのに、それを飛び越して恋人になってしまうなんて。


「遠近さん、良かったね。仲直りできてさ」


 ふと、すぐ横には青島さんが居た。もうすぐ授業が始まるというのに。


「ありがとう、青島さん。仲直りできたよ」


「それは良かった。それにしても怪しいなぁ~」


 え、なにこの疑われている目線は。


「あ、怪しいってなんのことかな?」


「いや、別に私の気のせいかもしれない。もうヒヤヒヤさせないでよね。いつまでも仲良くね」


「う、うん! ありがと」


 そうしてちょっと冷やかしていった青島さんは席へと戻った。


 先生が教室内に入るとひどく感動していた。今日は京華から休みの連絡が来なかったから、期待と緊張に包まれていたらしい。


 私のクラスから不登校の生徒が出なくて良かったと安心していた。それをクラスのみんなの前で言うのか。


 そんな先生を見兼ねて京華は元気良く振る舞う。「不登校になんかなりません、あたしだってちょっと気分の浮き沈みだって、考え悩むこともあります!」って。


 その一言でクラスの雰囲気は和み、笑い声に包まれた。


 時間は過ぎ行き退屈な授業も一時中断。待ちに待ったお昼休みの時間だ。


 四人で仲良く食べようとしたところで、彩葉ちゃんが音楽室に私たちを招いた。


「今日は、ウチとののかちゃんのユニット初披露です! はくしゅ~」


 驚きながらも京華と二人で盛大になるよう元気良くぱちぱちと拍手を送る。


「……京華さんと月望さんの仲直り記念です!」


「おぉ~それは楽しみだ」


 京華が感動の声を上げる。私もすごく楽しみだ。


 彩葉ちゃんとののかちゃんの二人は、お互いが日頃使うエレキやクラシックのギターではなく、フォークギターというものを使用していた。


 あっと驚く声を上げそうになった。


 美しい旋律が流れる。歌詞がなく、インストと言うのだろうか二人は歌わない。


 曲名も分からないクラシック系の音楽だけど、どこか懐かしさを感じた。


 二人の演奏に耳が酔いしれたところで、京華もサプライズがあるという。


「なんだって言うのさ、京華」


 ふふっと、自慢気に風呂敷包みを出すと。


「じゃじゃーん! みんなの為にお弁当を作ってきましたー」


 そう言って、大きい弁当箱というかおせち料理でも入ってるんじゃないかという高価な箱を開けた。中に入っているものは唐揚げや玉子焼きなどお手製感がある。


 真っ先に箸を伸ばした手を伝って見ていくと、やっぱり彩葉ちゃんだ。


「ウチがいちばーん」


「わぁ、ちょっと待ってー月望ちゃんに一番最初に食べて欲しかったのー!」


「うふふ、月望さん早く食べてあげてください。このままだと彩葉ちゃんがパクパクっと食べてっちゃいそうです」


 ののかちゃんの声に押され、私は京華のお手製唐揚げを口に頬張った。


「味は、味はどう? 月望ちゃん……」


 もぐもぐと。


「うん、おいしい!」


 京華は料理が上手だなあ。これなら毎日たくさん食べられる。絶対に太っちゃう。


 私たちは、舌鼓を打ちながら楽しく談笑した。おかずが増えるともっとお米が欲しくなるね。


 お昼休みも終わると授業の時間もあっという間に過ぎ去った。


 なんて早いんだろう。もう下校の時間になっちゃった。


「月望ちゃーん。帰るよー」


 京華の私を呼ぶ声が聞こえる。


 カバンを持って立ち上がる。梅雨時だから仕方がないが、六時間目頃からぽつぽつと雨が降り始めていた。


 もう少し寝れば夏本番。気温も最近除々に上がってきたから、涼しくていい感じだ。ちょっと蒸すけど。


「うん、早く帰ろうっ」


 よし、傘置きに傘は置いてあるね。誰も盗んでないね。


 梅雨時だから、常に学校には傘を常備している。それが功を奏したのだが。


「あぁっ、あたしは傘持ってきてないや。月望ちゃんの傘の中に入れてよ~」


 弾む声が可愛くて私は「うん」とすぐさま承諾をして――


 しとしとと雨が降りしきる中を相合い傘を差して歩く。


 バスがある駐車場までの短い時間の間だけど、この時間をすごく大切にしたいと思った。


「実は~月望ちゃんと相合い傘したくてわざと忘れてきちゃったっ」


 彼女はそう言ってはにかんだ。なんだか私も意地悪というか恥ずかしいことをしたくなってしまった。


「ちょっと濡れるけどごめんね」


「ん、なになに?」


 首を傾げる彼女をよそに私は誰にも見られないように。……覆い隠すように手短に傘を持った。


「これなら誰にも見られないね」


 私はそう言って彼女と唇を寄せ合った。


 触れ合った口元の端から熱い吐息が漏れ、顔を真赤にして見合わせた。


 冷たい雨が火照った頬を冷まして心地良い。


 これから先、私たちには色んな苦難があるかもしれない。そんなときは二人一緒にじっくり考えて答えをゆっくりとゆっくりと導き出せばいい。


 百合本には載っていない。付き合ったずっとずっと先が私たちにはある。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私が友人の家で百合本を見つけた時の話をします。 齋藤 俊 (キュウミリ) @kyuumiri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ