片思い二重奏(デュエット)

このはな

片思い二重奏(デュエット)

 朝いちばんの教室に、だれかがドタドタ飛びこんできた。

「た、たいへんだっ! みちる、菜子なこ、たいへんだ~!」

 ひとりの男子が大騒ぎしながら、わたしたちの席へやってくる。

 クラスのみんなは、何事かと一瞬ざわついたけれど、声の主を知ると、「はいはい」というような雰囲気になった。

 彼は、わたしたちの友だちのひとりで、大吉だいきちくんっていう。クラスのなかでも、とびっきり元気で、にぎやかな男子だ。

 だいたい、大吉くんの「たいへんだ~!」は、いつものこと。ちょっぴり大げさなところがあるんだよね。クラスのみんなも慣れっこだ。

 なので、わたしもあわてない。

「おはよう、大吉くん。いきなりどうしたの?」

 まずは声をかけてみる。

「たしか――」

 菜子もゆっくり言葉をつないだ。

「昨日は黒ネコが前を横切った、って言ってなかったっけ?」

 チラリと大吉くんの様子をうかがいつつ、わたしにたずねてくる。

「うん、言ってた」

 わたしも思いだしてうなずいた。

 昨日の朝も大吉くんは、「たいへんだ~!」って今みたいに駆けこんできた。

 消しゴムをなくしたり、給食のからあげが一コ足りなかったり、体育のサッカーでここぞというときにボールをスカッと空振りしたりした。

 そのたびに、「なんて不吉な~! やっぱ黒ネコのせいだ~!」って、騒いじゃって。

 彼をなだめるのに、わたしと菜子はそれこそたいへんだったのだ。

「昨日が黒ネコなら、今日は黒イヌとか?」

「わあ、ありえる~!」

 菜子のからかうような冗談に調子をあわせていたら。

「そんなんじゃないって! ホントにたいへんなんだよ、みちる!」

 大吉くんは力んでそう言ったあと、むうっ、とした。

 名指しをされたからには、相手をしないわけにはいかない。

「いったい、何がどう、たいへんなの?」

 と、話の先をうながす。

「おれ、見ちゃったんだ……!」

 大吉くんは、ツバをゴクリとのみこんだ。

「さっき職員室の前を通りかかったとき、知らない子が先生と校長室に入ってったんだ!」

「へえ、転校生? こんな時期に」

 菜子はものめずらしそうに言った。

 今は十月のおわり。二学期になってから、すでに二か月が過ぎている。たしかにめずらしいけど、「たいへんだよ~!」って騒ぐほどじゃないような。

 けれども、大吉くんが大騒ぎする理由がすぐにわかった。

 でれっ、と鼻の下をのばし、

「おれ、あんなにカワイイ子はじめて見た……マジ、天使かと思った……」

 目をうるうるさせて言ったんだ。

 さらに、「ぐあーっ、しまった!」と、おたけびをあげた。

「何年何組か、先生に聞いときゃよかった~!」

 頭に両手を置いて、はげしく後悔してる。

 またはじまった……。

 わたしと菜子は目と目をあわせ、「やれやれ」と首を横にふった。


      *


 清掃の時間。

 わたしと菜子は、校庭のすみにしゃがんで草取りをしていた。

「大吉のやつ、今にも告白しそうないきおいだったね。このまんまじゃ記録更新だよ」

 菜子は雑草をブチブチちぎりながら言った。

「えーと、これで十回目だった?」

「ちがーう、十三回目だよ、十三回目!」

「あ、そっかあ。もう、そんなんになるんだー。すごいなあ……」

 しみじみと言ったあとに、だまりこむ。

 十三回目って、不吉な数字じゃなかったっけ?

 そのまんま、のんびりと風に吹かれていたら、

「……やせガマンしちゃって」

 菜子はボソッとつぶやいた。

 ギクリとした。

 と、同時にブチッと草が根っこごと地面から抜けた。

「見てみて、こんなに大っきい草がとれたよ。大漁大漁!」

 と、大きな口をあけて笑う。

 頭のてっぺんに、ジリジリ太陽の熱を感じ、額から汗がでてきた。

 菜子は糸のように目を細めた。

「ねえ、みちる。このままでいいの? 大吉にホントにカノジョができたらどうする?」

「やだなあ、菜子。どうもしないよ。それに知ってるじゃん、大吉くんの好きなタイプ。ムリ言わないでよ~」

 くすくす、と肩をふるわせて笑いつづける。

 ところが、菜子はいつになくマジメだった。

「あいつ、あんなんでお調子者だけど、けっこう人気あるんだよ。卓球部の先輩からはかわいがられてるし、後輩からも慕われてるし」

「…………」

「好きなら好きって、ちゃんと言ったほうがいいって」

「…………」

「もし、このまま友だちでいるつもりなら、忘れる努力しないと。ほかのひとを好きになれ、とまでは言わないけどね。でも来年になったら、今よりもっとつらいよ。なんてたって三年生だもん。高校受験だもん」

 それは手きびしくも、やさしい言葉だった。長年の親友だからこそ言える言葉だ。

「そうだね……」

 鼻の奥がツーンとする。自分で言ってて、なんだか泣けてきた。

 大吉くんは、ほれっぽい。かわいい女の子がいるとすぐ、その子に恋しちゃう。

 わたしは正反対。彼だけにずっと恋していた。

 小三のころからの片思いなので筋金入り。つまり、片思いのベテランだ。

 彼が恋した回数と同じだけ、わたしは彼に失恋しているのだ。

 菜子の言うとおりだと思う。

 でも、わたしったら、告白して失恋する勇気も、友だちでいつづける覚悟もないんだ。

 告白なんて今さらできっこないよ。

 大吉くんとわたしは、ただの友だちにすぎないんだから。


      *


 昇降口に入って、くつをはきかえた。

 次の時間は理科だ。

「わたし、理科室のカギをとりにいくから、あとでね」

「うん」

 職員室へいく、教科係の菜子とわかれ、教室がある三階へと階段をのぼっていく。

 前方にフラフラと歩いている男子がいた。

「あ、大吉くん……」

 どうしたんだろう。見ているそばから、足がガクッとなって踏みはずしそう。

 わわっ、あぶない!

 見てらんないよ!

 タタッと階段を駆けあがり、踊り場にいる彼のもとへ。

「大吉くん! 何ボンヤリしてるの? だいじょうぶ?」

 元気に声をかけながら、彼の横に並ぶ。

 わたしにやっと気づいたらしい。彼は「えっ」と小さく声をあげ、こっちをふり向いた。

「なんだ、みちるか……」

 あきらかに残念そうな響きのある声だった。

 まるで、声をかけたのが、わたしじゃないほうがよかったみたい。心配してるのに。

「なんだ、って、ひどい言い方!」

 ムスッとして言うと。

「ははっ。わりい、わりい!」

 大吉くんは、ようやく笑顔になった。

「どうしてボンヤリしていたの? 階段から落っこちるんじゃないかって、うしろから見ていてヒヤヒヤしちゃった」

「んー、じつはさ……」

 大吉くんは何かを言いかけたのだけど、下から階段を走ってのぼってくる男子たちに気づいて、パッと口を閉じる。

 彼らが通りすぎるのを待ってから、また口をひらいた。


「おれ、失恋したんだ……」


 はあ?


「ええっ、もう!? 話を聞いてから半日しかたってないよっ」

 今までのなかで最短だ!

 こんなことってある?

「うそー」

 あぜんとしていると。

 大吉くんは、階段の窓に向かってイジイジしだした。

「さっき彼女を見かけてさー、同じクラスの女子たちとしゃべってて、そのとき聞こえてきちゃったんだ。前の学校にカレシがいるんだってさー」

 ため息まじりに説明する。

 そういうわけだったのか。

「ふうん、カレシがいるんだ……」

 わたしは、つぶやいた。

 大吉くんの十三回目の恋は、たったの半日で終わっちゃったんだ。

 彼の背中を見つめる。

 学ランに包まれた背中は、ちゃんと傷ついているように見えた。シュンとして、いつもより小さく見えた。

 こういうとき、なんて声をかけたらいいかわからない。

 いつまでたっても慣れないんだ。

「それは、なんていうか、そのう――」

 友だちとしてはげまそうと、がんばっていたら。

「いーよ、べつに。何も言わなくて。なぐさめの言葉なんていらないよ」

 大吉くんは、「はあー」と深いため息をついた。

「…………」


 なんなんだ、これ。

 なんなんだろう、これは。


 半日しかつづかなかったくせに。

 十三回目のくせに。

 こっちが、どんな思いでいるかも知らないくせに。


 ムカムカしてきたぞ。


「ばっかみたい!」

 わたしは大吉くんの背中に向かって、投げつけるように言った。

「そうやってホイホイかんたんに好きになるから、すぐ失恋しちゃうんだよ」

 わたしなんて、人生の半分も、ひとりの人を好きでいるんだからね。

 どうしてくれるんだよ、ホントにもう。

 大吉くんは、うなだれたままだった。

「…………うん、おれもそう思う」

 さすがに今回ばかりは堪えたのかな。

 だって、たったの半日だもんね。

 スーッと怒りがおさまってきた。

「なら、この機会に反省しなくちゃ」

 テンションをさげ、うながすように声をかけた。

「うん、反省してる」

「今度だれかを好きになるときは、よく考えるんだよ。わかった? もっと慎重になるんだよ」

「うん、よく考えるし、慎重になる」

 大吉くんの頭が何度もコックリ上下に動く。

 あまりにも素直な態度なので、かえって心配になってきた。

「わかったんならいいけど、本当にだいじょうぶ……?」

「だいじょうぶだって!」

 大吉くんはまわれ右をして、わたしと向かいあった。

「あんまり大げさにしないでくれよ。こっちがみじめになっちゃうし」

 彼は、怒ったように、困ったように、ギュッと両手をこぶしにして、わたしを見おろしていた。

 そうだ、彼は失恋したばかりだ。

 お小言みたいなセリフ、えらそうに言うんじゃなかった。

 わたしのしあわせは、大吉くんといっしょにいることなのに。

「……ごめん、言いすぎた」

 教室や廊下からのざわめきが、さざ波のようにゆっくり階段をあがってくる。

「いや、こっちこそ。わるかったよ」

 大吉くんはそう言ってくれたけれど、わたしは彼のために何かしてあげたかった。

「手、かして」

「へ? なんで?」

「いいから!」

 彼の左手をムリヤリぐいっと引きよせ、そのこぶしをこじあけた。

「わたしからのおわび。おまじないだよ」

 手のひらに指でくるくるっと図形を描く。

 ハート模様だ。

 ニコッと笑った。

「次は、いい恋が待ってるといいね」

 ほんとにほんとだよ。

 いいことがいっぱいありますようにって祈ってるんだから。

 けれども、彼はビクッとして、「わっ」と後ずさりをした。

 背中が壁にぶつかって、そのままズルズルすべり落ち、ペタンをしりもちをつく。

「ごごご、ごめん! 怒られたばっかなのにっ!」

 彼は真っ赤な顔でわたしを見あげる。

「好きな子、いまできた……!」



おわり

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片思い二重奏(デュエット) このはな @konohana

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