眠り姫の呪いを解くモノは~魔術少女と呪われた魔獣~

朝霧 陽月

第1話 突然の報告-某王子視点-


「見つかりましたー!!」


 そんな可愛らしい少女の声が、私の背後から響く。

 振り向くとそこにいたのは、喜々した様子で何故か腕を突き上げているローブを目深まぶかかぶった少女だった。

 彼女の名はリア、訳あって一時的この古城に滞在している魔術師の少女だ。


「そう見つかったんですよ、アルフォンス様!!」


「二度言わなくても、その言葉なら聞こえていた……一体何が見つかったんだ?」


「お姫様です!!」


「は……?」


 予想外の単語に、私は思わず間抜けな声を出してしまった。

 え、いや、だって唐突にお姫様って…………。


 リアは私の戸惑いを知ってか知らずか。つかつかと私の目の前まで歩み寄ってくると、頭に被っていたローブをファサーと取り去った。


「はい、お姫様が見つかったんですっ!!」


 ローブを取り去って現れた美しく可憐な容姿に晴れ晴れとした笑みを浮かべる彼女に、私は思わずドキッとする。

 そのキラキラと輝く髪はさながら、美しく光を反射する水面のような淡い青色と言うべきか、銀色と言うべきか判断が難しい珍しい色で、その瞳の色は澄んだ海のような青色だった。

 まるで海の妖精のような、幻想的な雰囲気を持つ彼女の笑顔は、それだけで辺りをパッと明るくするような錯覚すら覚える。


 ああ可愛い、とても可愛い、これ以上に可愛らしい女性を知らないレベルで可愛い……。

 いや、そうではなくて。


「しかしなんでそれで喜んでいるんだ? そもそもなんでお姫様……いや、姫君を探しているのだ」


 どうやら彼女はお姫様が見つかって喜んでいるらしい……。

 それなら私だって一応王子で似たようなものだし、それだけで同じように喜んでくれたって…………いや、流石に違うか止めよう。


「以前、一説には呪いを解くため真実の愛が必要だという話がありましたよね?」


「一説にはというか、確かに大精霊にはそう言われたが……」


 真実の愛という単語に、思わず私はドギマギしてしまう。


 実は現在の私の身は呪われている。

 今から十年ほど前に強大な力を持つ大精霊の怒りに触れてしまった私は、呪いで異形の姿に変えられてしまったのである。

 それは人間のみが住むこの大陸では見掛けなくなってひさしい、獣人という種族に似ているという。そのようなこの姿は、多くの人間にとって恐怖と嫌悪の対象として映るようで、今にいたるまで私は散々侮蔑ぶべつ罵倒ばとうの言葉を投げかけられた。


 そんな中でたまたまこの古城を訪れたリアだけが一切そんな素振りも見せずに、普通に接してくれた。最初は無理をしているのではないかと思っていたこともあったが、紆余曲折うよきょくせつを経てそうではないと信じることが出来るようになり今に至る。



 前述した通りリアは見目麗しい少女だが、それ以上に私は明るくて心優しい彼女の性格にかれていた。やや変わった部分もあるが、それもまぁ魅力の一つとして彼女を好意的に見ていた。


 だからというか、呪いを解くのに必要なのも『真実の愛』だし……おこがましいことだとは分かってはいるが彼女が万が一にでも自分をそういう対象として見てくれればと密かに期待している部分があった……。


「そうそうー、だから真実の愛プランに必要なお姫様を探していたわけですが、なんといい感じの物件が見つかったんですよ!!」


「プラン……物件……」


「いや、探せば落ちているものですねー」


「落ちている……」


 せっかく可愛らしいのに色々と自ら台無しにしていくな、この子…………だが、そういう部分も含めて割と悪くないと思ってしまう……。

 いや、今のは別に一連の流れに嫌な予感を感じて、現実逃避げんじつとうひしてる訳じゃないからな?


「リア、いまいち話しが見えないのだが……つまりどういうことなんだ?」


「申し訳ありません、少し興奮してて上手く説明が出来てなかったみたいですね。つまり今回見つけたお姫様と真実の愛的なものを得ることで、呪いを解くという計画なわけですー!!」


「えー、あっ、それはそのお姫様とやらと私が……」


「はい、愛し合う感じの想定ですね!!」


「…………」


 どうしよう、気になってる女の子が意識してくれないどころか、他の女性をあてがおうとしてきた……。

 しかも純粋な善意で……。


「あっ、心配しなくても大丈夫ですよー。そのお姫様は結構な美人らしいので、きっとお気に召すかと」


 何を勘違いしたのか、そんなフォローをしてくるリア。

 違う、そうじゃない……重要なのはそこではないんだ……。


「そ、そもそもそんな美人のお姫様とやらが、今の私の容姿を受け入れてくれるとは思えないぞ……? 今までにこの容姿を怖がらない女性なんてキミくらいなもので……」


「その点におきましても心配はありませんよ。そのお姫様は呪いで眠ってるので会う際に容姿は関係ありません」


「呪いで眠ってる……?」


「はい、どうやらたちの悪い魔術師に呪いを掛けられてしまったようでして、それを華麗に解決しつつ、こちらの呪いも解いてしまおうという画期的かっきてきな計画です!!」


「な、なるほど……」


 それは確かに画期的というか……悪質というか……。


「いや、待て……呪いを解くといってもどうやって解くつもりだ? それに例え手段があっても姫君に近付くのは容易ではないだろう……」


「ええ、その辺についても抜かりありません」


「ほ、本当か……?」


 彼女が自信満々過ぎて、動揺して思わず声が震える。

 いや、だって冷静に考えて色々おかしいだろう……!?


「はい、もちろん私嘘は付きませんので……!! 解呪かいじゅ手段とお姫様の元へ行く算段は、既についております」


「ほ、ほぅ……」


 い、いつの間に……この子の行動力が怖いのだが……!?


「まずお姫様がいる場所なのですが、呪いを掛けた人物によって塔に幽閉ゆうへいされているんですよね。それも塔の周辺ごと呪いが掛けられているようで、普通の人は近付けないらしいのです……まぁ少しだけ、ここと状況が似ていますよね〜」


「ああ、そうだな……」


 私はどうにか頷いているものの、もはや話の行方ゆくえが気が気でない。

 さ、流石に詳しい説明を聞けば、何かしら不自然な点もあるのでは?

 いや、頼むからあってくれ……!!


「でもその呪いは大精霊様のそれと比べると強力ではないので、私の能力で十分解くことが出来ると判明しております。だから周囲環境に影響を及ぼしている呪いは、問題無く解けます。そしてお姫様に近付けない要因も呪いなので、呪いをどうにかできる時点で我々はお姫様に近付くことができるわけですね。

いやー、むしろこの呪いのお陰で、我々が呪いを解く際に他の関係者もいる可能性がなくて幸運と言えるでしょう〜 よかったですね」


「そうだな……」


 あ、これ……もしかして本当にどうにかなりそうな話ではないか?

 ま、まずい……呪いが解けることは良いが、この話に乗るのはまずいぞ!!


 何かよいアイデアはないか!?

 あ、そうだ……よく考えるとアレがっ!!


「そ、そもそも相手が眠ってたら、前提の愛し合うという話が無理ではないのか?」


「あ……」


 私の言葉にリアは明らかに『今まで気付いてなかった』という風な反応をする。

 よし、これはいけるのでは!?


「うーん、そうですね……そこはどうにかアルフォンス様が、そのお姫様に一目惚れとかしてくれませんかね?」


「何がそこはなんだ!?」


 言ってることがメチャクチャではないか!?

 そもそも他に意中の相手がいるのに、一目惚れなんてできるはずがないだろう……。

 まぁ幸か不幸か、当の本人は一切気付いてないわけだが……。


「例え私の方が一目惚れしたとしても、相手が寝ている時点で一方通行ではないか……」


 そう、今現在私がリアに向けてる気持ちと同じで……いや、こちらは悲しくなるから考えるのは止めよう。


「そこはほら、アレですよ……いい感じにキスで解決です!!」


「い、一体どんな理屈なんだそれは!?」


「だって大体キスで解決しませんか? 物語だと」


「まず、そこを基準に持ってくるのはどうかと思うぞ……!?」


「いえいえ、真実の愛という基準自体が曖昧あいまいなのですから、それの意味する部分がキスであってもなんら不思議ではありませんよ……!!」


 リアは胸を張ってそう力説する。

 なんと意味が分かるような、分からないような理屈……。

 いや、私は絶対に違うと思うがな……!?


「そんなわけで現地への移動手段として、陸を走るタイプのドラゴンも用意しましたし、準備は万端ばんたんです!!」


「そ、そんなものまで!?」


「陸続きとはいえ外国で少し遠いみたいなので、あった方がいいかなーと思いましてね!!」


 こちらの知らぬ間に、そこまでするなんて行動力の塊か!? 逆に怖いぞ……!!


「さぁ、行きましょう?」


 そう言うリアは笑顔で私に手を差し出す。

 だ、ダメだ!! この手は絶対に取ったらダメな手だ……!!


 彼女の誘いという点だけを見れば、全力で手を取りたいところだが……その内容が『他の女性との仲を取り持とうとしにきている』ことだと考えると絶対に乗れない!!


 しかし、断るにもどう答えたものか……。


「ああ、ごめんなさい……」


 しばし私が悩んでいると、リアは突然謝りながらすっと手を引っ込めた。

 ん、えっ、は……? いや、私は何も言ってないが……。


「よく考えると私一人で先走っちゃって……ご迷惑でしたよね?」


 そう口にするリアはとても申し訳なさそうで……見ていてこちらの心が痛くなってくる。

 いや、断ろうとは思ってたものの、そんな反応をさせるつもりではなかったのだが!?


「本当に申し訳ありません、いったん頭を冷やしてきますね……」


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ……!!」


 しょんぼりと部屋を出て行きそうになっているリアを、私は慌てて引き止めた。

 彼女を落ち込ませることは、私の本意ではないからな……。


「あの、な……迷惑なんてことは全然ないぞ?」


「ならば、なんで黙り込んでいたんですか……困っていたからではないのですか?」


 う、絶妙に鋭い……!! 困っていた部分だけは合っている……。


「そ、それはアレだ……急に言われたから、準備をどうしようか少し考えていただけで……」


「本当ですか……?」


「本当だ……」


「では私の行動は迷惑ではなかったのですか……?」


「ああ、キミの気持ちは非常に嬉しく思っている……!!」


 まぁ、嬉しいのは本当に気持ちだけだがな……。


「そうですか……よかった……」


 ほっと安堵の表情を浮かべるリアに、私も密かに胸をなで下ろした。

 ああ、本当によかった……彼女を傷付けずに済んで……。


「確かに言われてみると、私も急ぎ過ぎていたかも知れませんね」


「まぁ、そうだな」


 段々といつもの様子に戻ってきたリアに安心して、私は適当に相づちを打つ。


「では準備時間を1時間ほど取ってからの出発という形でよろしいでしょうか?」


「まぁ、そうだな」


「それでは改めて、一時間後に玄関で待ち合わせということにしましょう」


「まぁ、そうだ……」


 あれ、なにやら流れで変な台詞にも頷いてしまった気が……。


「では、一時間後によろしくお願いしますね~」


 そんなことを言いつつ、リアは笑顔で部屋から出て行ってしまった。


 …………これはやってしまったのでは?

 こ、これは完全にリアのいうお姫様に会いに行くコースだか、プランだかに入ってしまったぞ!?


 ああ……い、一体、どうしたら……。

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