11F 蒸気都市パープル 3

 月が出ている。丸い月が。見下ろしてくる目玉のような月輪をロドス大公の屋敷の屋根の上で眺めながら、ガジガジと親指の爪を噛む。膝の上に広げるのは一冊のノート。新たな機械人形ゴーレムの改造案の細かな部分を詰め込みながら、口端から漏れ出るため息を噛み潰す。


 機械神の治める蒸気都市パープルに足を着けて一日と経たず現出した大きな壁。予想はしていた。予想はしていたが、ロドス大公の保持する最強の機械人形ゴーレム。機械神の巫女など機械神が遠隔操作する人形だ。機械神の眷属であればこそ、十冠達よりも分かる明確な差。


 眷属として必要な知識の内で、一割理解しているかどうかでコレなのだ。上端も見えない壁の頂きがそもそも視界に映るのはいつになる事やら。


 不安と焦りで薄ら寒い。時間の感覚がどうにも狂う。一日の時間が半分に減ってしまったような感覚。思い描いてもそれがいつ形になるのか分からない。


「此世は我世と所思望月乃かけたる事も無と思へは……などと言ってみたいものですなぁ」

「月を見上げて歌を詠むって平安貴族かよ兄弟ブラザー

「……おやまぁ」


 屋根の縁からひょっこりと頭を伸ばす白髪と金髪。屋根の上へとよじ登って来る二人の男へと目を落とし、口元から親指の爪を離す。


「いつもは暖炉の前で頭捻ってるって聞いてるからどこにいるかと思えば、梅園うめぞのさん達も心配してたぞ?」

「ふっ、相談なら乗るぞライバルよ。お前の悩みなら俺にはもうお見通しだぜ?」


 逃げるなとばかりに両脇に腰を下ろしてくるグレー氏とまっちー氏の姿に肩をすくめながらノートを閉じれば、左肩に置かれるまっちー氏の手。それがしが口を開くよりも早く、まっちー氏は分かっていると言うように口を動かす。


「同じ分野の中にいればこそ、分かる話もあるってもんだろう?」


 スポーツ人口比で言えば、人気スポーツであるサッカーの世界に身を置いているからか、やっている事が違くとも、その世界で身を削ってきたまっちー氏だからこそ理解されてしまうのか。どうにも気恥ずかしく歪む口元を、細められた知将の視線から若干背けるも、視界に収まるのは蒸気都市の景色ではなく綿毛頭。


機械人形ゴーレムは機械神の眷属の結晶って言うんでロドスさんの最高傑作とやらを俺達は見る事できなかったけど、相当やばかったか?」

「……それはもう」


 ロドス公にそれがし以外の者達に見せる意思がない以上詳細を語る事はできないが、思い出せば肌が粟立つ。鋼鉄製の有機的な絡繰人形。絶対に自然界では存在しないだろう形状でありながら、異常なまでの存在感を放っていた機械の怪物。


 太く捻られた歯車が噛み合わされた関節部位。足はなく巨大な鋼鉄の腕が四つ。分厚い装甲、歪な頭。目であろう丸いレンズが横並びに六つ。蒸気機関の類人猿を前に、拳を合わせるまでもなく優劣は決し、それがしは白旗を振った。


 しかもそれは『近接戦闘用』であり、『中遠距離射撃用』と蒸気都市の『防衛用』で現状ロドス公が誇る最強の機械人形ゴーレムは三体あるらしいときた。


 眷属として過ごした時間の差と技術の差。それがしが一つを形にできるまでどれだけの時間を要するかも分からないのに…… それがしとは違う。本体は姿さえ見せず遠隔操作の機械人形ゴーレムのみで万事を成す機械神の眷属らしい最高峰。


 何よりも、そんなロドス公でさえ十冠ではない。


「ブル氏やブラン殿と差がある事は理解してましたけどな、埋まらぬ差ではないと思ってましたが……少しブレましたな。思えばあの二人、深度二〇以上の眷属魔法を使ってもいませんでしたからなぁ」

「ぞっとしたか?」

「ええ今も」

「そりゃ最高だな」


 リングピアスをカチ鳴らし揺らして笑うグレー氏に「マゾヒスト殿め」と返せばまた笑われる。そんな埋まるか分からぬ差を楽しむのも一興と断じられればいいのだが、そこまで傲慢ごうまんにはなれない。


 気温に左右されない骨身に痺れる肌寒さを求める原動力はなんであるのか、その感覚を好む理由は争いは関係なく、壁を越える達成感を味わいたいが故なのか。ふわふわした綿毛頭と同じく、グレー氏の本質は掴み所に欠ける。


「越えるべき山がないよりは、あった方が良い景色が見られるだろうよ」

「良いことを言うな葡萄原ぶどうはら。埋もれるぐらいなら登った方が遥かにモテるぜ。多くと切磋琢磨する中で如何に抜きん出てモテるか。ソレガシの悩みもそれだろう?」

「お主は感動を返せ」


 結局まっちー氏は何も見通せてねえ……ッ。万象全て帰結する先はどうすればモテるかただ一つか? グレー氏も分からんがまっちー氏も分からんッ。まっちー氏から背けていた顔を苦くし戻せば、待つのはキラキラした微笑。どこからその笑みの自信が来ているのか。


「そうか? 本質は違わないぜ。何かを成すには秀でなければならない。力か魅力か思考かそんなのは人それぞれだろうがな。その結果、何が欲しいかだろう? 俺の小さな頃の夢は世界一美しい女性ハニー結婚マリッジする事だ! それは今も変わらないぜ!その為にはモテなければ始まらねえ!」

「お、おう……」

「なんだ今はそんな流れか? 勘助の言うことも分からなくはないけどな、俺の夢は……そうだな、限界を超える事だ。自分の予想を踏み潰してえ。ギリギリの状況を踏破できれば、新しい何かに会えるだろうぜ。俺は未知を知り踏み越えたい」

「それはまた……」


 意味不明だ。他人の夢などそんなモノなのかもしれないが、両脇から夢の話をわぁわぁと。抱える絶体の本質に細かな事など気にならなくなってくる。壁を越えるために何が必要なのか定かでない不安。だが一つ言える事があるとすれば、どんな道を進もうとも『絶体』の変化はないだろうこと。


それがしは……ギャル氏やグレー氏やまっちー氏、友人達が願う絶対になりたいですなぁ」


 いざという時、力を貸せるだけの者でいたい。隅っこから飛び出し近くに居れても、何もできないなら傍観者と変わらない。近くに居るだけでは駄目なのだ。「意味不明だ」と感想を零す二人の肩を叩けば、両側から肩を叩き返される。


「……世界都市の学院で少しばかり話してたけどな、こっちだけじゃなくあっちの世界もやばいのか?」

「かもしれないという話ですぞグレー氏。現状分からない事が多いのでアレですが」

「ふっ、現実味に欠ける話だな。この世界自体がそうだが。とは言え飲み込みはしよう。俺は得意だからな」


 受け止めるのが。もう分かり切っている事は口に出さず、緩く弧を描くまっちー氏の口元に目を流し、その口端が落ちるのに合わせ視線を切る。


「だからこそだろう? 飲み込んだならどうするか。多分大丈夫を鵜呑みにして後で困るくらいなら、俺も事前に備えておきたいタイプだ」 

「その方がいざという時目立てるからですかな?」

「そんなとこだ! それに、ライバルがやる気なのに俺が見過ごすと思うか? 置いてかれるのは御免だぜ」

「同意見だな。筆頭騎士がどんな奴らかはアリムレ大陸でもう知ってる。ソレガシ、ダンス部対抗戦からの付き合いだ。また誘えよ。男同士遠慮は要らねえだろ。女の子に心配掛けたくねえって気持ちは分かるぜ。男見せるならここだろう?」


 強さが必要とされている。自信がなくても、準備不足でも、話し合いだけではきっと終わらない。投票者を潰すのがアリだとソロ姫様に確認を取った通り、現状反対派が多い中で、最悪荒事が蔓延はびこるだろうからこそ、ヨタ様も強さが必要なのだと口にしたと予想はつく。


 体育祭の時と同様に、運だけでは乗り越えられない確固とした実力が必要だ。祈る暇があったなら拳を握る必要がある瞬間が。常時都市でそれがしがすべき事は決まっている。強さに必要なものを積み上げる。


「その気持ちは嬉しいですけどな。混ざろうにも厳しいですぞ。巫女様もロドス公も、他の眷属に遠慮はしないでしょう」

「寧ろ歓迎だな。厳しいぐらいじゃないと一足先にいるお前には追い付けないだろ」

「ふっ、そもそも美神の眷属の戦い方ってどんなんだ?」


 まっちー氏の微笑みから目を背け、グレー氏と顔を見合わせ二人揃って首を横に振る。知らんわそんなの。美神の眷属自体名前的に全く戦闘向きではなさそうなのに加え、眷属魔法の系統さえそれがしは知らん。


「己が眷属の事は同じ眷属に聞け定期。だから厳しいと言ってるでしょうが」

「そうは言ってもな、美神の治める都市ってどこにあるんだ?」


 それこそ知った事ではない。グレー氏の契約した雷神程有名ならばまだしも、マイナーとなれば話が変わる。が、隣でグレー氏が即座に「諸島連合にあるだろ」と言葉を返す。グレー氏が懐から諸島連合の詳細地図を取り出し広げ、覗き込めば、確かに島の一つに『美景都市ノーズスット』の文字が。


「お……まさか……っ、連合会議でパンプキンちゃんに会える⁉︎」

「即行で目的ブレてねえか勘助?」

「バッカ⁉︎ なら尚更ダサい姿を見せる訳にはいかないだろうが! 第一印象で全てが決まると言っても過言ではないッ。って事は後三日⁉︎ 時間が足りんぞ‼︎ 葡萄原ぶどうはら! ソレガシ! 今から鍛えようぜ! すぐ鍛えよう!」

「ちょ⁉︎ ファァ⁉︎ 屋根の上で掴んで来るな危いだろ常考⁉︎」

「バ、バカソレガシッ、だからって俺に捕まるんじゃぁぁぁぁ⁉︎」


 楕円状の屋根の上でまっちー氏がずるりと足を滑らせ、芋づる式にずるずるとまっちー氏に引き摺られ、屋根の向こう側へ放り出される。三人揃って上るならまだしも、落ちるとは大草原。


 空を見上げれば月が見える。丸い月が。手を伸ばしても届かないが、かつて人類が降り立ったように、いつか届くと信じる。ただ、今は地面に落ちて身体中が痛いので、伸ばした手を掴んで誰か引き起こして下さいお願いしますッ。


 


 


 

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昇降機の双騎士 生崎 鈍 @IKUZAKI_ROMO

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