10F 蒸気都市パープル 2

 チキチキプシィッ、と遠巻きでも聞こえてくる歯車と蒸気を噴き出す音。島々の周りには多くの蒸気船が海を泳いでおり、『塔』を中心に大小無数の蒸気パイプが巨木の根のように街の中を走っている。


 蒸気機関の技術力で言えば間違いなく異世界『エンジン』の中で最高峰を誇る都市。『雲舟』の港に着工し、都市へと足を落とすと同時、作業服を纏う機械神の眷属達が、一様に一礼して作業へと戻って行くが、突き刺さる視線の量に思わず喉が鳴り、歪む口端を隠す為に首元に下していたフェイスマスクを引き上げる。


「おいおい、なんだかやたら注目されてるな。海上都市の姫様がいるからか?」

「違うしグレー、機械神の眷属初の騎士ってんでソレガシ機械神の眷属に大人気ヤバみらしいからそれじゃね? ファンクラブとかあるらしいし」

「ダーリンのファンクラブ⁉︎ うちも入ってええのん?」

「マジやめれ」


 意味不明なファンクラブに友人が入るとか黒歴史定期。ってかそれがしファンクラブの存在をそもそも認めてねえ。ギャル氏のファンクラブ発言のおかげで吹き出し笑うクララ様やダルちゃんは放って置き、先を歩くロドス公の背について行く。


 道すがら並ぶ建物は、鋼鉄製かと思いきや、普通の民家に蒸気機関をふんだんに使った物ばかりが目に付く。外からでは分かりづらかったが、蒸気都市は島自体が大きくなければ、辺境の都市であったロド大陸の犬神の街以上にビルが少ない。


「蒸気都市はそもそも機械神の眷属自体が然程多くもなく、人口が少ないのでございますよ。大きな建物は大抵が作業場なのでございます。機械人形ゴーレム同様に同胞達が己が創造を反映させるので変わった物が多く愉快でございましょう!」

「あちきはめちゃんこ気に入ったぜ〜! 彫刻の森みてえじゃん!」

「空神の頭空っぽ眷属にしては悪くはない感想でございますな」


 いいぞずみー氏褒めとけ褒めとけ。褒めておけばロドス公も無闇矢鱈と牙を剥いたりしてこない。極端である為ある種扱いやすいが、ニトログリセリンより爆発しやすい厄介者。ただ機械神の眷属としては掛け値なしに超優秀。


 だからご機嫌を取る為にも、決して会長殿のように退屈そうに欠伸をするのはNGであり、魔法の絨毯の上で寝転がりながら頬杖ついた顔を興味なさげに歪めるソロ姫様も勘弁願いたい。ロドス公が嫌いだろうが、蒸気都市には素直に感心しているギャル氏を見習え。


「それでロドス公、今回それがし達が蒸気都市に赴いた理由は手紙で知っているとの事ですが」

「はいですとも! 連合会議への参加の件でございましょう? あっしとしては王都同盟に与しようがしなかろうがどうでもいいのでございますが、騎士様が必要だと仰るなら参加するのもやぶさかではございません。騎士様の新たな創造を見られるようでございますし、低脳共と顔を合わせるのも我慢するのでございますよ」

「感謝しますぞロドス公。ついでにそれがしの仲間への当たりを和らげていただけると嬉しいのですがな」

「……少しばかりは我慢するのでございますよ。それらの代わりと言ってはなんなのでございますが、騎士様には是非とも会っていただきたい方がいるのでございますれば」

「それは……」


 それがしが言葉を言い切るよりも早く、ロドス公は『巫女様でございます』と告げ、モニュメントのような施設群の中を掻き分け、螺旋状の『塔』の横に立つ傾いた楕円状の円盤のような屋敷に通じる門の前へと足を進める。『UFOみたい‼︎』と喜ぶずみー氏とゆかりん氏の声に合わせてロドス公が一度翼を振れば、どんなギミックなのか、歯車の音を奏で一人勝手に門が開く。


 待つ使用人の姿もないにも関わらず、感じる多くの視線。稲妻模様の古傷の上を撫ぜるような視線の感触に目を細めれば、会長殿の歯をカチ合わせる音が響き、同時に悪寒を覚えたのか、グレー氏が微笑を携え腕を摩る。


「おい兄弟ブラザー

「ちゃは!品定めぞな?」

「……ロドス公」

「組合の護衛団が今は時世が故に蒸気都市に帰還しているところでございまして、これ程多様な眷属が一度に蒸気都市に訪れるのは初めてのこと。騎士様は別として、多少は目を瞑って欲しいのでございますよ」


 多勢に無勢を察してか、ニヤケながらも動かない会長殿を一瞥し、屋敷の玄関扉を開けるロドス公の背へと目を戻す。おそらくはブル氏が前に言っていた、射撃に特化した機械人形ゴーレムが屋敷の周囲に展開されている。騎士団を持たずとも、武装の技術力で言えば上から数えた方が早いだろう護衛団。


 ジャギン先輩の機械人形ゴーレムからして、戦える者は多くなくとも、戦えるだけの者を掻き集めれば戦力としておそらく低くはない。少しばかり冷や汗を浮かべ、ロドス公の別次元未来的な屋敷へと踏み入れば、玄関ホールに立っている者が一人いる。


 使用人の服ではなく、白いローブを纏い機械的な杖を握る背の小さな少女が一人。褐色の肌に黒いおかっぱ頭の尖り耳をした少女は特徴から森妖精族エルフに見えなくもないが、絶対的な違いがあった。ロドス公同様に関節部分に見える機械部品。目の横に突き出た小さな歯車。頭からは鉄製の歪な角のような物が一本伸びている。


 機械神の巫女。その単語が頭の中を泳ぐ中、杖を突きながら巫女様はそれがしに歩み寄ると鑑賞するかのように周囲を一度周り、正面に立つとそれがしの顔を見上げ眷属の紋章刻まれた頬に手を添えた。


「よく来たっちゃ〜、おらの子よ! 遅いべ〜来んのが〜。おらのとこさ来んの首長くして待ってたっちゃ! めんこいめんこい☆」


 頬に添えられた手の冷たさに呼吸が止まる。笑顔を浮かべる目の前の少女からまるで鼓動を感じず、唇を閉じたまま動かしていないにも関わらず、確かに機械音声のような声が聞こえる。


 動いているのに生きていない。


 巫女様に振れられた紋章刻まれた頬と冷たい手のひらの間に火花が散り、その衝撃にげっそりと力が抜け、思わず足を数歩下げたところで、後ろにいたギャル氏に背を支えられる。


「ソレガシ平気?」

「いや……ロドス公、巫女様とは……」

「元はあっしの機械人形ゴーレムの外装の一つであったのでございますよ。ただ、ある日核を入れていないにも関わらず勝手に動き出したのでございますれば。ここまで言えば騎士様にはご理解頂けるかと」


 心臓が跳ねる。視界が揺らぐ。気味悪い汗が止まらない。機械人形ゴーレムの核がなかろうとも動き出したロドス公がかつて告げた神と同じ喋り方をする機械少女。そんな事があるとすれば、そんな事ができる者がいるとすれば、神の巫女と呼ばれる存在はそれすなわち……。


「いんや〜、おらは特別だっちゃ! 外部への共鳴機器として下手な眷属選ぶよりも自由で良いっちゃろ? ドヤッ☆」

「ふざ、け……ッ、お、主ッ、お主は……ッ」

「ソレガシ?」

「……機械神……ヨタ、様ッ」

「だっちゃ☆」


 破顔する少女を前に奥歯を噛む。戯けたような仕草と言動。危機感を感じず、娯楽に浸っているような笑顔がそれがしの足を前に進ませるが、それがしが握った拳を動かすより早く機械仕掛けの杖がそれがしの首元に添えられた。


「ヨタ様ッ」

「んふっふ! 言わずともいいっちゃおらの子よ!知りたいのであろう多くの真実を? でもぉ教えな〜いっちゃ〜☆」

「ファァァァアアッ⁉︎ ここに来てまで塩対応とか草も生えませんぞテメェッ‼︎ 神なら神対応しろやッ!!!!」

「おらが全てを話すとして、マルっと全部信じるとや? いやいやいや、我が子よ、それはねえけろ? 普通に教えるはおらも面白くねえっちゃ」

「いや面白さとかッッッ⁉︎ そもそもそれがし達を異世界に呼んでいるのはッ‼︎」

「おら達神か? それとも運命か? どっちじゃろなぁ?」


 伸ばす右手が杖の頭で捌かれ、左手も続けて振られる杖の先端に弾かれる。笑い足を後ろにトテトテ下げる神の言葉を紡ぐ巫女を追って足を踏み出すも、足の着地点に足を出され、体勢崩れた脇腹を薙がれた杖に払われ地を転がされる。


「答えを他者に求めてなんとする? おらが全ては偶然と言えば信じるとや? 答えは己で知れ。崇拝と盲信は別物だっちゃ。我が子よ、主が信じるはおらか己か」

「……起動アライブ

「それでよい。手を出すなよロドス」


 うやうやしくお辞儀をするロドス公と巫女の間にホルスターから引き抜いた黒いレンチが放物線を描き落ちる。黄金螺旋の紋章は刻まず、床に音を立て落ちるが予想通り。機械人形ゴーレムの元がヨタ様の子供であるならば、召喚させるもさせないも自由自在。


 教えてくれぬのなら、力尽くで聞くしかない。それが背信行為であったとしても、ウトピア財団、異世界転移、聞きたい事が多過ぎる。真実を探るにもゆかりん氏と話した通り、下手をすれば時間が足りない。


 床に落ちるレンチの音を合図とするように前に飛び込めば、呼応して動く影が四つ。ギャル氏、グレー氏、ゆかりん氏、会長殿がそれがしの意を言葉なくとも察したのか、連動して動いてくれる。五対一。それを前に笑みを崩さず、地を這うように振るわれた杖がゆかりん氏の落とされる足を容易く払った。


「なッ⁉︎」

「他の眷族共ば己が神らに相手して貰えっちゃ。我が子よ。主がしたいのはこれっちゃろ?」


 チキチキチキと歯車が回る。床に倒れたゆかりん氏を巫女様が杖で掬い上げた先、グレー氏がゆかりん氏を受け止めるのに合わせ突き出された巫女様の杖が二人を弾き飛ばす。


「いッ⁉︎」「ぬッ⁉︎」


 精密に動く杖の先が、二刀剣鬼の鋭い手刀も縦横無尽な青い乙女の蹴りも過不足なく絡め取る。必死さはなく、全ては予定調和とでも言うように。杖に弾かれギャル氏と会長殿が転がる中、向けていた足の動きが次第に鈍り、杖を地に突き立ち止まる巫女を目前に足が止まる。


 絶大な神の力など見せられずとも理解できる膨大な壁。思慮に沈み、思い描いた予想図を不足する事なく、余分もなく現実に落とし込む極地。それがしが目指す頂き。


 小さく息を吐き出し、緩く肘を曲げて身を屈め、微笑を浮かべるそれがしの半分程の背にしか機械神の巫女であり神である少女と目線の高さを揃える。


「……ヨタ様、待っていたと言いましたな? ……お望みは?」

「強さ。力ともなわず大望を望めば待つは破滅だっちゃ。十冠目指すっちゃろ? おらの騎士言うなら、おらの眷属として必要な事はおらとロドスが教えるっちゃ。連合会議の参加も認めるっちゃよ? それが我が都市、我が眷属、我が名を広める結果に繋がるのであれば。それを成せたなら、主の質問に少しは答えてもいいっちゃ。ガンバレガンバレ☆」

「……連合会議を可決して終わらせるには強さが必要だと?」


 それがしの問いに神は答えてくれず、巫女は崩れぬ笑顔を浮かべるまま。言うべき事はもう言ったと言うように言葉は続けられない。緩く拳を握り身をより倒そうとした刹那、尾鰭が空を叩く大きな音が一度響き、『そこまで』とソロ姫様がモールス信号の波を広げる。


『三日後には連合会議。今無謀に飛び込み怪我をして参席できないとでもなったら目も当てられない。ソロの騎士だと言うなら今は下がれとソロは命ずる』

「……神を前にして二の足を踏めと?」

『なにを求めているかは知らないけど、巫女の役割が神の言葉を伝えることにある以上、本質が神であろうが別であろうが変わらない。ソレガシの役割は連合会議を可決に導くこと。目的を違えるなとソロはいましめる』

「べちゃ頭が知った口をっ」

『黙れロドス大公。蒸気都市の管理者だろうが連合内ではソロの方が立場が上。やるなら構わない。蒸気都市を最悪海底に沈めてもソロにとっては少しの痛手。十冠舐めてる?』


 口元のガスマスクを外し首元に垂らすソロ姫様を前に、ロドス公が舌を打つ。誰もが知っている。例え十冠の称号が強さの指標ではなかったとしても、十冠が本気になったなら、対等に渡り合える眷属は十冠だけ。深海のように薄暗い空気が場を沈め、その重さにずみー氏やりなっち氏がよろめき尻餅をつく中で、フェイスマスクを首元に引き下げ、細長く一度息を吐く。


「……ヨタ様、嘘だろうが真だろうがこの先『強さ』が必要なのはいずれにしても本当でしょう? だから……大丈夫ですともソロ姫様、ここで多少の無理をしようとも三日後の第四回連合会議では七割に票満たずの再投票になるかと」

『その根拠は? とソロは問う』


 根拠など確かなものはない。連合会議の参席者達の為人ひととなりも、第一回から第三回までの流れも今はまだ分からない。ただ、ヨタ様の笑みが変わらぬ事が唯一の根拠。


 連合会議の可決が必要だとしても、この先強さが必要になるだろう事も間違いはない。不安が未来に待っている。その時に、ギャル氏がスライムに飲まれた時のように傍観して立ち止まるような事は二度となしだ。迷わず飛び込み負けぬ自分でありたい。


「……ヨタ様、連合会議中、蒸気都市にいる間は修行をつけて下さるのでしょう? ロドス公も。第四回で蒸気都市初参加となる連合会議に参席できないような状態になるのは不味いとそれがしもそれは理解していますからな。だからこそロドス公、取り敢えず良ければ、ロドス公の保持する最強の機械人形ゴーレムを見せていただいても?」


 床に落ちていた黒いレンチを拾い上げ、笑みを深める巫女様とロドス公と向かい合う。それがしの名を呼ぶ声が薄っすらと背後から聞こえる中、振り返る事なく機械神と『蒐集家コレクター』へと足を伸ばした。


 心も、体も、絶体の強さを今こそ欲する。それが必要だと言うのなら、大海に飛び出すのはきっと今なのだ。機械神と眷属の頂点を知る。それは機械神の眷属であるそれがしにしか無理だから。


 ギャル氏達が望まずとも、例え孤独が待っていようとも、その時はきっと、今度はそれがしが待つ番だ。


 

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