9F 蒸気都市パープル

 『八大王都同盟参加への是非を決める第四回連合会議まであと三日』


 『雲舟』の甲板の上で広げていた新聞を閉じ、雲と並走しながら眼下に広がる景色に舌を巻く。空を行き交う『雲舟』以上に海の上を行き交っている帆船達。


 諸島連合ドルドロの領内は一〇八の島々の間隔が大きく離れ過ぎている事もない故に、運搬の際のコスト面から『雲舟』よりも帆船の方が多く目に付く。掲げられる旗は都市であり島である場を統べる神の眷属の紋章。


 それぞれの島の趣向を凝らした意匠に包まれる帆船達は空から眺める分には青い絨毯の上に宝箱をひっくり返したようで見ていて飽きない。甲板の縁で絵を描くずみー氏の横顔を一瞥し、振り返った先で何やらりなっち氏と話して……はいないがやり取りしているソロ姫様に目を向けた。


 気分良さげにギターを奏でるりなっち氏だが、手を止めると同時にソロ姫様がパタパタと尾鰭を動かし、『五〇点』と告げた瞬間、りなっち氏はギリギリ歯を擦り合わせ眉間にしわを刻んだ。


「なんでやのっ! 気に食わんわぁ〜っ、五〇点より上やん絶対! 五〇点より上に全然行かへんやんっ! 壊れとんやないのソロりんの得点機能! あれなん? 五〇点満点中的な?」

『んなわけない。精進せよとソロは失笑する』

「〜〜〜〜ッ‼︎ 絶対うちの前でも歌わせたるからな‼︎ 魅了の歌声だか知らへんけど! うちの方が上手いって鼻で笑ってやるさかい‼︎」

『リナよりソロの方が上手いに決まっている。それが覆らぬ現実。リナとソロの歌声ではそもそも質が違う。ソレガシの反応がその証拠とソロは呆れ果てる』

「ダーリンうち嫌いやこいつぅッ‼︎」


 二人にそれがしが足を寄せればりなっち氏が訴えてくるが、りなっち氏が嫌いでもソロ姫様は逆にりなっち氏の事を間違いなく気に入っている。だって名前で呼んでるし、興味がなければソロ姫様は『二本足』としか呼んでこない。


 蒸気都市に辿り着く前に音楽好きらしいソロ姫様に気に入られる軽音楽部の歌姫は流石と言うか、ソロ姫様が『五〇点』までしか付けないのは、そうすれば対抗心を燃え上がらせてりなっち氏が演奏し続けるとソロ姫様が見切っているからだろうイヤらしい。


 それを言うべきか言わざるべきか少し迷うが、察せられたのかソロ姫様に睨まれるので言うのはやめる。


「まあ仕方ないですぞ。ソロ姫様のお歌は大変素晴らしブッフッ⁉︎ ビンタいくないッ⁉︎ なんですかな急に⁉︎」

「ダーリンがバグってたからやんな。うち以外の音褒めるダーリンいややうち。で? どうしたん?」

「そんな横暴な……いえ、ただちょっとソロ姫様はいつまで一緒なのかと思いまし……いつまで笑ってんですかなお主」


 それがしがビンタされたのがそんなに面白かったのか、ソロ姫様は声も上げずに笑ってばかり。ギャル氏達に時折急に叩かれるのはソロ姫様の所為らしいのに酷いものだ。ジトった目をソロ姫様に向けるも、全く気にしていないようでソロ姫様はパタパタと尾鰭を動かす。


『海上都市の投票に関してソロはあまり関係がない。連合会議中は共に動いてやる。その方がソレガシ達にとっても有用だろう? とソロは告げる。せいぜい感謝せよ』

「それはまぁ……」


 一言多いが、一理ある。蒸気都市を動かせた場合、ソロ姫様の存在が信用の証になり得る。例え形として存在しなかろうと、海上都市と蒸気都市が盟を結んだようには見える。これまで無関心だった蒸気都市が連合会議に参加したとなれば、連合内で嫌われているらしいが故にある種の注目は間違いなく引けるだろう。


『それに忘れたの? とソロは問う。連合会議中、ソレガシはソロの側仕え。ソロの命にキビキビ応じよ。取り敢えず今はソロの暇を潰せ』

「暇を潰せと言われましても……そもそも蒸気都市に向かってはいるわけですけれども、蒸気都市に着いたとして、無事に連合会議に参席してくれるとお思いですかな?」

『さてね? それは蒸気都市の問題であって、ソロの関与するところではない。共には動くけど、ソロに期待するのはお門違い』


 バッサリとソロ姫様に断言されるが、それこそゆかりん氏が言っていたコレは一種の試験でもある為だろう。チャロ姫達はそれがし達にソロ姫様を見極めろ的な事を言っていたが、それはソロ姫様にとっても同じ事。


 ソロ姫様はウトピア財団と通じている可能性のある王都側の容疑者であり、それがし達は『王女の冠ビーレジーナ』が雇うに等しい冒険者か見極める採点者でもある。


 学院の食堂舎の一部をぶっ壊してしまった為、出だしで既にマイナス点をくらっている可能性も高いのだが……ただ、そんなそれがしの心配を他所に、『兎に角チャロが蒸気都市に手紙送ったらしいから、ソレガシ次第』とソロ姫様は続けた。


「送ったって……誰にですかな?」

『そんなの一人しかいない。蒸気都市の大公爵』


 ソロ姫様の返事に思わず膝の力が抜ける。知ってた。知ってたけどもっ、誰かから伝えられるとまた別だ。逃げ場はないんだろうなとそう思える。どんな手紙を送ったのか知らないが、あの機械神の眷属、創造体験第一主義のロドス公が真面目に受け取るか否か。


 「ダーリン顔色悪ない?」と心配してくれるりなっち氏に問題ないと手を振るが、視界の端で口を開いたりなっち氏が途端口を引き結ぶと、明後日の方向へと顔を向け目を細めた。それとほとんど同時にソロ姫様もりなっち氏と同じ方向へと翡翠色の双眸を向ける。


「りなっち氏?」

「……ダーリンと似た音聞こえよる……なんか来るで」


 他の乗員が思い思いに動く中でりなっち氏とソロ姫様の二人だけが同じ空の先を見つめて縁から軽く身を乗り出した先、同じ方向をそれがしも眺めれば、雲の間に白い点が一つ。


 

 プシィィィィィィ──────ッ‼︎



 風に乗って薄っすらと聞こえる蒸気の噴き出す音。それに合わせて白い点が横に動き点が線へと変貌する。沸き立つ白線を青い世界に引きながら、何かが急激に『雲舟』へと飛来する。「騎士様ぁぁぁぁッ‼︎」と聞き慣れぬ声でありながら、聞き覚えのある呼び名を叫ぶ白い影が『雲舟』の周囲を旋回する。


 『派手なお出迎えね』とソロ姫様が告げた瞬間、甲板の上に鋼鉄製の影が落ち『雲舟』の体を軋ませた。幾人かの乗員の叫び声が響く中、舟から落ちぬようにりなっち氏とソロ姫様を掴み縁に身を寄せていた先で、甲板上に燻っていた蒸気の幕が大きく弾けた。


「なんやのいったい⁉︎ この音ってダーリンの機械人形タラちゃんと同じ……っ⁉︎」

「タラちゃん⁉︎」

「レンレンがそう呼んどったけど?」


 ギャル氏めっ、また勝手にそれがし機械人形ゴーレムに略称付けよったなッ‼︎ いつの間にかゴーちんからタラちゃんに進化してやがるッ‼︎ 折角名付けた機械人形ゴーレム黒騎士タランチュラ』の厳つさが秒でタヒんだッ⁉︎


 じゃないッ⁉︎ 小さく首を振り飛行蒸気の爆心地に今一度目を向ければ、佇むは女性の鳥人族ハルピュイアでありながら、関節部分には歯車が見え、尾羽の代わりに十数本の細い蒸気パイプが伸びている。瞳はゴーグルに覆われており、広げられた翼の中央に居座るは大きな旋回扇ファン


 幾つもの三つ編みの垂れる頭を振り、鋼鉄製の鳥人族ハルピュイアそれがしに目を止めると、うやうやしく頭を垂れる。


「お久し振りでございます騎士様! 遂に我らが蒸気都市に起こし頂けるとは、巫女様もお喜びになるのでございますよ‼︎」

「やっぱりロドス公⁉︎」

「はぁいッ! 手紙が嘘であったならそのまま学院を爆撃する気満々でございましたが、鉄屑頭共の首の皮は繋がりましたな‼︎」


 アリムレ大陸で出会った『蒐集家コレクター』。アリムレ大陸の時と姿も違ければ声も違うが、喋り方だけは全く同じ。生物と蒸気機関を組み合わせたロドス公の異色の機械人形ゴーレム。目をまたたいていれば、楽しそうにロドス公はゆっくりと旋回扇ファン回る翼同士を擦り合わせた。


「騎士様をお出迎えできて光栄でございますれば! 何やら要らぬおまけが多いようでございますが、慈悲深き同胞である騎士様のこと、あっしも目を瞑るのでございますよ‼︎」

「……それはどうも……それよりロドス公、その体」

「一度騎士様にお壊し頂けた不出来な調査用の義体ゴーレムではお喜びいただけないと思いましたので、高速飛行用の義体ゴーレムでお出迎えに伺った次第でございます‼︎ お気に召さなければ蒸気都市に辿り着き次第換装するのでございますよ‼︎」


 並ぶ機械化された多種族の機械人形ゴーレムの姿を思い描き、口の端がどうにも歪む。人体実験をしているのか、それとも死体を弄っているのか、どちらにしても病院か刑務所をオススメしたいぐらいにはロドス大公の倫理観が息をしていない。その技術と創造性は素晴らしいが、道徳とはまた別問題。


 返事にそれがしが困っていれば、少しばかり離れた場所でギャル氏が果てしなく嫌そうな顔を浮かべ、風に揺れる青い髪に気付いたのか、ロドス公は大きく舌を打つ。


「……相変わらず脳筋と行動を共になされておりますようで、それに加え海上都市の魚とまでとは……話は伺っておりますが」

「……あの絡繰からくりさん、ダーリンとレンレンの知り合いなん?」

「は? ダっ⁉︎ 貴女……いやテメェそこの魚と同じべちゃ脳じゃねえかッ‼︎ 帽子で隠そうがあっしの目には右の顳顬こめかみの水神の紋章バレてん」

「ロドス公‼︎ 実は蒸気都市に来るにあたって新たな機械人形ゴーレムの改造案があっちゃったりするんですよなぁッ‼︎ 見てコレッ‼︎ 図面見せちゃいますぞッ‼︎」

「見ていいのでございますかッ⁉︎ 是非ッ‼︎ 是非ッ‼︎ 是非ッ‼︎」


 危ねえなッ‼︎ 機械神の眷属には寛容で優しくはあるが、他の眷属に対して喧嘩腰通り過ぎて殺意が高過ぎるッ。ずみー氏に描いてもらった蜘蛛の絵とそれを基にした機械人形ゴーレムの図面打つ懐から取り出し、歩み寄ってロドス公の肩に腕を回しりなっち氏達から引き剥がしながら図面を渡す。


「可能だと思いますかな?」

「ふぅむ、腕の規格を揃えれば確かにいざという際換装しやすいので悪くないかと、ただ自立稼働と武器化への可変ギミックが少々大変でございますな。ですがあっしと騎士様に掛かれば形にするのは難しくないのでございますよ! 騎士様のおかげで製鉄技術に富んだ城塞都市とも条約を結べましたからな!同胞ラーザスに頼めば細かな部品もノープログラムッ。いやいやいやっ、再び騎士様の創造に携わらせていただけるとは嬉しい限りでございますッ‼︎」

「それはいいのですがな。幾つか条件が」

「えぇ、そのお話は後でゆっくりと! まずは歓迎のお言葉を‼︎ ようこそおいで下さいました騎士様‼︎ 我ら機械神の眷属一同、騎士様の来訪を歓迎するのでございますよ‼︎」


 甲板から船首の上へと飛び上がり一礼するロドス公の背後で沸き立つ入道雲。に見えたが違う。形を変え続ける白い帯の狭間に見える巨大な工事用機械と大きな歯車。螺旋状の細長いアンバランスな『塔』が蒸気の狼煙の中に伸びている。己が領域内を蒸気で包むかのような機械島。


 蒸気都市パープルが青い空を淡白く染めている。

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