最終話 後日

 前代未聞の殺人柿騒動。その収束から、二か月が過ぎた。もう世間は年の瀬といった雰囲気を漂わせている。


「結局、今年のクリスマスは一人でクソ映画観賞会だったよ……はは」


 神崎は、レズビアンバーでグラスを傾けていた。その頬には朱色が乗っており、酒が回っていることは一目で分かる。


「そういや神崎ちゃん、あの彼女さんはどうしたの? 前に一緒に来てなかった?」


 マスターの話を聞いて、ぼんやりと酔いの中に沈みかけていた神崎の頭が、急にしゃきっと冴えてしまった。神崎の鋭い目が、マスターの顔を捉える。


「あらごめん。失礼だったかしら」

「ああ、いや、いいんだ。汐里は……遠くに行ってしまったよ」


 神崎の目線が、下に落とされる。その双眸は、憂愁に沈んでいるように見えた。


「昔はえんおうり、今はしんしんり、昔者むかしは常に相い近きも、はるかなること胡と秦のごとし」

「へぇ、神崎ちゃんそれ詩か何か?」

「ああ、アメリカにいた頃、華僑の娘に教えてもらった。中国の漢の時代に、自国の漢に戻ることになった使者が匈奴に残ることを決めた親友の武将に送った詩なんだってよ。私と汐里も、今は胡と秦のように離れ離れさ。さみしいねぇ」


 そう言って、神崎はへらへらと笑った。しかし、マスターの目には、彼女の笑いが無理に取り繕ったものにしか見えなかった。


***


「何だい、この段ボールは」


 エーガ財団植物研究所のとある研究室。その室長が、床に置かれている段ボールを見て言った。


「ああ、うちの実家から送ってきてくれたんですよ」


 そう言って、一人の女性研究員が、段ボールを持ち上げて逆さまにした。


 床に落下した柿の、その全てにはが生えていた。たちまち、研究室は阿鼻叫喚の地獄となった。


「藤野ちゃん……これでよかったんだよね」


 混乱に乗じて一人建物の外に脱出した女性研究員は、壁にもたれ、虚空を見つめながら一人呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

デッド柿 武州人也 @hagachi-hm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ