第10話 決着

 時雨はギリースーツを着こんで、柿の木のある空き家の隣の空き地の、雑草が生い茂る中に身を潜めていた。ススキやアワダチソウの枝に鼻をくすぐられ、時折大きなくしゃみをしてしまった。おまけに花の蜜に集まる虫が顔の周りを飛び回っており、不快極まりない最悪の環境である。

 その時雨が、メイスンの陣取るビルの屋上から煙が上がるのを見た。これは合図だ。時雨は拳銃を抜き、柿の木の方を見た。

 柿の木の上の方を見ると、柿の実がびっしりと何かを覆っていた。よく目を凝らして見ると、柿の実に集られていたのはメイスンのドローンであった。さながら、アリの集団に攻撃される獲物の如くである。

 時雨は拳銃を構え、狙いをつけた。その目標は、メイスンのドローンである。

 メイスンが時雨に頼んだこと、それは「いざとなったらドローンを銃で狙い撃ち爆破してほしい」とのことであった。


「よし……やってやろうじゃねぇか」


 時雨は銃の引き金を引いた。乾いた破裂音が鳴り響き、銃弾が発射される。だがその弾は惜しくも外してしまった。

 そして悪いことに、ドローンに蝟集いしゅうしていた柿の実が、一斉に時雨の方に牙を向けた。銃声によって、時雨の存在に気がついたのであろう。


「当たれ!」


 自分にはメイスンのような万能さはないし、あの学者のように知識や技術力もない。けれども拳銃の腕なら、同僚の中でもトップクラスで、それが誇りであった。だから、次は外さない――時雨は胸を落ち着け、二発目を撃った。

 銃弾は、見事にドローンを貫いた。銃弾に貫徹されたドローンのバッテリーが火花を散らし、それが種火となった。柿の木の周囲は猛烈なまでのペースで行われる光合成によって酸素濃度が非常に高い。火はあっという間に燃え広がり、柿の実ごと木を覆いつくした。


「やった……」


 木を取り巻く炎が、赤い舌のように揺らめいている。時雨の目に、その様子は何処か美しく映った。


***


 神崎の放ったクロスボウの矢は、藤野の柿頭に直撃した。矢が突き刺さった藤野は、そのまま後方に大きくのけ反った。


「その矢にはあの薬の中和剤が入っている。もう終わりだ」

「そう……じゃあもうアタシ死ぬんだ」


 神崎の放った矢の中身は空洞になっていて、矢の側面には穴がいくつか空いている。神崎は矢の中に汐里の同僚から受け取った中和剤を入れ、穴を蝋で固めて封をした。これが人体に刺さると、体温で蝋が溶けて薬液が流れ出す仕組みになっている。

 藤野の柿頭は、次第に溶け出し、オレンジ色の粘ついたスライム状の物体となってぼたりぼたりと地面に落下した。そして、その中から、藤野汐里の本来の顔が現れたのであった。


「……なぁ、汐里。中和剤を研究所に残したの、キミだろう」

「えへへ、バレた? ……香奈だけには教えてあげるよ」


 そうして、藤野は、神崎の知らないゾンビ薬と中和剤についてのことを語り出した。

 「ゾンビ薬」と呼ばれた例の薬が開発されてから、彼女は尻拭いのために中和剤――つまり生き返った生物をもう一度死なせる薬剤――の開発に尽力し、とうとう完成に漕ぎ着けた。けれども研究室の室長はその手柄を独り占めし、彼女を貶める内容の偽情報をマスコミにリークした。その結果、藤野は研究室を去らざるを得なくなったのであった。

 研究所を去る前、藤野は一人の同僚にこっそり依頼した。


「神崎香奈という女の人が来たら、薬を渡して」


 藤野が依頼した女性研究員は、室長の決定に対して呵責を感じながら嫌々従っている節があった。そのことを見抜いた藤野が、彼女に白羽の矢を立てたのである。


「なぜだ。これがなければ私はキミを止められなかっただろうに」

「……多分、アタシは香奈に止めてほしかったんだと思う」


 そうか、と、神崎は目を逸らしながら答えた。中和剤が効いてきたのだろう。藤野はそれきり、言葉を紡ぐことはなかった。

 気づけば、藤野はうつ伏せに倒れたまま動かなくなっていた。カラスが一羽降り立って、藤野の周りをうろうろし始めたので、神崎は石ころを拾って投げつけ、カラスを追い払った。

 

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