第17話
「攻撃が始まりましたね」
唐突に上がった火線に巨大生物は大いに怯み、踏鞴を踏んだ。顔を突き出し、大きく口を開ける。威嚇をしているのだろう。黄金の鱗を纏った顔とは違い、口の中はぬらぬらとした褐色の皮膚で覆われ、その外環には鋭い牙がずらりと並んでいた。
部隊の攻撃は、当然一度では終わらず、続けて二発、三発と同様の白煙と爆発が続き、爆煙が生物の顔を覆い隠していく。気づけば空が僅かに明るくなっている。雨は止み、風が凪いでいるようだ。
「効いてますね」
「戦車部隊の展開の状況を確認してくれ。こちらでも戦況は把握しておきたい」
始まったからには、その行方を見守らなければいけない。伊原がどこかへ電話をする間、佐伯はしばし画面の端々を眺め、ヘリコプターの機影を探した。通達によれば、立川や木更津からヘリコプター部隊も向かっているはずだ。足止めの間に後背へ回り込むくらいのことをしていると思った。低くたなびく雲が空との境界を曖昧にしていて、それらしい姿はない。海上で待機しているのだろうか。
普通科連隊の部隊は、川の両岸から巨大生物に対峙していた。肩口を狙っているのか、上半身に集中する火線は勢いを増しているように見えた。煙にまかれ、生物の腕が大きく振られる。それもすぐに、次の爆発で塞がる。生物は視界を失ってひどく狼狽しているはずだ。
「連絡取れました。戦車部隊はあと十分程度で配置完了とのことです。すでに射程にとらえているとのことで、まもなく普通科連隊にも後退の指示が——」
伊原が途中で言葉を失い、佐伯の後ろに視線を泳がせた。みるみる蒼白になる顔に、ただならぬ気配が漂う。
「伊原、何が……」
佐伯はその視線を追い、大型モニターへ顔を向けた。爆炎の向こう、僅かな隙間から、強烈な閃光が発せられていた。何事だと一歩前へ踏み出した佐伯の目に、それは唐突に飛び込んできた。
爆煙を切り裂くように、金の火の玉が突如として飛び出してきた。それを認識できたのは一瞬にも満たない時間だった。次の瞬間には、中央から急速に真っ白な光が広がり、画面を埋め尽くした。それまで聞こえていたキーボードを叩く音や話し声が止み、危機管理センターは静寂に包まれた。見渡さなくても、その場にいる全員が、佐伯と同じ呆気に取られた顔をしていることだけは分かった。
「今のは……」
攻撃、その二文字が脳裏を過ぎる。ハレーションを起こした画面が揺れ、横縞のノイズが走る。振動でカメラが揺れているのかもしれない。それに呼応するように、映像が戻っていく。さらにズームアウトをするそこに、白んだ光の奥から巨大な炎が見え、すぐにキノコ雲を中空に顕現させた。
なんという力だ。谷間に点在していた民家は土地から根こそぎ吹き飛び、土砂を晒していた。川も道路も橋も、何もかも全てがなくなり、クレーターのように陥没した土砂に紛れ、何も判別はつかなかった。攻撃をしていた第三十四普通科連隊の隊員たちの安否は、考えるまでもない。土煙の隙間から見える景色はまさに地獄絵図といったところだったが、その中心にいるはずの巨躯が見当たらないことに思い至る。
「どこに消えた?」
「わかりません。あの大きさで隠れることなんて」
周りにあの巨体を隠せる場所などあるはずがない。谷の隙間といってもそこまで急峻な土地でもない。
「地下に潜ったのか」
そうとしか思えなかった。反撃の後の逃亡、生き物なら当然の行動に、しかし肝心の自分自身が着いていけない。伊原は何度か対策本部に連絡を入れようとするが、電話はなかなか通じず、通じたとしても意思の疎通が困難な様子だった。
「だめです。かなり混乱しているようで、レーダーから消えたとしか……」
「なんとしても行方を探すんだ」
落胆した様子の伊原に、佐伯は発破をかけるように言った。
「しかし、我々では……」
伊原の弱気に、佐伯は一瞬湧き上がった激情を腹の中に戻す。気象庁での出来事が頭をよぎる。自分が恐れと不安から感情が昂ってしまったあの場面で、しかし巨大生物の行動について分かったことがあったではないか。今やるべきは、部下への叱責ではなく、この状況を前へ進めることだ。
今ここで、やつを見失うわけにはいかない。地下に逃げられれば、侵攻を防ぎようがない。次に現れる場所が都市部だったら、被害は今の比ではない。この場所で決着をつけなければいけない。激情の代わりに押し寄せる熱が、佐伯を強く押す。今できることは、すべてやる。組織のしがらみや立場など、捨ててしまえばいいのだ。
「気象庁の斉藤部長に連絡をとってくれ」
「わかりました。しかし、何をするつもりですか」
「試したいことがある」
どこまで通用するのかわからないが、やる価値はある。それだけを思い、佐伯はモニターの向こう、箱根の山々を睨んだ。
望郷のウィオラ 長谷川ルイ @ruihasegawa
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