このふざけた世界に祝福を

井ノ下功

case1:誰が為に秋は来る?

 天界、人界、魔界の三界が、何の因果か上下から同時に降ってきた隕石の衝突によって、しかし生命体はその存在を保ったまま、奇跡的に融合してしまったのはもはや大昔のこと。以来、あらゆる生命は、お互いを尊重し合って共存してきた――言い換えると、それぞれが自由気まま好き勝手に生きてきた。


『人権? プライバシー? 何だいそいつは美味しいのかい?』


 と、真顔で聞かれてしまう世界。普通に考えて絶望的だ。少なくとも人間にとっては。

 けれど、どんな世の中であろうとも、他者を管理することに喜びを覚えたり、それによって利益を得ようとしたり、そんなような輩はいるのであって。そいつらが『治安維持局』と、目的を明確に名乗り出て、お陰様で人間の生命は首の皮一枚繋がっていた。

 しかし、あくまで“首の皮一枚”である。

 結局のところ、絶望的な状況であるのに変わりはなかった。


   †


「人間よ、恐れるな、慄くな! その通りこの地は、ありとあらゆる現象が、ありとあらゆる手段を以って、ありとあらゆる時・空間に生じうる世界だ! 朝起きたら太陽が瓢箪型になってそこから駒が降り落ちてくるかもしれない! 昼飯を食ったら世界が反転して空が地面になるかもしれない! 夜星を見上げたら星座が実物になって阿鼻叫喚の地獄絵図と化すかもしれない! しっかーし! 重ねて言おう、人間よ、恐れるなッ! 慄くなッ! 我々が汝らの味方である限り、汝らの命運は決して尽きないッッ!」


 都市部十三番街C-22にその店――人間専門のトラブルシューター《手伝い屋》はあった。吸血鬼と天使が手を組んでやっている、と噂の、まさにその店である。

 狭い部屋の中で、痩せぎすの店主は大仰に両手を広げ、前述の通り高らかに謳ったのだった。その後ろで美人が無表情に手を叩く。向かいでは別の男が、明らかに後悔した顔で項垂れていた。


「やっぱ来るんじゃなかった……」

「まぁまぁ、そう言わずに。とりあえずのお話を聞かせておくんなまし」


 一秒と経ずに口調を豹変させ微笑んだ店主。

 依頼人は、まだ不安げに、渋々と、口を開いた。


「……四月よつきに一度、季節の選定がされるのは知っているでしょう」

「えぇえぇ、モチのロン」

「来月からの結果が昨日発表されたじゃないですか」

「そうですねぇ、次は『秋』でしたね。いやぁ、過ごしやすい季節が来てくれて嬉しいなぁと思ったところでしたよ、えぇ」

「それを不服に思った連中がいたようで」

「ほほう」

「それで、そいつらが、『秋の巫女』を攫ったんです」

「ほーう、かどわかしですかい。ソイツぁ豪儀な」ふざけた調子で言ってから、店主はふと首を傾げた。「しかし、そんな大事、どうして我々が知ってないんだろう? 季節の巫女が攫われたなんてなったら、治維局が黙ってなかろうに。今頃一面の大ニュースになって、下はてんやわんやの大騒ぎになっていそうなもんだが」


 依頼人は深々と頷いた。


「そうでしょうね。それが“本人だったなら”」

「……まさかとは思うけれども」

「はい、そのまさかです――人違いなんですよ」


 季節の巫女――それは、このふざけた世界において、唯一と言っても過言ではないほど希少な、秩序をもたらせる存在である。春夏秋冬それぞれに一人ずつ、巫女、と呼ばれる女性が付き、彼女らが神殿で祈りながら過ごすことによって、世界には四季が現れるのである。

 依頼人の友人だという被害者の女性は、確かに今代『秋の巫女』によく似ている女性であった。しかし、あくまで“似ている”だけで、彼女はただの一般人である。ただの一般女性のためだけに、あの堅物ども、治安維持局が動いてくれるものか。ましてや――


「その、攫っていった連中というのが、『銃座蓮華』という――」

「うーわ、あの乱射狂トリガーハッピーどもか!」


 それじゃあ治維局は動かんなぁ、と痩せぎす店主は苦笑した。


「にしたって不運だ。そんな連中に人違いで攫われるなんて」

「……えぇ、だからこうして、ここへ来たわけなんですが……」


 依頼人になるはずの男は、ちらりと、向かいに座る痩せぎすの店主と、その後ろに立つ無表情の美人を窺って、溜め息をついた。


「早まったかなぁ……」

「おやおや、心配はご無用! 万事承知いたしましたぜお客さん! 我々のもとに来たからには、必ずそのお方が救出されるまで、全力でお手伝いさせていただきますんで! それが我々、《手伝い屋》の使命ってね! んでは早速――と、その前に。私はカオウ。こっちは助手のティターニア」


 ティターニアが軽く会釈をし、カオウはにこやかに「別に妖精の女王ってわけじゃないんだけどね!」と補足した。


「何卒、よろしゅう!」

「はぁ……僕は、」


 と名乗ろうとした依頼人を遮って、


「さ、んでは早速、乗り込みますか、ノワキさん!」

「えっ、なんで僕の名前を知って――ていうか今あの、なんて? 乗り込むっ?」

「ティターニア!」

「はい」


 カオウは人の話を聞いていないようだ。あるいは聞いていて無視しているようだ。


「君の翼の存在意義を定義する。それは『空中を飛ぶため』だ」

「反転します。私の翼の存在意義、それは」


 鈴を鳴らすような可愛らしい声が、淡々と言葉を紡ぐ。ばさりと広がった純白の羽が、一瞬、ノワキの目を奪って、


「『地中を進むため』です」


 次の瞬間、巨大なドリルに変わった。


「はぁぁぁぁぁぁああああっ?」


 ギュイィィィィィイイイイイイイイインッッッ


 高速回転するドリル。それを背中から生やして涼しい顔の美女。


「さ、行きまっせ、ノワキさんっ!」

「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ! 乗り込むって……てかドリルって!」

「しっかり掴まっててくださいねっ! ティターニア!」

「はい」


 カオウが右手にノワキの腕を、左手でティターニアの手を取ると、三人の体が重力を忘れてふわりと浮かんだ。そして、ティターニアが、背中を下に向ける。


「出発いたします」

「ええええええマジでっ? マジで言ってんのねぇっ! ちょっ――」


 ガガガガガガガガガガガッッッ


「――とおぉぉおぉぉぉおおおおおおおおおおおおっっっ!」


 ノワキの叫びは、地響きに掻き消されながら地中へと落ちていった。


   †


「目的地真下に到着しました。上昇します」


 涼しげな声がナビゲートし、進行方向が九十度転換した。ノワキは常識から乖離した世界―いやそれ自体は生まれた時からそうなのだが、今まで以上に酷い世界―に疲労困憊の様相で、ぐったりとしていた。


 ガッ ガガガガガガガガガッッッ


 順調だった上昇が止まった。すかさず、ドリルが回転速度を速め、唸りを上げる。ひときわ大きな地響きが周囲を揺らし、やがて、


 ガガガガガガガガッ ガンッッッ!


 床を突き破った。

 土と、埃と、コンクリートの破片を撒き散らしながら、三人はふわりと降り立った。ビルの地下の一室のようであった。薄暗い。ティターニアの翼が元通り、純白の天使の翼に戻る。ノワキは倒れそうになったが、


「ようし、実に“こっそり”潜入できたね!」

「どこが“こっそり”だぁぁぁああああああっ!」


 平然と言ったカオウに対し、ツッコむためだけに踏みとどまった。


「あんだけ大音量で地面削ってきておいて、何が“こっそり潜入”だよっ! “こっそり”も“潜入”もしてないじゃないかっ!」

「いやいや、少なくとも“潜入”はしてるよ? 地中に潜って入ってきたんだし」

「そーゆーこと言ってんじゃないのー国語辞典で“潜入”って引いてこい!」

「まぁまぁ、落ち着けよ、ノワキくん。そんなに大声出してると――ほら、来ちゃった。ティターニア」

「はい」


 ティターニアが翼を広げ、二人を庇うとほぼ同時。


「うるっせぇぞ誰じゃゴラァァァッ!」


 ドガンッ ドガガガガガガガガガガガガガガガガッ


「うわああああああああああっっっっ!」


 扉が撃ち破られて、アサルトライフルの連射が飛び込んできた。

 絶え間ない乱射に、普通ならば蜂の巣どころか原型を止め置かぬほどまでぐちゃぐちゃにされていただろう。確実にオーバーキルであると断言できる数の銃弾が撃ち込まれるがしかし、そのすべてはティターニアの翼に阻まれて、貫通はおろか羽根の一片すら落とせないのであった。

 銃声が轟く中で、カオウは変わらずへらへらと笑ったまま、わざとらしく腕を組んだ。


「ふーむ、こうなっては致し方あるまい」

「そんな呑気に言ってる場合か! どうすんだよこれぇっ!」

「まったく、ノワキくんの所為で計画がぐちゃぐちゃだ」

「えっこれって僕の所為ですかねぇっ! 地中から来なければ良かったんじゃないっすかねぇっっ!」

「計画を変更しよう。ティターニア――」

「待って、ねぇ待ってください僕いま嫌な予感しか」

「――強行突破だっ!」

「ですよねーぇぇぇぇえええええええっ!」


 叫ぶノワキをさておいて、「はい」と言葉少なに頷いたティターニアが、二人の手を持って翼を一打ち。巻き起こった旋風が銃弾を払い除け、次の瞬間一気に加速し上昇した。それはもう、ノワキに叫ぶ間を与えないほどの、圧倒的な加速。というか人間にとっては死に至りかねない加速。

 まるで、元から遮るものなどなかったのだ、と言わんばかりに平然と飛び上がったティターニア。その頭が、天井という天井を次々に粉砕し、各階のモノたちを、ことごとく吹っ飛ばしていく。


「最上階です」


 ティターニアが軽やかにそう告げると同時、上昇が止まって、三人は再び、床に降り立った。ノワキは今度こそ倒れ込み、真っ赤な絨毯の上に両手をついた。


「うぉおぉぇぇえぇえええ……」

「――ふむ、ノワキくん。お疲れのところ非常に申し訳ないのだが」

「なんです……?」

「君がお探しの女性というは、彼女のことかい?」


 言われてノワキが顔を上げると、そこには、『銃座蓮華』のボスと腕を組んでソファに座り、呆然とこちらを見ている、可愛らしい女性がいた。

 ノワキは彼女を凝視した。


「……う~ん……似てる、けど……ちょっと、違う、かな?」

「さっすが、分かるんだ。いやぁ、そうだろうねぇ」


 と、カオウはけらけらと笑った。


「だって、彼女、どう見たって本物の『秋の巫女』だもの。あっはっは」

「ええっ? じゃ、じゃあっ――」

「あなたたち……」


 秋の巫女がゆらりと立ち上がった。


「私を、連れ戻しに来たのね……!」

「えっ、いや、違っ」

「せっかく、私によく似た子を見つけて、上手く連れ去って入れ替わったっていうのに……!」

「はぁっっ?」

「ほっほーう、なるほどねぇ……」


 カオウがにたりと笑った。


「どうやらあのお嬢さんは、巫女のお仕事が嫌で、『銃座蓮華』と手を組み、ノワキくんの彼女さんを身代わりにして、逃げ出したらしい」

「はぁぁぁぁああっ?」

「そうよっ! あなたの言う通りだわ!」


 巫女はどどんと無い胸を張った。


「あなた、あの神殿での暮らしがどういうものか、ご存じ?」

「え、いえ……」

「そうね! ご存じないでしょうね! あの場所ほど退屈で窮屈で息苦しい場所など、この世のどこにも無いわ! 礼拝堂と寝室以外、何も無い場所に四カ月も閉じ込められてみなさいな、発狂するなんて簡単よ!」

「っ……」

「祈りを捧げるのなんて朝昼晩の一日三回三分ずつ! それだけ! たったそれだけのために私は閉じ込められて……外部との接触は禁じられ……来る日も来る日も、神官どもと一緒にゲーム三昧……」

「……?」

「もういい加減飽きたの! 秋だけに! 飽きた! どうしてあの人たちは馬鹿の一つ覚えみたいに、毎日毎日スマッシュ○ラザーズしか持ってこないのよ! 少しぐらいバリエーション増やしなさいよ!」

「……」

「それに食事はいつも美味しいものばっかりだし……おやつなんて一番街の高級菓子店のが日替わりで出されるし……この間の四カ月で、私は五キロも太ったのよっ? こんな、こんな極悪非道な仕打ち、信じられてっ?」


 よよよ、と泣き崩れる秋の巫女。ノワキは冷たい汗をかく。


(……やばい、心中お察しできない……!)


 少しもお察しできなければ説得など到底不可能である。


「とにかく! 私はもうあの場所には戻りませんから!」

「はぁ、そうですか」

「あっ、でも、私の居場所を知られてしまった以上、黙って返すわけには参りませんね」

「はい?」


 秋の巫女はくるりと振り返り、『銃座蓮華』のボスに縋り付いた。


「蓮場殿、あの者たち、蜂の巣にしてくれてよろしくってよ」

「ふむ、言われずとも……我が城にこれだけの狼藉を働いたのだ、生かしては帰すまい」


 ノワキは当然、「よろしかねーよっ!」「ごめんなさいでもそれやったの僕じゃないですっ!」と叫んだが、そんな声を聞く者がどこにいるのだろうか、いや、どこにもいまい。


「総員、構えぃっ!」

「ティターニア」

「はい」

「撃てぇ!」


 本日二度目の銃弾の嵐。一度目とは段違いの圧でありながら、やはりティターニアの翼は一筋の傷も許さず、すべてを弾き返していた。

 純白のシェルターに守られた中で、銃声を聞きながら、カオウが楽しげに揺れる。


「さぁて、どうしよっか、ノワキくん」

「どうしよっかも何も……ティターニアさんは凄い力を持ってるじゃないですか。どうして、それで蹴散らさないんですか?」

「あー、ティターニアはね、天使だから。天使は、生命を害することができないんだよ」

「えっ」


 じゃあさっきビルにいた人たちを無視して天井ぶち抜きまくってたのは一体――とノワキは不思議に思ったが、何も言えなかった。


「まぁ、逃げるだけなら簡単なんだけどさぁ。そしたら、秋の巫女はあのままここに残って、君の彼女さんは勘違いされたまま神殿に閉じ込められ、世界には秋が訪れなくて、そんで、我々は延々と『銃座蓮華』の連中に追われることになる、っていう、最悪の結末が待ってるんだよねー」

「そんなっ……それじゃあ」

「そ、ここで、しっかり叩いておく必要がある」

「……そんなこと、出来るんですか……?」


 猜疑心に満ち溢れた目のノワキに、カオウはにっこりと笑いかけた。


「出来るよ。君が私に、“血をくれたら”ね」

「……はい?」


 咄嗟に言葉の意味を理解できず固まったノワキ。

 その瞬間をカオウは見逃さなった。素早い身のこなしでノワキの背後を取り、その両腕を左腕で抱え込む。そして服の襟を掴んで引き下げ、首筋を晒し、


「わぁぁぁあああああああああああちょちょちょちょちょ、待って待って、待ってっ!」

「だぁいじょうぶ、ノワキくん。痛くはないから」

「そーいう問題とちゃいます! 血? 血ぃって、ねぇっ!」

「安心したまえ、私は病気など持ってないから」

「いやだってあんた吸血鬼なんでしょっ? 病気持ってるようなもんじゃ――」

「はっはっは、問答無用~」


 カオウがけらけらと笑い、ノワキの首の付け根辺りに、躊躇なく唇を押し付けた。


「ひぃっ……!」


 ちくり、と針で刺されたような微かな痛み。ノワキは、自分の皮膚が押し破られ、何かが体内に侵入してくるのを感じた。そして、体の中の液体が動かされる。吸い上げられているはずなのに、反対に冷たいものが流れ込んでくる感覚がして、その異物感にノワキは身を捩った。


「―――……ぷっはぁっ!」


 ずるりと何かが抜けていった。同時に手を放されて、ノワキはくたりと絨毯に顔をうずめた。


「いやぁ、美味しかった! ごちそうさん! やっぱあれだね~、人間の男性の、O型の、それもノワキくん、君、平均体温高い方だろう? 極上だったね!」

「………」


 倒れ伏したノワキが恨みがましい目でカオウを見上げると、


「……へっ?」


 ――そこには、グラマーな女性が立っていた。


 服装はまったく変わっていないことから、それがカオウなのであろうと推測することは可能だった。しかし信じられない。あんなに痩せ細っていて、ジーパンなどベルトを締めていても落ちそうだったのに、今ではベルトが随分とキツそうだ。だぼだぼだったTシャツも、膨らんだ胸が押し上げて、へそを晒し出している。髪も数倍長くなり、艶やかに光っていた。


(えっ、嘘、女の人だったのっ? ってか、何あれ、どういうこと?)


 ノワキの驚愕を見て取り、カオウの血で塗ったような真っ赤な唇が弧を描いた。


「ふっふーん、気が付かなかったようだね、ノワキくん。噂を信じちゃいけないよ。私が“吸血鬼”であるなんて、どこのどいつが言ったんだい? さて、ティターニア」

「はい」

「彼らの弾幕を途切れさせろ」

「かしこまりました」


 恭しく頷いたティターニアが、翼を広げ、軽く動かした。するとそれだけで室内に竜巻が生じ、連中から一気に銃を巻き上げる。風によって手元を狂わされた結果、何ヵ所かで同士討ちが発生したようだったが、そこは天使の責任ではないらしい。ともあれ、弾幕は確かに途切れた。

 カオウが指先を鳴らす。


「さぁ、出番だ、我が同胞たちよ!」


 パチンッ


 瞬間、ティターニアの開けた穴から、蠢く黒い靄の塊が侵入してきた。塊は耳障りな音響を引きつれ、絶えず形を変えながら、カオウの頭上に集まった。それは一秒単位で倍々に膨張し続け、天井を真っ黒に埋め尽くした。数に比例し、音もどんどん大きくなっていく。

 ノワキは堪らず耳を押さえた。


(っ……待った、この音……聞き覚えあるぞ……なんだっけ……?)

「さーあ、吸い付くせ!」


 カオウが嬉々として命令を下し、靄が一斉に散らばって部屋中を蹂躙した。弾丸よりもずっと小さく、ずっと遅く、ずっと致死率が低いはずなのに、部屋はかつてないほど狂った悲鳴に覆われた。

 その中に、カオウの高笑いが響き渡る。


「あーっはっはっはっはっはっはっはっ!」


 怖ぇ……と頬を引きつらせたノワキの傍らに、ティターニアが跪いた。

 そして、ぼそりと。


「カオウ様は、この世の蚊という蚊を統べるモノですので」

「……あー、なるほど、それで蚊・王ってね――」


 ――安直かよ……と呟き、ノワキは意識を手放した。

 あとにはただ、カオウが呵々大笑する声と、本当の意味でのモスキート音だけが、残されたのである。


「ああなっては、もう、どうにも止まりません」

「あっははははははは! あーっはっはっはははははっはははっっ!」


   †


 最後まで抵抗した『銃座蓮華』の連中は、文字通り“吸い尽くされて”死屍累々の状態となり、そこへとどめと言わんばかりに治維局に攻め込まれ、めでたく壊滅と相成った。

 迫りくる蚊の大群に、秋の巫女はあっさりと降伏した。したにも関わらず、全身を刺されまくって、しばらくの間は悪夢にうなされたとか。しかし最終的には、大人しく神殿に帰っていった。この騒ぎを受けて、神官たちがスマッシュ○ラザーズ以外のゲームを持ってきてくれるようになったかどうかは、知るところでない。


 そして、ノワキはというと――


「フラれたんですが」

「ほほう」

「その上、仕事もクビになったんですが」

「……ほう」

「すべて、この首に残った跡――」と、ノワキが示した場所には、ほとんど痣に近い濃さで残るキスマークが付いていた。痒かったのだろう、引っ掻いた跡も無数に残っている。「――の所為なんですが」

「ふむふむ」

「どう責任とってくれるんですか、カオウさん?」

「それはプロポーズかね、ノワキくん?」

「んなわけあるかぁぁぁああああっっっ!」


 大きな声が、高い秋空に響き渡った。



                                 おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

このふざけた世界に祝福を 井ノ下功 @inosita-kou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ