さわる

呉 那須

さわる

 小僧は扉のない部屋の床に引かれた白線だけは踏まないように、涙を流しながら反復横跳びをしていました。

 壁にかけられたクリーム色の時計はこの光景に心を強く痛めながらも一定のリズムを乱す事なく時を刻み続け、部屋の隅に置かれた郵便ポストの中に詰め込まれた何十人もの裸の少年少女は大丈夫だよと互いに声を掛け合っていました。しかし、投函口から部屋を覗いていた少女だけは口を閉ざしていました。

 疲れ果てた小僧の足がうっかり線に触ってしまうと、両目玉が勢いよく飛び出してきました。やがて顔と体が真っ赤に腫れて、線の上をヒレでピチピチと跳ねることしかできない悲しい出目金小僧になってしまいました。

 郵便ポストの投函口から覗いてた少女は何故か口の裂けたナマコになって部屋に落ちました。

 両親は部屋の天井を持ち上げて部屋を見ると、ただ線の上で跳ねてるだけの息子の姿にひどくがっかりしたのでひょいとつまみ上げて無人駅のはずれにあるゴミ捨て場に放り投げてしまいました。町では縁日が開かれていたので人もちらほらとはいたのですが誰も気付いてくれませんでした。

 ポストの前に落ちてるナマコは、両親が子供をポストから取り出しては牛乳の様に白い鞭で叩くのをただ眺めていました。


 ゴミ捨て場にいた出目金小僧の左の目玉を、電柱から見ていた一つ目小僧がほじくって取り出しました。それから自身のおでこにキリで三三七拍子のリズムで穴を開け始めました。開いた小さな穴に目玉を入れたので一つ目小僧はただの小僧になりました。しかしこの小僧が線路に入ろうとすると、海に沈んだワンルームで開催された神様の福笑いで両目両耳鼻を取られて口だけ残った子供たちがとてつもない怪力で掴んでちぎってばらばらにして食べてしまいました。

 出目金小僧は何故か残尿感を覚えました。


 このやり取りを一通り見ていた屋台のたい焼きはドレスアップしなきゃと面白がってグッチのスーツを勢いよく脱ぎ捨てランニングとパンツだけになるや否や出目金小僧の隣で跳ねはじめました。しかしたい焼きは少し跳ねただけでお腹から粒あんが飛び出してきたのですぐに死んでしまいました。

 出目金小僧はグッチのスーツを着て線路に入ろうとすると、また奇形の子供たちが食べようと襲って来ました。ところが線路に勢い良く跳ねて入った途端、子供たちは一斉に動きを止めて下を向いてしまいました。


 縁日が終わった後も線路の上を跳ねていた出目金小僧は朝にはマグロ小僧になりました。


 忘れられた提灯の青い火がマグロ小僧を囲んで、何処か遠くへ連れ去って行きました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さわる 呉 那須 @hagumaru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ