世界の終わりの午前五時
井ノ下功
*
まるで世界が滅ぶ日のようだった。
窓の外は土砂降りの雨。その隙間から、狂ったように鳴く虫の声がする。厳しい残暑も、早朝の五時では涼しさが勝る。
普段ならこの時間には起きている両親も祖母も、全員寝ていた。雨だからだろう。百姓は天候に左右される生き物だ。仕事が出来ないなら起きる必要はない、というか、朝日が出てこない日は起きられない性質である。
窓から射し込むほの暗い光が、階段を退廃的な色味に仕立て上げていた。
このまま雨が降り続いて、世界はおしまいになるのかもしれない。ノアの箱舟の神話のように。七日七晩降り続いて、地表がすべてまっさらになって、それからようやく鳩がオリーブの枝をくわえに来るのだろう。
冷蔵庫から麦茶を出す。世界が滅ぶ日でも喉は渇く。キンキンに冷えた麦茶を一気に飲むとお腹を壊す可能性が高くなるから、できるだけ避けていたのだが、世界に比べたらお腹が壊れることなど、なんてちっぽけな話だろう。私は失笑して、コップに注いだ麦茶を一息に飲み干した。
滑り落ちていく快楽。
それからリビングに移って、電気を点けた。
文明の光が容赦なく世界を塗り潰して――私ははたと我に返る。今日は世界滅亡の日じゃない。地球はまだ壊れない。少なくとも、今のところは。
白けた気持ちでスマホをいじり、しばらくしてからまた二階に上がった。
こういう日は二度寝をするに限る。
「十億年後だったか、それくらいには、地球が丸ごと壊れるらしいんですよ」
と、大学の教授がそう言っていた。夏休みの教授は動画サイトを見ることにはまっているらしい。それも自分の専門分野とはかけ離れた、自然科学系の動画を。
そこで、太陽がやがて壊れるだとか、大陸が徐々に一つになっていくだとか、そういう話を見たんだそうだ。
「そういうことを考えると、なんだか怖くなりますね」
別の先生がそう言った。
私は、四十前後のいい大人になってもそんなことを考えて怖くなったりするものなのか、と、馬鹿にするわけではなく素直にそう思いながら、黙って話を聞いていた。
そして、
(十億年後に世界が壊れることと、数十年後に自分が死ぬことの、何がどう違うのだろう)
と首をひねったのだった。
世界の終わりの午前五時 井ノ下功 @inosita-kou
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