第20話 2030年9月6日
ハイヒールのたてるコツコツという甲高い音に龍は目を上げた。ここでは滅多に聞くことのない音・・・。女性でもたいていはスニーカー、あるいはローファーを履いている。素早い行動をするにはハイヒールは不都合なのだ。事務官でさえそうなのに・・・。
オフィスに入って来たのはヒカルだった。潤は定期健診で席を外している。出払って他に人はいない。
「どうした?」
龍が無言で見詰めてきたヒカルに話しかけると、
「・・・」
ヒカルはそのまま龍の近くに寄って来て
「ねぇ、龍?私に何か隠し事していない?」
と、尋ねてきた。龍は怪訝な目でヒカルを見返した。
「どうしてそう思うんだ?」
「なんだかこの頃、妙にジュンとばっかりつるんでいて。ひそひそ話をしているじゃない」
「・・・」
心当たりがないでもないが、龍は沈黙したままヒカルを見た。微かに香水のにおいが漂ってきて、龍は密かに眉を顰めた。どこか違和感がある。ハイヒールといい、いつものヒカルらしくない。
「もし・・・何かあるなら私にも話してくれない?協力出来ると思う」
「何もない」
龍がぶっきらぼうに答えたその時だった。突然、オフィスに緊急情報が流れた。
「監視対象者によると思われる事案が複数発生、各人は直ちに大会議室に集合せよ」
総合通信社
「本日、午後三時二十分ごろ鹿児島駅に隣接するビルで火災が発生し、現在消火中です。鹿児島中央警察署からは救助された八十人のうち心肺停止者がすでに十五名にのぼるとの発表がありました。目撃者によるとタンクを持った男がビルに入って間もなく火の手が上がったということで、この男と火災との関係が疑われています。なお現場は買い物客で混雑しており被害はさらに拡大するものと思われます」
北国新聞ウェブニュース
「本日午後三時二十五分、自衛隊旭川駐屯基地で、一部の隊員が火器を基地外に向けて発射した。被害の詳細は不明だが、自衛隊から1キロ離れた住宅街で火災が発生しており関連が疑われている。また自衛隊基地内部での状況は判明していない」
中国新報ウェブニュース
「本日三時半、広島市繁華街で爆発事故が発生しました。現場は飲食店が集まった地区で現在事故、事件の両面で警察・消防が調査を行っております。爆発による死者は五名ですが、爆発に伴って発生した火災は現在延焼中でこの火災による怪我人も複数発生している模様です」
NCCニュース
「本日三時半、東京港区の六本木にある高層ビルで爆破が発生しました。現場は高層ビルの四十階で火の気のない場所での爆発であるため、何者かによる爆発物の持ち込みによる事件と思われ現在警視庁が捜査を開始しております。なお爆発による死者は現在のところ三十名に上っており、相当規模の爆発と思われます。現場一帯では規制線が引かれ交通渋滞が発生しております」
中部ブロードキャスティング
「本日三時四十分頃、北陸新幹線はくたか565号の車内で乗客が発砲し、死者が数名出ているとの連絡がありました。当該の下り新幹線は金沢に向かう途中、糸魚川駅通過後約十分後に車内で男が突然警告もなしに発砲、乗客三名が心肺停止状態、三名が怪我をしたとの情報が伝えられております。男はそのまま車両に立てこもったため、現在糸魚川駅と黒部宇奈月温泉駅の間で停車中、乗客は非常口から降車したとの情報が入っております」
讃岐放送
「本日三時四十四分、高松市内の病院待合室で患者と思われる男がガソリンのようなものを撒いて放火したとの連絡が警察と消防に出動要請がありました。現在病院の入ったビルは延焼中です。被害の状況については分かり次第お知らせします」
大阪 大阪放送
「関西国際空港からお伝えします。本日3時50分頃、数人の武装した勢力によって襲撃を受け空港が封鎖されました。犯人は銃と爆薬を所持している模様で関西国際空港駅と第一ターミナルは占拠されている模様です。犯人の集団は少なくとも五名はいる模様で、一時警察と銃撃戦が発生、その際警官二名が死亡したとの情報が入っております。また第一ターミナル内には百名以上の乗客が人質として監禁されている模様です。現場からお伝えします。佐々木さん・・・・」
群馬 群馬からっかぜテレビ
「現在高崎駅上空のヘリからの映像です。高崎駅周辺には警察・消防の車両が集まっております。高崎駅は銃及び爆弾を所持した男女により占拠されております。犯人グループは駅舎内2階待合室付近でいきなり銃撃を開始し、逃げ遅れた乗客を人質として駅を占拠した模様です。あっ、今駅西口付近で爆発が起こりました。かなる大きな爆発でヘリも揺れております。火の手が見えました・・・」
青森りんご放送
「こちらは自衛隊三沢基地の状況です。午後3時50分前、基地の外部から低空で侵入したドローンにより基地の司令部付近が爆破され、死者が数名出ている模様です。ドローンは北西に位置する小川原湖方面から侵入した模様で相当規模の爆薬を搭載していたものと思われ現在警察が捜査を行っております・・・」
島根新聞ウェブニュース
「本日午後3時45分、島根県松江市鹿島町にある島根原発内に何者かが侵入し原発建物の内部に立てこもっているという事件が発生した模様です。情報では漁船を装った船から武装した集団が潜水をして原発建物内部に侵入し、銃器で従業員を数人射殺の上建物を占拠、けが人も数人出ているとの事です。警察および自衛隊が現在対応中・・・」
「どうなっているんだ」
普段冷静沈着な榊が会議室で悲鳴にも似た声を上げた。会議室にはオフィスに残っていたスタッフが全員召集され数台のモニターに映し出されるニュースやウェブ記事に見入っている。
「起立」
神宮寺の声がして、出雲が彼と人見を伴って会議室に入って来た。全員立ち上がる。
「みな、座ってくれ」
出雲が命令すると集まった50人ほどのスタッフが着席した。
「警察庁、および当該各県警本部、自衛隊と緊急オンライン会議を開催した。官邸からも総理大臣、国家公安委員長、防衛大臣、国土交通大臣が出席した。その結果を報告する。人見君、ブリーフィングをしてくれ」
「まず、現段階で各事案に関して判明している詳細は極めて限定的だということを頭に入れていただきたい」
人見は冷静な口調で話し始めた。
「連続した凶悪事案が全てわれわれが悪魔と呼んでいる者たちによって企図されたものかについては明白ではない、しかし、このような事案が全国的にかつ、ほぼ同時刻に発生する確率は約1兆分の1、即ち1の補数の確率で本複数事案が一つの意志によって遂行されている、そのように考えられる。このような連続した犯罪はかつて安保闘争とよばれる赤軍による犯行以来、
言い終えると人見は軽く頭を下げた。
「さて、当該事案において現場の対応は主に警察、即ち公安の指揮下のもとに各県警が対応することになるが、すでに何件かの事案で我々の監視対象下の人間の関与が疑われている。具体的には鹿児島事案、東京事案、群馬事案・・・」
人見は声のトーンを上げた。
「これらはすでに警視庁他による映像解析と当方のデータを照らし合わせ犯人グループの中に監視対象者が含まれていたことが分かった。鹿児島事案は西村耕三、三十五歳、東京事案は山村ゆうこ、三十七歳、群馬事案は東野久男、二十九歳・・・」
東野久男という名前に心当たりがあった。ヒカルが取り逃がした男だ。少し離れた場所にロンと並んで座っているヒカルに龍は視線を投げた。ヒカルは無表情のままメモを取っていた。龍の視線に気づいたのはロンの方で、彼は無言で首を微かに振った。それ以上見てくるな、という合図だと思い、龍は視線を元に戻した。
「これから班を分けて対応をすることにする。容疑者に関連が確認された事案に関しては各五名を派遣し、公安と共に行動してもらう。管理官は私、指揮官は榊君。それ以外は待機してほかの事案で関連が確認された場合の対応をを行うこととする。では班分けをする。東京事案、班長和田龍一、副班長高松良二、松江俊一、大津道夫、神戸康子、次いで群馬事案、班長田中輝夫、副班長木下潤、名古屋正樹、前橋栄二、 金沢真知子、次いで鹿児島事案、班長川路浩二、副班長陸奥大輔、長岡隆之、佐久敬治、三ツ矢ヒカル。各班の班長、およびメンバーはここに残ってくれ、それ以外は待機、別途私の指示に従ってくれ」
潤?今日は休みのはずだが・・・と思って龍が部屋を見回すと会議室の一番後ろに潤が座っていた。どうやら榊に呼び出されたらしい。名前を呼ばれたメンバーだけが残り他の者たちが退出すると、潤は前の席にそのまま座っていた龍の横に腰かけた。
「よ、班長さん」
ジュンの軽口に苦笑を浮かべ、
「副班長さん、別々になったな」
と龍が答えると、
「しばらくあの件はお預けだな」
ジュンが言った。
「うむ、仕方あるまい」
龍は答えた。ふと、誰かの視線を感じ眼を上げると、壇上から人見がこちらを見ていた。
「私語は慎んでいただきたい」
人見は命じると、
「ではこれからブリーフィングを始める」
と言った。
悪魔憑き The haunted 西尾 諒 @RNishio
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