第19話 2030年9月5日
横浜・元町。港の見える丘に建った瀟洒な邸宅の、厚い漆喰の壁に囲まれた広い一室に二人の男が座っている。天井には東南アジアにまだよく見る、大きな四枚羽根の扇風機がゆっくりと部屋の空気を掻きまわしていた。もちろん冷房は効いている。扇風機は装飾品替わりのようなものである。
「あの男はどうしておる」
葉巻に差し出されたライターでゆっくりと火を着けると、奇妙に甲高い声でロッキングチェアに座った老人は、目の前で畏まっている中年の男に尋ねた。
「あの男・・・。しくじった者ですか?今、謹慎させております」
「謹慎?」
「地下牢にて」
恭しく答えた中年男の答えに満足したような笑みを浮かべると、老人は葉巻をくゆらせた。
「さっさと始末したがよかろう」
「始末でございますか」
男の問いに老人は深く頷いた。
「しくじったものは能力が欠如している。生かしておいても仕方あるまい?そうやって無能な者を摘んでいけば、自ずと有能なものが残る。肝心の時に失敗するような者など無用の長物」
「ごもっともでございます。ただちにそのように致します」
答えると男は携帯をポケットから出し、電話を掛けた。
「やれ」
一言だけそう言うとすぐに電話を切った。それは男が指示される内容を先回りして準備していたことを意味していた。老人はその事に気付いているのかいないのか飄々とした口調で
「もう一つの方はうまく行っているのか?」
と葉巻の煙を吐き出しそう尋ねた。
「予定通り進んでおります」
「ほほほ」
老人は笑うと、
「それはなによりじゃ。いや、それこそは我らにとって重要な事。しかし、思わぬ儲け物だったの」
「さようでございますな」
男が丁寧な口調で答えた。
「探し物と言うのは思わぬところに転がっているものよ」
「しかし・・・。大丈夫でしょうか?もしも露見したなら明らかに面倒なことになります」
「まあ、その時のことはその時のこと」
老人は、火を付けたばかりの葉巻を灰皿に押し付けて消すと鋭い眼で男を見た。
「ベリアルよ、まさかお前、替りを務めたいなどと言い出すのではなかろうな?」
問い詰めるような口調で尋ねた老人に、
「滅相もございません」
男は叩頭して答えた。
「つまらぬことを考えるでない。分を弁えよ。吾らが一族の目的を忘れるでないぞ」
「もちろんでございます」
低頭した男の頭をじっと見詰め、
「まあ、良かろう」
老人は穏やかな口調に戻るとそう言った。
「そろそろ遊びはやめて本格的に取り掛からねばならん。候補はどれほどいる?」
「三百人ほど」
男は答えた。
「その中から十人を選べ。方法も地域も分散するのだ」
「お任せください」
「面白いことがおきそうだの」
老人は満足げにそう言うと、もう一本の葉巻をシガーケースから抜き出した。男は慌てたように再びライターの火を差し出した。
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