5.雪の花舞う頃 ⑧

 私たちが泊まる予定のホテルは、松本城のすぐ近く。予約をする際に見ていたホームページには、『お部屋からお城が見える』と紹介されていた。立地とその紹介が決め手となり、今回お世話になることとなった(そのほかには、料金も予算内だったということも)。

 ホテルなんて普段泊まることはないから、緊張してしまう。きれいなお花ときれいな絵画。よくわからない彫刻。きれいなじゅうたん。非日常に来たようだ。

 フロントで受付を済ませて、カギを受け取る。

 鷹雪くんは慣れたように背すじをピッと伸ばし、てきぱきと対応していた。私は隣で鷹雪くんの服を掴むことしかできなかった。



「す、すごいね、鷹雪くん……」

「なにが?」

「……。なんでもないし」



 私の荷物を背負ったまま、よろよろとよろめきながら廊下を歩いていく鷹雪くん。私が持つよと言っても大丈夫としか言わない。

 嬉しいけれど、ちょっと心配だ。

 私だって、鷹雪くんにはかなわないけれど、力持ちなのに。守られてばかりじゃいやだ。

 リュックサックの底を支えながら、部屋番号を確かめていく。

 私たちの泊まる部屋はどこだろう。

 部屋のカギと番号を何度も確認し、「ここだー!」と声をひそめて鷹雪くんが振り返る。

 その時の顔は忘れられない。キラキラとした笑顔をしていた。



「リュック、ありがとね。亜子ちゃん」

「ううん。元々は私のだし……こっちこそ、ありがとう」

「はは、じゃあ入りますか」



 わざとらしく、仰々しく扉を開く鷹雪くん。

 その仕草はなんだか執事さんのようだった。本物の執事さんに会ったことなんてないけれど、なんとなく、そんなイメージがした。

 ドアを押さえてくれている鷹雪くんに「ありがとう」とお礼を言って、室内に入っていく。

 カーテンは開いていて、部屋の中は明るい。大きな窓からは、紹介されていたように松本城が見えた。



「わあ……!」

「いい部屋でよかったね」

「うん」



 鷹雪くんがリュックサックを下ろすと、わずか床が揺れたような気がした。

 ――次にどこかへ行く時は、もっと荷物を減らしてこよう……。

 ひとしきり窓からの景色を堪能してから、ベッドで少しだけ休憩をする。

 このベッド、広くてふかふかだなあ。ふたり並んで眠れちゃいそう。

 ベッドのやわらかさを堪能していると、鷹雪くんが「おなかすいた」と言うから、リュックサックからお菓子を取りだして渡す。

 鷹雪くんの好きなチーズクッキー。

 それと、ポットに入れておいたコーヒーをあげた。



「亜子ちゃんのリュック、四次元のアレ的な……!?」

「ふふふ。余計なものばかり入ってるの」

「余計じゃないっす、全然全然!」



 クッキーをひとくちで食べきってしまい、鷹雪くんはまたお外を見ている。

 その横顔がきれいで。

 こっそりと写真を撮った。

 シャッター音で気がついたのか、鷹雪くんが振り返った。



「とっ、盗撮!」

「あわ……!ごめんなさい」

「じゃあお返しに俺も撮らせてください」

「…………うう。わかりました」



 今度は鷹雪くんの携帯電話で。

 画面には、顔を寄せあった私たちが映っている。

 どんな顔をしたらいいんだろう。

 画面の中の鷹雪くんは、いつものすてきな笑顔。

 その笑顔に安心して、私も口元をゆるませる。

 それからすぐ、カシャ、と音が聞こえた。



「よーし!亜子ちゃん撮れた!待受にします」

「えっ、やだ」

「やだ!?」

「……鷹雪くんの前でしかしない顔だから。鷹雪くん以外に見られたくないな」



 こんな感じで大丈夫だろうか。

 鷹雪くんは単純だから。

 少しだけ、扱い方はわかってきたような気がする。

 への字に曲がっていた口が、少しずついつもの形に戻っていく。

 何度か「ウンウン」と頷いて、そらから「わかった」と了承してくれた。



「個人で楽しむ用に大事に保存しておきます」

「えへへ、よろしくお願いします」

「亜子ちゃんも写真ほしい?」

「え、うん、じゃあ、ください」



 携帯電話をぱぱっといじったかと思えば、すぐに私の携帯電話に写真が送られてきた。

 自分の写真を見るのはあまり好きではないけれど、この私はきらいではない。

 自然な笑顔をしている。

 ――鷹雪くんの隣にいるからなのかな。



「この亜子ちゃん、いつにも増してかわいいっすね」



 そんなことを言われたら、顔を赤くするしかない。

 おだてるのが上手なんだから。



「さー!そろそろ飯行こうか!俺は腹が減りすぎて倒れそうです!近くにおいしいおそば屋さんがあるんだ。この辺来るといつも食べに行くとこなんだけど。亜子ちゃんおそば大丈夫だよね?」

「うん、だいすき」

「……へへ。飯食ったら、鷹を探しに行こうね」



 頷いて、鷹雪くんのあとを追って部屋を出た。

 腹減りすぎて歩けないなんて言うから、チーズクッキーをまた1枚くわえさせる。

 数秒でクッキーは鷹雪くんに飲み込まれていき、なくなってしまった。さらにもう1枚、またもう1枚、と与えている内に残りは僅かになってしまった。

 おやつに食べれなくなるから、という理由で鷹雪くんはごちそうさまをする。おなかも満たされたのか、元気よく歩いている。

 なんのそばにしようかなあなんて悩んでいる。

 私もなにを食べよう。

 ふたりで並んでホテルの廊下を歩いていく。


 このとき、私たちはまだ気がついていなかったのです。

 あのお部屋で起きていた、重大な事件について――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眼鏡を外して。 七緒やえ @mii_0303

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ